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お前の名前は何だ?

「ドラゴン……」


目の前の、瀕死であっても自分など虫けらのように殺す事ができる、自分を遥かに超越した存在に恐れることなく真紅はその姿に見入っていた。傷口からは止め処なく血が流れ、その深紅の巨躯を更なる朱に染めている。既に弱りきっていて、羽ばたき一つする力も残ってないだろう。だが、その姿の何と美しいことか。


「どうした、早く殺せ。我を殺せば、富も栄誉も、全てが思いのままぞ」


呆けたように口を開く真紅にレッドドラゴンは殺すよう促す。その美しさに見惚れていた真紅はレッドドラゴンの声で現実に引き戻された。


「え、いや殺せって。俺はそんな心算、微塵も……ってか、速く傷を塞がないと!」


背負っている長剣を鞘ごと投げ捨て、真紅はレッドドラゴンの傷を治そうと近寄る。が、数歩と歩かぬうちにレッドドラゴンの威嚇で足が動かなくなった。


「殺す心算がない……ただの迷い込んだだけか。ならば疾く失せよ『小さき者』。貴様如きに看取られるほど、我の最期は安くはない……どの道、傷が治る前に体力がなくなって死ぬのが待ち受けるだけよ」


最後の部分はほとんど囁くように言いながら、レッドドラゴンは持ち上げていた首を下ろして静かに目を閉じる。これ以上、人間と交わす言葉などないという意思表示か。顎に指を当てながら、真紅は何度もレッドドラゴンの言った事を咀嚼、反芻する。そして、一つはっきりと頷いた。


「分かった。体力さえ回復すれば、お前は死なないで済むんだな」


言うなり、真紅は地面に落とした長剣を拾い、洞窟の外へと駆けていった。薄目を開け、小さくなっていく真紅の後ろ姿を見送りつつ、レッドドラゴンは思う。


「あの『小さき者』、何をする心算だ? まぁ、我には関係のないことよ……最後にもう一度だけ、あの空を存分に翔けてみたかった……」


生まれてきてから一度として口にしたことのない弱音を漏らし、レッドドラゴンは自分を死へと誘うであろう眠りの中へと落ちていった。















血だ、それも、自分の身体から流れ落ちる以外の血の臭いだ。濃厚な血の臭いが鼻腔を刺激し、レッドドラゴンは薄っすらと目を開いた。視界に飛び込んできたのは先ほど見た、傷だらけで血塗れになった『小さき者』、『小さき者』に担がれた数メートルもある猪の魔獣、ボアだった。既に絶命しているようだ。


「……『小さき者』よ、何しに戻ってきた」


「体力が回復すれば傷が治るんだろ? だったら何か食べないと」


肩からボアを下ろしながら真紅はレッドドラゴンの問いに答える。このボアはレッドドラゴンに食べさせるために狩ってきたらしい。レッドドラゴンは真紅、ボアの順に視線を向ける。不意に、喉の奥でくぐもった笑い声を上げ始めた。


「我も堕ちたな。このような『小さき者』に温情をかけられるほどに弱く見えていたとは……情けなど要らぬ、失せよ!!!」


魂を揺さ振るような、命を燃やして放たれたレッドドラゴンの怒声。空気が震え、壁や天井に細かな罅が幾つも刻まれた。怒声の大きさに、含まれた憤怒に物理的にも精神的にも圧され、真紅は後ずさるが、決して逃げ出そうとはしない。


「別に、情けなんかかけてない。俺はただ、自分の我侭でここにこうやって立っているんだ」


「……何?」


「俺はただ、お前みたいな美しい生き物に、こんな穴倉の奥で死んで欲しくないだけだ!」


「ほう……」


絶対強者から与えられる威圧感に震えながらも、真紅は目を逸らすことなく言い放った。真紅の言に興味を持ったのか、レッドドラゴンは瞳の奥で業火のように燃やしていた怒りを少しだけ収め、興味深そうな目で真紅を見つめる。


「それに、お前こそこんな所で死んでいいのかよ? 誇り高きドラゴン。天空の覇者、爆炎の申し子が、こんな土臭い穴倉なんかで最期を迎えていいのか? もう一度空を飛びたくないのか?」


「……ふん、小僧が生意気言いおって」


忌々しげに呟きながらレッドドラゴンは顔を背ける。視線のみを真紅に向け、ボアを顎で示す。


「こっちまで持ってこい。我にはそこまで身体を動かす気力も体力も残っておらなんだ」


「ん、分かった」


どっこらしょっと、苦労して真紅またボアを担ぎ、レッドドラゴンが食べ易い場所まで運んだ。レッドドラゴンは口を大きく開き、ズラリと並んだ牙で普通の鎧なんかよりも堅固なボアの毛皮ごと肉を噛み裂き呑みこむ。ボアの巨体があっという間に減っていくのを、真紅はバカみたいに口を開きながら見ていた。


「……貴様は我が恐ろしくないのか?」


ボアを食べ終えると、唐突にレッドドラゴンが問いかけてきた。ほえ? と疑問の視線を向ける真紅に、レッドドラゴンは少しばかりばつが悪そうに顔を逸らす。


「いや、少し不思議に思ってな。今まで出会ってきた『小さき者』達は我を見ると、大抵悲鳴を上げるか、罵声を浴びせてくるかのどちらかだったのでな」


そう、レッドドラゴンにとって、真紅のような人間と出会ったのは初めてのことなのだ。彼女が『小さき者』と呼ぶ人間は、大抵の者が見た瞬間に悲鳴を上げる、若しくは敵と見做し罵声を浴びせながら攻撃してくる。投げかけられる視線は恐怖と敵意、浴びせられる言葉は悲鳴と罵声。今まで全く気にする事のなかったレッドドラゴンにとっての常識が、『小さき者』達に抱いていた偏見が真紅という人間との出会いで根底から覆されようとしている。


「いや、別に恐ろしいなんて思ってないぞ。寧ろ、何で皆、お前みたいな美しい生き物を恐れるかが俺には分からない」


「(ま、また美しい……)敵意は覚えなかったのか?」


「何で覚えなきゃいけないんだ?」


そう問われると、もの凄く返答に困る。気まずそうに視線を逸らすレッドドラゴンを不思議に思いながら、真紅は彼女に背を向けた。


「また明日も来る。じゃあな!」


「う、うむ。また明日……我がこんな言葉を、それも『小さき者』相手に言う日が来ようとわの」


小さくなっていく真紅の後ろ姿を見送りながらレッドドラゴンは感慨深そうに呟く。こうして、真紅とレッドドラゴンの奇妙な生活が始まった。















「『小さき者』よ。貴様の目的は何なのだ?」


「いや、だからそんなの無いってば。それに俺の名前は『小さき者』なんかじゃなくて黒神真紅だってば」


真紅とレッドドラゴンの奇妙な生活が始まって三日が経過していた。レッドドラゴンはほとんど全快し、傷だらけだった身体にも、今や傷一つ無い。傷が治った事で口も軽くなってきたのか、レッドドラゴンは頻繁に真紅にある質問をするようになった。目的は何なのだ? と。曰く、


「貴様ら『小さき者』達は打算無くして誰かを助けようとはせぬ。何か見返りを求めるからこそ、他者を助けるのだろう」


とのこと。それに対し、真紅は無いと言い続ける。


「遠慮せずとも良いわ。貴様も我に何か見返りを求めるために助けたのだろう? 我等龍族は貴様ら『小さき者』と違って恩を仇で返すような真似はせぬ。安心して望みを言うがよい」


と言われても、本当に打算無しで助けたのだから返答の仕様がない。困ったように頭を掻く真紅。少し考えてから、何か思いついたのか指を鳴らす。


「あ、それじゃ一つだけお願いがあるんだけど」


「……やはりあったか。ほれ、言うてみぃ。所望するのは我の鱗か、皮か、角か、それとも血か? 何れも売れば、一生金には困らぬぞ」


そんなことを言いながらも、レッドドラゴンは心のどこかで落胆していた。この三日間、毎日のように何が目的だと訊ねていたが、この『小さき者』には打算などないのではないか、と。本当にただ自分を助けたかっただけなのではないかと思っていたのだ。落胆を表情に出そうとしないレッドドラゴンに、真紅は目を輝かせながら頼みごとというのをした。


「一度だけでいいから、お前が飛んでる姿を見せてくれないか!?」


両の拳を握り締め、目を星のように輝かせながら真紅はレッドドラゴンを見る。対し、レッドドラゴンは表情にこそ出してないが、心中を驚愕で埋め尽くしていた。


「そ、それだけで良いのか?」


ブンブン! と首もげんじゃね? と心配になってしまうくらいの勢いで真紅は頷く。不意に、レッドドラゴンの体が揺れ始めた。治ったばかりの傷が痛むのかと、表情を一変させて真紅は心配するがそうじゃなかった。


「ハッハッハッハッハ!!! 面白い、面白いな『小さき者』よ!!」


気持ち良さそうに大笑いしていただけだった。一頻り笑うと、レッドドラゴンは強靭な後ろ足で立ち上がり、翼を広げる。


「良かろう。我が翼が天を羽ばたくその光景、しかとその目に見せてやろうぞ」


「本当か!?」


「我は嘘は言わぬ」


歯を剥き出しにして見せるドラゴン流の笑いを見せ、レッドドラゴンは数日振りに外に出ることにした。ふと、真紅はあることに気がつく。


「なぁ、そう言えばお前ってどうやってここに入ってきたんだ?」


「何だ、今更?」


「いや、だってどう考えてもお前の巨体でここまで来れるとは思えないんだけど」


洞窟の入り口辺りや最奥にある広い空間ならとかく、そこに至るまでの狭い通路を、巨体を持つレッドドラゴンが通れるとは思えない。真紅の問いに、レッドドラゴンは笑いながら答えを示した。


「ふん。実際に見せたほうが早いな……こうやったのよ」


次の瞬間、レッドドラゴンの巨躯が燃え上がった。思わず後ろに跳び退り、真紅は襲い掛かってくる熱気から顔を守るため、両腕を十字に組む。数秒もすると、熱風が収まってきた。恐る恐る腕を解くと、そこにレッドドラゴンの姿は無く、代わりに……。


「我のような高度な知性を持つドラゴンはこのようにして、魔法で身体を作り変えて人間になる事ができる。まぁ、滅多なことでは変身せんがの……って、どうした『小さき者』よ?」


レッドドラゴンは不思議そうに、鼻血を噴水よろしく噴き出している真紅の顔を覗き込んだ。首を傾げること数秒、自分がどんな姿をしているのかを思い出す。スラリと伸びた肢体に雪のように白い肌、相反するかのような炎髪灼眼。重力に負けることなく揺れる巨大な双山。


「女子の裸を見ただけで、こんな致死量の鼻血を噴き出して気絶したのか……初心な奴よの」


クスクス笑いながら、レッドドラゴンは魔力で紅のドレスを創り、それを着て真紅が起きるのを待った。















更に時は数日ほど過ぎる。相変わらず、レッドドラゴンは真紅のことを『小さき者』と呼ぶ日々が続いていた。今日も今日とで、修行の休憩時間に真紅は空を縦横無尽に飛び回るレッドドラゴンの姿を、子供のように目をキラキラさせながら見ている。どうやら頼みごとというのは本当にそれだけらしく、真紅はそれ以上レッドドラゴンに何も要求しなかった。


おぉ~、と飽きもせずにレッドドラゴンの飛翔する姿に見惚れていると、レッドドラゴンがいきなり急降下してきた。反射的に真紅は背負っている長剣を鞘ごと地面に突き刺す。次の瞬間、嵐のような風圧が真紅を襲った。吹き飛ばされそうになるのを、足と長剣を支えに耐える。


「……ぶっ飛ぶかと思った。いきなり何しやがんだ!?」


「いや、すまんな。何というかこう、悪戯心が湧いてきて」


怒る真紅にレッドドラゴンは特に悪びれる様子もなく笑ってみせる。


「しかし、よくもまぁ飽きもせずに我の飛ぶ姿を眺めておるな」


「だって飽きないし。お前が飛んでる姿って、何か心が奮えるんだよな」


レッドドラゴンが飛ぶのを見ている時、心の内側に起こる何ともいえない心地の良い感覚を説明しようとする真紅。レッドドラゴンは面白いものを見るような目で見ていた。


「……『小さき者』よ。お主は我が飛ぶ姿を見るだけで満足なのか?」


「へ?」


真紅がレッドドラゴンの言葉に首を傾げていると、彼女は翼を広げながら振り返る。


「乗るが良い、真紅・・


最初、真紅はレッドドラゴンが言った事を理解できなかった。先ず最初に名前で呼ばれたことを理解し、言われた事の意味を判断する。真紅は迷うことなく彼女の背中に飛び乗った。同時に翼が空を切り、二人を持ち上げた。
















「いやぁ~、ドラゴンが他の生物を見下す理由が分かった気がするな……だって、あんなにちっぽけなんだから」


初の飛行を終えた真紅の感想はそれだった。眼下に広がる森。目の前には抜けるように蒼い空。悠々と空を翔るレッドドラゴンの力強さを肌で感じながら、真紅は改めてドラゴンという生物の強さを理解する。


「お前って本当に凄いんだな、ドラゴン」


「ロードだ」


「はい?」


背から飛び降りた真紅にレッドドラゴンは言葉を投げかける。


「ブレイヴ・ローズハート。それが我の名だ。親しみを込めて『ロード』と呼ぶがいい」


そう言って、ブレイヴ・ローズハート改めロードはドラゴン流の笑いを見せるのだった。

名前、勇敢なる薔薇の心ブレイヴ・ローズハート。略してロード。


センスがない? 俺もそう思う。でも、何でかブレイヴって言葉を使いたかったんだ……。


次回、真紅とロード、暫しの別れ。さ~て、こっからどうやってデレデレに持っていくか……。

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