3 天使との再会
それから5日後、私は隣町へお使いに出掛けた。
領主の館を出た私は、少し寄り道をして海辺に行ってみた。
穏やかな海の沖には、銀色の船が静かに浮かんでいた。まるで島かと思うほどの大きさだ。
「帆もないのに自由自在に動くらしいぞ」
「何と、空も飛ぶそうだ。あの輝く船体は銀だろうか」
海辺には野次馬が集まり、神の御使いの船を眺めながら口々に噂話をしていた。
海辺を後にした私は、隣町へ向かった。丘へと続く雑木林の中の坂道を上る。
私は空を見上げた。太陽が頭の上近くに昇っていた。
私は木陰に座り、休憩することにした。隣町に届ける書状や荷物の入った袋を横に置き、領主様の朝食の余り物であるパンの切れ端を食べる。
パンを食べ終わり、水筒の水を一口飲んだ私は、再び空を見上げた。
……そういえば、先日あの天使に会ったのは確かこの辺りだったな。
天頂に輝く太陽を、目を細めながら見ていると、何か黒い影が太陽を横切って行った。
鳥かな? そう思っていると、その黒い影が反転してこちらへ降りて来た。
真っ白な姿に大きな輝く翼。
「て、天使様!」
私は思わず声を上げ、立ち上がった。空から降りてきたのは、先日会ったあの若い天使だった。
† † †
「やっぱり君だったのか。お昼休み中かな?」
真っ白な兜を脱ぎながら、私の前に降り立った天使が笑顔でそう言った。
私は無言で何度も頷くと、天使が笑いながら言った。
「ははは、休憩中に驚かせてごめん。僕も昼休みにしようっと。そこ、いいかな?」
天使が私の横を指差して言った。私は再び頷いた。
天使は、私の横の木陰に座った。私も恐る恐る座る。
「よいしょっと」
天使が背中に背負っていた白い鞄を下ろし、中から布のようなものに包まれた四角い物と、銀色の筒を取り出した。
「あ、そうだ。この前のお礼をしなくちゃね」
天使が包みを開けながらそう言った。包みの中には、見たこともない四角のフワフワした黄色い物が入っていた。
「さあ、どうぞ。口に合えばいいけど」
天使がそのフワフワした黄色い物をちぎって私にくれた。
私はしばらくそのフワフワした物と天使の顔を交互に見たあと、そのフワフワした物を一口食べた。とても甘く、とても優しい味。私は夢中で一気に「フワフワ」を食べた。
「どう、美味しい?」
「お、美味しいです! こんな美味しい物、生まれて初めて食べました!」
一気に食べ終わった私の言葉を聞いて、天使は嬉しそうに微笑んだ。
「君はどこに住んでるの?」
「は、はい。領主の館でお世話になっています」
「へー、そうなんだ。名前は何ていうの?」
私は、消え入るような声で自分の名を天使に伝えた。誰が聞いても私が奴隷であると分かるその名を……
蔑まれるだろうか。いじめられるだろうか。私は、おどおどしながら彼を見た。
彼はごく自然な笑顔で私に言った。
「綺麗な名だね」
私は驚いて彼の顔を見た。そんなことを言われたのは初めてだった。
彼は笑顔のまま自分の顔を指差して言った。
「僕の名前は○○○○だ」
天使の名前は難しく、私には聞き取れなかった。辛うじて「ノア」という単語が聞き取れた。私がその単語を口にすると、天使が苦笑しながら言った。
「ああ、ごめん。ちょっと難しい発音なのかな……とりあえず、僕のことは『ノア』って呼んでくれればいいよ」
それから少しの時間、私は「ノア」という名の天使と雑談をした。
ノアは、他の神の御使いと一緒に、空の上からこの世界に降りて来たということだった。
「この世界の人達は、僕達と姿形が似ているし、話をすることが出来てホント良かったよ」
ノアが嬉しそうにそう言った。私はこの町と隣町しか知らないけど、世界には様々な姿の人がいるのだろうか。
「さあ、そろそろ戻るとするか」
ノアが立ち上がり、鞄を背負った。
私は立ち上がり、ノアの顔を見つめた。
また会いたい。もっと話がしたい……けれど、相手は神の御使い。奴隷の私が何度も会える存在ではない。
何も言えずに俯いた私に、ノアの声が聞こえた。
「……また会えるかな?」
予想外の言葉に、私は顔を上げた。ノアが笑顔で私の顔を見ていた。
「……は、はい! 今日のように、5日に1度、隣町へお使いに出掛けます。その時であれば」
私は顔を真っ赤にしながらそう答えた。