第2章2
「彼はどんな様子でしたか?」
客間から戻った学然に、雲隠はまず訊ねる。
「別に。取り立てて言うことはないな」
食事の後片付けを開始しようと、食器類をまとめ始めた学然は不思議そうに雲隠を見る。
「彼は本当のことを言っていませんね」
「――そういうことか」
学然は、内心どこかほっとしている自分に気付く。
「彼が気になりますか?」
「当たり前だろ」
あのような願いを口にするのだ。気にならないわけがない。
ここにくるものはたいてい、何かしら事情がある者ばかりだ。当然、言いたくないことも山ほどあるに違いない。それに対して、いちいち詮索していても詮無きことだ。
それは十分にわかっている。
けれど、克安については、どうしても気になって仕方がないのだ。それはきっと、あの瞳のせいかもしれない。
「あいつは他人の命を奪うことなんてできない。そんなやつじゃないような気がする」
学然の気持ちを聞いて、雲隠は穏やかな微笑みを浮かべる。
「わたくしもそう思いますよ。あなたの感じたことはきっと間違いではないでしょう。それに……他者の命を奪うというような願いを持った人は、おそらくここにはたどりつけないと思いますよ」
ああ、と学然はここでようやく納得した。
先ほど克安が願いを口にしたとき持った疑問。やはりあのとき感じたことはあっていたのだ。
つまり、今までそういった願いを持った者がここに来たことはない。
「あいつが例外ってことは?」
「ありえません」
きっぱりと雲隠は言い放つ。
「ってことは……」
彼が口にした願いは、やはり真実ではないことになる。
「なんでまた」
嘘なんかついてもまったく意味がないのに。
そもそも、ここに来たのがなぜか。願いを叶えてもらうためではないのか?
ここには、すべての人間が辿りつけるわけではない。
心に強い願いを持ったほんの一握りの人間のみが辿りつけるのだ。いったいこれがどういう仕組みでこのようになっているのか、実は学然自身は何も知らない。
学然ももともとは克安と同じように、ここに願いを叶えてもらいにきたはず……なのだから。
「とにかく」
雲隠の言葉で我に返る。
「どうであれ、彼に直接聞くしかありませんからね。明日、また訊ねてみましょう……」