2 領主の館
「ようやく帰って来たのか。すぐに宴の準備を手伝え!」
領主の館に戻った私は、領主の部下に急き立てられ厨房へ向かった。
厨房では、料理長が他の召し使いに指示を出しながらテキパキと調理を進めていた。
「誰かいらっしゃったのですか?」
「神様の御使いが現れたんだよ!」
私の問いに、厨房の料理長が興奮しながらそう言った。
料理長によると、町の前に広がる海の沖に、見たことのない大きな船が現れたそうだ。そして、神の御使いが領主の館にやって来て、領主への面会を求めたということだった。
……もしかすると、私が会ったあの天使は神の御使いの一人だったのかな?
私はそんなことを考えながら、他の召し使い達と共に黙々と料理長の手伝いを続けた。
† † †
私は、他の召し使い達と一緒に料理を大広間に運んだ。
大広間では、領主が「神の御使い」達と談笑をしていた。
料理を並べながら、私はチラリと神の御使い達を見た。
顔立ちは私達と変わらなかったが、男女ともに細身の体つき。見たことのない服装だった。
私は、先ほど会った天使を探したが、神の御使いの一行の中にはいなかった。
「ほら、ジロジロ見ない。さっさと次の料理を運んでくるんだ」
領主の部下に小声でそう言われた私は、慌てて頭を下げ、大広間を後にした。
ひととおり料理を運び終えた私は、館の中庭の井戸へ水を汲みに行った。
中庭では、領主の兵と、私が先ほど会った天使と同じ格好をした一団が整列して待機していた。
天使達は兜を被っていたが、兜の前面の黒い板はなく、皆の顔が見える状態だった。
私は水を汲みながら天使達の顔を見た。すると、その中に見覚えのある顔があった。
……さっき会った天使様だ!
天使達の列の一番端。一番小柄で一番若いように思われた。
私がじっとその天使を見ていると、ふと、その天使と目が会った。
彼は少し驚いたような顔をした後、私にニッコリ微笑んだ。
……私のこと、覚えてくれてたんだ!
私は嬉しくなると同時に、何故か恥ずかしくなった。顔を赤らめペコリと頭を下げると、水を汲んだ桶を抱えて厨房へ戻った。
† † †
夜、宴の後片付けを終えた私は、他の召し使い達と一緒に大部屋に戻った。
「神の御使いは、しばらくこの町に滞在するらしいよ」
「御使いがお求めになる物を捧げれば、神の力を色々と貸してくれるんだって」
召し使い達は興味津々で様々な噂話をしていた。私はその会話に耳をそばだてながら、大部屋の隅の粗末な寝床に入っていると、召し使いの一人が私に気づいた。
「何よ、勝手に私達の話を盗み聞きしてたの?」
もう一人の召し使いが嫌そうな顔で言った。
「ほんと。なんで奴隷ごときが私達と同じ部屋なのよ。ああ、嫌だ嫌だ。こっちを見ないでくれる?」
「……すみません」
私はそう謝ると、寝床に入って目を閉じた。