第4章5
蓮狼に斬られた克安の左目は回復することなく、完全に光を失った。
だが、戦は終わった。
桂国は滅び、この国は生き残った。
都に戻った克安は、今回の戦の陰の功労者として今の地位を授かった。
だが、克安は己がこのままここにいてはいけない、という気持ちであふれていた。
誰かが自分を罰してくれれば、どんなにか楽だろう。だが、喃国で今の克安は功労者でありこそすれ、罪人にはなりえない。
街を歩いても、宮廷にいても、どうしても蓮狼のことを思い出してしまう。一層のこと、国を出ようか。すべてを捨ててしまおうか。そう考えていたある日のこと。克安は街で妙な噂が流れていることを知る。
それは、蓮狼のことだった。
克安は噂の出所である街の片隅にある小さな小屋を訪れた。そこで自分を出迎えてくれたのは、一人の老人だった。
見覚えのある顔だ、と克安は思った。
「お久しぶりです」
老人のほうも克安を覚えていたらしく、頭を下げた。
「もう……何年ぶりですかな。すっかり立派になられて」
老人はしわくちゃの顔を、さらにしわくちゃにさせて再会を喜んでくれた。そのときに見えた欠けた前歯で、克安はすべてを思い出す。
幼い頃、蓮狼と共に翠蓮のもとを訪れたとき、よく菓子をくれた隣人の男だった。
「お元気で……なによりです」
克安は彼の話から、蓮狼が情報を売って得た金をすべて己の懐に入れることをしなかったことを知った。戦災孤児たちを育てているこの老人にすべてを託していたのだ。
「蓮狼はいつも案じておりました。このままではまた、悲劇が繰り返されてしまうだろうと。早く戦を終わらせなければ……と」
このままでは遠くない未来、喃国が滅びてしまうだろう。
すでに国庫は尽きかけている。本当は戦などできる状態ではもはやないのだ。
喃国が滅び、すべてが無に戻ることで、よくなるものもあるかもしれない。だが、今までの人類の歴史を振り返ってみても、国が滅んだ後には、決して幸せが待っているとはいえない。
他国に呑み込まれ、圧政が続くとも限らない。
人々の生活はますます困窮するだろう。
このことは何も喃国にだけ当てはまることではない。喃国と桂国がすべての力でもってぶつかり合えば、そこには大きな犠牲が出ることになる。
さすれば、多くの不幸な子どもたちを生み出すことになってしまうだろう。
昔の自分たちと同じ境遇の子どもたちを。
蓮狼はそれを避けようとしたのかもしれない。
そう、彼がああまでして守りたかったもの、それはこの国だったのかもしれない。この国で生きる人々の笑顔だったのかもしれない。
このことに気づいたとき、克安は職を辞するという考えを封じた。
自分は蓮狼の遺志を継いで、この国を守っていこう、と。いつか本当にこの国が平和になって、自分のような存在が必要とされなくなるその日まで、自分は守り続けよう。蓮狼が愛したこの国を。この国の民の生活を。
それが自分にできるせめてもの償い。
すべてを捨てるのは、償いが終わった後で十分だ――。