エピローグ ~天使の想い
僕が深宇宙探査船に乗り組んだのは、16歳の時だった。
両親を早くに失い、故郷に未練のなかった僕は、故郷の時間で往復100年以上を要する深宇宙探査に志願したのだ。
故郷を旅立ってから船内時間で2年程が経った頃。船の重力制御装置に不具合が発生し、修理のため偶然立ち寄った惑星には、何と我々とそっくりの知的生命体が住んでいた。
知的生命体の生活レベルは原始的だったが、意思疎通は可能と思われた。急遽、言語翻訳システムが構築され、修理に必要な資源調達や安全確保のために、船長以下船の幹部がその知的生命体のリーダーと思われる者と接触した。
トラブル防止のため、幹部以外が知的生命体と接触することは禁止されていた。しかし、船外調査中、飛行ユニットの故障でたまたま着陸した森の中で、僕は彼女と出会った。
素朴な優しさと、はにかむような笑顔。一目惚れだった。
僕は言語翻訳システムを活用しながら、彼女との接触を重ねた。
僕は自分の名前を彼女に伝えたが、翻訳システムの問題なのか、彼女は僕の名前の「ノ・ア」という部分だけが聞き取れたようだった。僕は、ノアと名乗ることにした。
彼女との出会いが僕を変えた。彼女が僕のすべてだと感じられるようになっていた。1日でも長くこの惑星に滞在し、彼女と過ごしたい、そう思っていた。
しかし、ついにその日がやってきた。重力制御装置の応急処置が終わったのだ。我々はこの惑星から立ち去ることになった。
いつかこの日がやってくることは分かっていた。暗澹たる気持ちで最後に彼女に別れの挨拶をしようと船外調査の準備を進めていた僕は、偶然、船の幹部の会話を聞いてしまった。
「重力制御装置の出力を下げると安定しない。出力全開で離水する必要がある。離水時の衝撃で津波が発生し、周辺環境に影響を与えるかもしれんな」
「少なくとも海沿いの集落は全滅だろうな。まあヒューマノイドは珍しいとはいえ、文明レベルは大したことない。多少の被害を与えても問題ないだろう」
僕は心の整理がつかないまま、彼女に逢った。いつもの優しく純粋な笑顔。僕は、自分の心を抑えきれず、彼女にキスをした。そして、彼女に、町に危険が迫っているから逃げるよう伝えた。
船内に戻った僕は、祈るような気持ちで彼女の位置情報をモニタリングした。しかし、彼女は町から逃げず、建物の一室に留まっているようだった。
そして、何かのデマを流す女が牢屋に閉じ込められたようだ、という話を他の船外調査員から耳にした。
きっと彼女だ! 彼女を助けなければ……僕の全てを投げ出してでも!
そう思った僕は、改めて自分の心に気づいた。
僕は彼女を愛していた。例え文明レベルが異なり、種族も異なるとはいえ、この気持ちに偽りはなかった。
僕は覚悟を決めた。離水準備でバタバタする船内から飛行ユニットで脱出した。
そして、彼女のいる建物へ向かった。船から帰還命令の連絡が入ったが、僕はそれを無視した。ビーコンを兼ねた銀色のリング型の船外作業員徽章を船外活動服から引きちぎり、海に投げ捨てた。万が一に備え、レーザー銃をチェックする。
船は僕の帰還を諦め、離水準備を再開したようだった。時間がない。
僕は飛行ユニットを限界まで加速させ、彼女のいる建物へ飛んだ。自分の全てを懸けて、彼女を助けるために。
最後までお読みいただきありがとうございました!