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ロード奮闘記

さぁ、赤面する擬人化レッドドラゴンに悶えるがいい!!

騎士養成学校生徒、黒神真紅と誇り高きレッドドラゴン、ブレイヴ・ローズハート改めロードとの間に交友関係が築かれて数週間が経過していた。剣の修行に付き合ってもらったり、一緒に星を見たり、共に空を翔けたりと、良好な関係を保っている。そんな折、真紅は山の麓にある村の小さな図書館に来ていた。調べる事はドラゴンについて。


「え~っと、ドラゴンドラゴン……あった」


と言うのも、最近の真紅に対するロードの態度が変なのだ。疎ましく、鬱陶しく思ってる訳ではないのは確実だ。どういう心境の変化か、ドラゴンの姿ではなく人間の姿でいることが多くなった。それだけではなく、四六時中真紅と一緒にいたがったり、甘えるような濡れた瞳を向けながらしな垂れかかってきたり……とまぁ、こんな具合に、真紅はロードの対応に困っていた。そこで、ドラゴンについて少しでも調べようと来た訳だ。辛苦は早速見つけた本を机の上に広げ、読み始める。


「ドラゴン。その者達については依然として分かっていない事が多い。誇り高いその者達は我等人間を見下し、拘わる事を良しとしないからだ。ドラゴンについて分かっている事は少ない。一つ、人間より遥かに知能が高い。二つ、古の時代に存在した古代文字を読解する。三つ、自分が認めた相手に対してはとことんまで友好的。特に雌のドラゴンは番の存在となる雄に対して恐ろしいほどに依存し、全身全霊をかけて尽くす……番の雄に全身全霊で尽くす?」


少し思い出してみる、自分を見るロードの目を。


「……いや、まさかな」


ロードが、あの誇り高きレッドドラゴンであるロードが、人間如きである自分を番う存在として見るはずがない、と真紅は己に言い聞かせた。それに、と遠い目をしながら呟く。


「そろそろ、夏休みも終わる頃だからな……」


帰還の時は迫っていた。ロードとの別れは近い。















「…………………つまらないな」


巨岩に背を預けながら青空を見上げていた人間姿のロードは上の空でそんなことを呟いた。彼女の横に真紅の姿は無い。


「……真紅」


視界が滲む。目尻に浮かんだ涙を拭おうともせず、ロードはただ無言で空を見続けていた。夏休みの終わりが迫っていたので、真紅は騎士養成学校に帰っていった。真紅が帰ると言った時のロードの暴れっぷりは凄まじかった。身の内に湧き上がった戸惑いや怒り、悲しみを体現するかのように、ロードはひたすら暴れ狂った。


何故、我から離れる?


何故、遠くに行ってしまう?


何故、我の傍にいてくれない?


何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故? 何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故!!!!!!!!!!!!!


それでも、真紅は己の言を覆さなかった。ロードの怒りを全身に受けながらなお、自分を拾ってくれた黒神神社の人たちに恩を返したいと、自分の信念を貫いた。自分を超絶する存在の激怒を前に信念を曲げなかった真紅にロードはかける言葉が無かった、小さくなっていく後ろ姿を見送るしかなかった。だが、それでも……。


「逢いたいのぅ」


この胸の内に湧き上がる気持ちは止めることが出来ない、止める心算がない。会いたい、遭いたい、遇いたい、逢いたい。初めて自分を恐れなかった『小さき者』に。同族でさえ言ってくれなかった『美しい』という言葉をかけてくれた彼に。短き時で自分を魅了し、焦がれるほどに恋させた彼に。


「真紅」


空に手を伸ばす。例え誰であろうと、加速し続けるこの想いは止められない。ならば、


「逢いに行こう」


立ち上がり、ロードは決意を胸に拳を握り締める。その瞳にもう涙は無かった。















と、意気込んでみたものの、自分のような存在がいきなり押しかけては真紅に迷惑が掛かるだろう。幾ら今まで人間に興味がなかったとはいえ、それくらいのこと理解していた。別に他の『小さき者』にどんな迷惑がかかろうが知った事じゃない。だが、自分のせいで真紅に迷惑がかかるのだけは嫌だった。そう言う訳で人間について色々と調べるため、ロードは今、山の麓にある村へと降りてきていた。勿論、人間の姿でだ。


「思えば、真紅以外の『小さき者』と話すのは初めてだな。もとより、話す心算も無かったのだが……どうでもいいが、何故道行く『小さき者』達は我のことばかり見ておるのだ?」


自分に見惚れている人間たちを内心鬱陶しく思いながらも、ロードは偶々目に付いた酒屋へと入っていった。扉を開いて中に入ると、紫煙がロードの目と鼻を刺激する。軽く顔を顰めながら店内を見回す。酒屋と言う小さなものとはいえ、人間が作った建物に入ったのは初めてのことなので、ロードは物珍しそうに店内を眺め回していた。すると、店主と思しき老年の男が物腰低く訊ねてくる。


「あの、もしお嬢様。ウチに何の御用でしょうか?」


「お嬢様? 我が?」


コクリと頷く店主。そう言えば、とロードは今の自分の姿を思い出した。こんな小さな酒屋とは無縁の豪奢な紅のドレス。少しばかり、いや、もの凄く場違いだ。長居は無用、とロードは早速本題に入る。


「騎士養成学校について話を聞きたい……弟が行ってるものでな」


かなり無茶なことを言ったが、この酒屋の店主はかなりのお人好しらしく、何の疑いもせずにロードに話を聞かせてくれた。曰く、


国が設立した唯一の騎士を養成する学校、国最大規模の学校で、生徒の数は数千に及ぶ。優秀な成績を納めて卒業すれば、王族に仕える事も夢ではない。一ヵ月後に生徒と魔獣による『契約の儀』が執り行われるとのこと。


「おい、その『契約の儀』というのは何だ?」


「いや、騎士養成学校に通っているということは即ち、将来王族に仕えると言う事でしょう。だから、王から成績優秀者に、国が育てた魔獣と『血の契約』を結んで、乗騎として貰い受けるというものでして……って聞いてますか、お嬢様?」


店主の言葉は既に彼女の耳に届いていない。これだ、とロードは確信していた。その『契約の儀』とやらで、自分が真紅の乗騎になればいいのだ。そうすれば、何時でも真紅と一緒にいる事が出来る。逸る気持ちを抑え、ロードは礼を言いながら席を立つ。


「礼を言うぞ。聞きたい事は聞けた。何か礼になりそうなものは……」


「あ、いや、いいんですよ別に。私は誰でも知ってる常識を話しただけ」


「その誰もが知る常識と言うのを、我は知りたかったのだ」


礼代わりに机の上に置かれた、大人の拳以上の大きさを持つルビーに目を丸くしている店主に軽く頭を下げ、ロードは酒屋から飛び出した。


「我が最愛の者よ。今、逢いに行くぞ」


すぐにでも竜の姿に戻って飛び立とうとするが、ふとロードはあることに思い当たる。そう、彼女は人間の作法も常識も知らない。


「あの『小さき者』、契約の儀とやらまで一ヶ月の時があると言うておったな……よし、その間に人間界の常識と作法を学ぶとしようぞ。土産の一つも持ってったほうが良かろうな、うん」


ふと、ロードは過去に聞いた『小さき者』の言葉を思い出す。


『恋に生きようとする女はどこまでも強くなれる』


この言葉をバカにしていた自分を恥に思うロードだった。















翌日、ロードは牙に皮袋の紐を括りつけて、ある場所に向かって飛んでいた。袋の中身は彼女の牙、角、皮、血。そしてオリハルコン、ヒヒイロカネ。何れも、一つ売れば小さな国なら買えるほどの価値を持っている。当たり前だが、彼女にこれらを売る心算はない。全て、真紅への土産を作るために用意した材料だ。


(まさか、たった一日で集められるとはな……自分の身体から剥ぎ取ったものはともかくとして)


改めて、自分がどれだけ真紅にイカれているかを思い知るロードだった。そんなことを考えてる内に目的地が見えてきた。目指すは鍛冶を生涯の生業としている、鋼鉄の全てを知るドワーフ族の地上にある唯一つの鍛冶場。天空の覇者たるロードにとって、地の底に住まうドワーフは無縁の存在。故に千年以上の時を生きてきた彼女でも、ドワーフと顔を合わせるのは初めてのことだった。


(柄にも無く緊張してきたのぅ……しかし、ドワーフなら最高の物を鍛えてくれるだろう)


生まれて初めて味わう、緊張という感覚に戸惑いながらも人間の姿になったロードは鍛冶場へと足を踏み入れた。大量の湯気と尋常ならざる熱気。常人なら耐えられないような熱気がロードを出迎える。だが、炎を体内に宿し、焔を友としてきた彼女にとって、熱気など存在せぬようなものだった。ロードが誰かいないかと見回していると、湯気の向こうから何かが現れた。一般人の二分の一程度にも満たない身長、だが樹齢数百年の樹木のようにがっしりした体躯、もじゃもじゃの髭、顔のど真ん中に居座る団子鼻。


「ドワーフ……で良いのだな?」


「それ以外に何があるってんだい? と言うか、お宅こそ何者だねお嬢ちゃん。この熱気の中で表情一つ変えないなんて普通じゃないぜ」


そりゃそうだ、自分はレッドドラゴンなのだから。口に出かけた言葉を呑みこみ、肩に引っ掛けていた皮袋を差し出す。


「何も聞かずに、この袋の中の材料で長剣を作って欲しい」


怪訝な表情を浮かべながらもドワーフは皮袋を受け取り、中身を覗き込んだ。数秒後、顔を上げたドワーフの表情は驚愕一色に染まっていた。


「お嬢ちゃん。どうやってこんだけの材料を?」


「何も聞かずに、と言った」


答える気は無い、と言外に伝えながらロードは承諾の返事を待つ。ドワーフは静かに皮袋を傍らに置き、再び視線をロードに注ぐ。


「これだけは答えてくれ。わしらが作った武器をお嬢ちゃんはどうする心算だ?」


返答に詰まるロード。何分、理由が理由だけに言うのは顔から火が出るほど恥ずかしい。黙り込むロードにドワーフはため息混じりに話し出す。


「昔にな、お嬢ちゃんほどじゃないが、すんばらしい材料を抱えた男が一人この鍛冶場にやって来た。剣を作ってくれってんで、わしらは誇りをかけて最高の剣を作った。その剣はどうなったと思う? 王への贈り物にされた。きっと、今だに剣として使われた事はないだろう……わしらは贈り物を鍛えとるんじゃない、武器を、護る為の『武器たましい』を鍛えとるんだ!!」


割れ鐘の如き声でドワーフは鍛冶場を震わせる。肩で息をしながら呼吸を整え、ドワーフはロードを見据えた。


「正直に答えてくれ。お前はわしらが作った武器をどうするつもりなんだ?」


「………………わ、笑わないか?」


頷くドワーフ。鍛冶場内の熱気に汗一つかかなかった顔を真っ赤に染め、人差し指をくるくる回しながらロードは蚊の鳴くような声で囁く。


「さ、最愛の人への贈り物に。そ、そそそ、それで」


「それで?」


「我を護って欲しいなぁ、なんて……」


ポカン、と呆けたように口を開くドワーフ。が、それも一瞬の事で、すぐに爆笑し始めた。


「わ、笑いおったなぁぁぁぁ!!!!!」


怒りの余り、竜に戻りそうになる。そんなことは露知らず、ドワーフは腹を抱えて笑い続けた。


「がははははは!!!! これだけの材料を集めるんだからどんな女傑かと思えば、中身は手遅れの恋乙女だ! がはははは!!!!!! 後、一つだけ質問に答えてくれ。その最愛の人とやらは、出来上がった剣を持つに相応しい奴なのか?」


「無論だ」


ドワーフにとって、その一言だけで十分だった。一つ頷くと皮袋を肩に担ぎ、闘志すら窺わせる表情を浮かべる。


「良いだろう。この依頼、受けてやる。期限は?」


「一ヶ月以内だ」


「これだけの材料を一ヶ月で武器に仕立て上げろ? 無茶言いやがる……分かった、一ヶ月だ」


大声で仲間に声をかけるドワーフを肩越しに見ながらロードは鍛冶場を出る。今度は自分が人間の常識や作法を学ぶのだ。


「中々に濃い一ヶ月になりそうだな」















あっという間に一ヶ月の時が流れた。粗方の知識と作法を頭の中に詰め込んだロードは、出来上がってるだろう長剣を受け取りに鍛冶場へと急いでいた。


(この一ヶ月、地獄だったな。思い出したくも無い)


背筋に悪寒が走る、これまた生まれて初めての感覚を味わってる内に鍛冶場にたどり着いた。中に入ると、一月前に応対してくれたドワーフが出迎えてくる。


「どうした、顔色が悪いし隈が濃いぞ?」


「どこぞのお嬢ちゃんが無茶苦茶な注文をしてくれたんでね。この一ヶ月、鍛冶場にいた連中は誰一人寝てないさ」


狂気すら感じさせる血走った目に睨まれ、ロードは乾いた笑いを浮かべながらも視線を逸らす。


「す、済まんかったな。それで、頼んだ物は出来たのか?」


「後は銘を刻むだけだ」


ロードの問いに答えながらドワーフは抱えていた、自分の身長以上ある棒状のものの包帯を取り始めた。やがて姿を現した長剣に、ロードは感心の声を上げる。


「流石はドワーフ。最高の仕事をしおるわ」


レッドドラゴンの材料を大量に錬りこまれたオリハルコンとヒヒイロカネ混ぜて作られた刀身は燃え上がる炎のように輝きを放ち、柄に埋め込まれたルビーは星の如く。


「そういう賛辞は仕事が終わってから受け取らせてもらう。それで、こいつの銘は?」


数秒ほど悩み、ロードは名を思いついた。


紅薔薇レッドローズ!!」


すると、紅の刀身に炎が奔り、紅薔薇を表す古代文字が刻まれた。その光景にドワーフは目を丸くする。


「凄ぇことが出来るんだなお嬢ちゃん……本当に何者だ?」


「気にするな。初恋に発破をかけられ、止まる事を捨てた大馬鹿者だ」


茶目っ気たっぷりに笑いながら鞘を受け取り、レッドローズを収める。頭上に広がる蒼空を仰ぎながら、ロードは静かに想いを馳せた。


(最愛の人よ、すぐに逢いに行くぞ)

次回、再会するのよ

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