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第1話 実りの名を持つ者

 世界を変える力は、決して祝福だけをもたらすとは限らない。それでも、彼女は見て見ぬふりなどすることができなかった。


 その代償がどのような形で現れるのか――

 それを誰よりも理解していたのは、ほかならぬ彼女自身だというのに。


 城館の回廊を歩く。

 高く伸びる天井、時を刻んだ古い柱。

 俗世を離れて旅を続けてきた彼女にとって、それらはどこか遠い世界のものに思えた。


――私なら、うまくやれる。


 同じ悲劇は、二度と起こさない。

 そう言い聞かせるように、彼女は胸中の不安をかき消す。

 魔法は、ただの破壊の道具ではない。

 正しい志のもと使えば、決して悲惨な末路を招くものではないはずだ。


 今ここにある称賛が、その証だった。

 人々は笑い、感謝し、手を取り合って喜んでいる。ならば、この道は間違いではない。


 干ばつでひび割れた大地に雨を降らせた。

 荒れ果てた畑に、新たな実りを芽吹かせた。

 作物がよく育つよう、川の流れを整えた。


 それで、確かに救われた命がある。

 目の前の命を救うことができずして、世界を救うこどできはしないのだから。

 だが、彼女の脳裏には、かつて師に告げられた言葉がよみがえっていた。


「この世の理を魔法で書き換えれば、いずれ災いを招く。その土地の理を無視し、現象だけを力で塗り替えても、それは仮初の救いにすぎぬ。

 力を加えて変えたものは、力を加え続けなければ、その形を保てないのだ。力ではなく、理を支える柱となりなさい」


 私にはまだすべてを理解できるわけではないけれど、ならば私がその“理”になればいい。


 強大な力を持ちながら、人々の苦しみを見過ごすことなどできない。

 今この瞬間、目の前で飢え、命を落としかけている人々を見捨てて、何が魔道士か。


 そうして彼女は、人助けの旅を続けた。

 いつしか人々は彼女を称え、“実りの女神”と呼ぶようになった。


「ルナ・シュヴィト。面を上げよ」


 玉座の間に、領主の声が響く。 

 彼女はゆっくりと顔を上げ、まっすぐ正面を見据えた。


「今回の件、民に代わって礼を言おう」


「お褒めに預かり、光栄です。領主様」


「何か褒美を与えたい。望みはあるか」


「いえ。民の笑顔こそ、何よりの褒美でございます」


 領主はわずかに目を細め、穏やかに笑った。


「ほう……。そなたは本当に、豊穣の女神エフレアの生まれ変わりなのかもしれぬな。民が“実りの女神”と呼ぶのも、無理はない」


 そう言って、領主は側近に合図を送り、金貨と一着のローブを差し出させた。


「これはこの地に貢献した者に贈る、私からの贈り物だ。

 この紋章を見せれば、旅先でも便宜を図ってもらえるだろう」


「よろしいのですか……? 私のような旅の者に、このような」


「構わぬ。出自ではなく、成したことに報いる。それが為政者の務めだ」


 彼女は深く頭を下げた。


「ありがたき幸せ。謹んでお受けいたします」


「それと――」


 領主は言葉を切り、少しだけ柔らかな声色になる。


「我が息子、ノエルが、そなたの話を聞きたがっておる。大地に恵みをもたらした魔法に、強い興味を持っているようだ。よければ、話し相手になってやってくれぬか」


「ご子息のノエル様が……? はい。わたしの話でよろしければ」 


 この一人の魔導士と、若き領主の息子の出会いが、

 やがてこの争いが絶えぬ地に暁の火を灯す光になろうとは――

 この時、誰一人として想像してはいなかった。

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