表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

5 飛翔

 私が牢屋の中で後退りをした直後、(まばゆ)い一筋の光が、牢屋の窓の横の壁を貫いた。そして、大きなアーチを描くように壁を貫き終わると、牢屋の壁が崩れ落ちた。


 土埃の中、ノアが牢屋の中に入って来た。


 ノアが私の手を取った。


「時間がない、行こう!」


 ノアはそう言うと、私を連れて牢屋の外に出た。


 牢屋の内外には警備の兵士がいたはずだが、ノアの、天使の力を恐れ、逃げ出したようだった。


 誰もいない月夜の下。ノアが無言で私を抱き締めた。


「少し怖いかもしれないけど、大丈夫だから」


 ノアが私の耳元でそう言った。その直後、ノアの背中から天使の輝く翼が現れ、2人の体が宙に浮いた。


「頼む。もってくれよ……」


 ノアの呟きが聞こえた。私とノアは、フラフラしながら少しずつ上昇していった。


 私は、ノアに抱き締められたまま、チラリと下に目を向けた。


 風も雨もない静かな夜。静かな海辺。沖では、神の御使いの巨船が月光を受けて銀色に輝いていた。


 その直後、突然、巨船がゆっくりと宙に浮いたかと思うと、轟音とともに巨船の下の海の水が押し退けられ、海の底が見えた。


「う、海が割れた……」


「町を犠牲にして飛び立ったんだ」


 私の呟きに、ノアが悔しそうにそう言った。


 夜空の彼方へと上昇を続ける銀色の巨船。


 そして、その下で押し退けられた大量の海水が、浜辺を襲った。


 あっという間に、浜辺が、町が、領主の館が海に()まれた。私は、ノアの腕の中で、フラフラと宙に浮きながら、呆然とその光景を見つめることしか出来なかった。



 † † †



 その後、隣町へ向かう途中の丘に何とか舞い降りたノアと私は、海に呑まれた町へ向かった。残念ながら、助かった者は誰もいなかった。


 そして……


「ついに圏外か……」


 そう呟いたノアは、白い兜と白い鞄を投げ捨てた。悲しそうな顔で、知らない言葉で私に何かを言った。


 神の御使いの船が天に去り、ノアにはもう空を飛んだり言葉を操ったりする「神の力」は使えないようだった。


「私を助けるために、神の力を失ったのね。ノア……ありがとう!」


 私は泣きながらノアの体に抱きついた。ノアは少し驚いていたが、優しく私を抱き締めてくれた。


 それから、ノアは私と一緒に暮らし始めた。言葉を学び、畑を耕し、そして、私はノアの子を授かった。ノアは「奇跡だ!」と心の底から喜んでいるようだった……貧しかったが、幸せな生活だった。


 ノアは、私と子ども達、そして孫達に見守られながら、昨年、天に召された。安らかな最期だった。


 私も年を取り、体が言うことを聞かなくなってきた。子どもや孫達には「お前達の父、祖父は元々天使だったんだよ」と何度も言い聞かせているが、どうやら誰も本気で信じていないようだ。


 例え誰も信じなくても、私と彼との思い出は、私の心の中にしっかりと残っている。


 ……ありがとう、堕天使ノア。私はあなたと出逢えて幸せでした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ