第4章7
その日の夕方、克安からこの地を発つことを告げられた二人は、せめて明日の朝にしたらどうかと勧めた。
確かに一度ここに来た者であれば、帰りは至極楽になるはずだった。庵を出て西へ向かえば、およそ数刻で己が望んだ地へ戻ることができる。
だが、そうであったとしても今からでは、確実に夜になってしまうだろう。
「いや、この上は一刻も早く都へ戻りたいのだよ」
克安は己がした願いが願いだけに、このままここでゆるりと時間をすごせば、この地で最期を迎えてしまうかもしれないという懸念があったようだ。
これ以上引き止めても仕方がないとわかると、学然は台所の奥から饅頭をいくつか持ってきた。
「腹減ったら食べろよ。俺の自信作だからな。――朝の残りだけど」
「ありがたい」
笹の葉に丁寧に包まれた饅頭を笑顔で受け取った克安は、雲隠に目を向けた。
「本当に願いは叶えてくださるのか?」
最後に強く問う。
目をそらさずに、雲隠はそれを受け止め、静かに告げた。
「――あなたの大切なものと引き換えに……。街に戻ればわかること」
「わかった。疑って申し訳ない」
いいえ、と雲隠は笑む。
「ずいぶんと世話になった」
克安は荷物を背負うと、二人に向かって手を上げた。
「達者にな」
「あんたも、な」
克安は少しだけ複雑そうな顔をしたが、小さく笑った。
去っていく彼の姿が見えなくなるまで、雲隠と学然はじっと見送っていた。