08 かわいいって、言われたから
「あはは――ひぃっ――いゃぁぁ―――っっっはぁっ……くっ――はあっっっ、あははははっっあっ……」
セレノア宮……夫婦の寝室の広いベッドで、私はユリウスの手によって――
無限くすぐり刑に処されていた。
神殿からの実家へのはしごの後、私は彼のツタ(おそらく土属性魔法)で拘束されたまま、初日に閉じ込められた未来の夫婦の寝室に問答無用で連行された。
広いベッドに放り出され、ユリウスに睥睨された時、「あ、死んだな」って思った。
「ねぇ、アナ?言ったよね――俺、まだ全然怒ってるって」
「……な……なんのこと、で、しょうかぁ?」
緊張で語尾が変になった。
「今日はね、俺は二回も、ヒヤッとさせられたよ?」
ユリウスが、私のはいている靴をそっと脱がした。
ツタは私をぐるぐる巻きにしていて、まあ、王子様を蹴り上げるってのもまずいんだけど、それすらできない状況だった。
「一回目……君は、こともあろうに、神殿の魔力判定を偽ろうとした――」
ユリウスの繊細な指使いが、私の足の裏を襲う。
「ひっ……うぅ――はあっっっ、ひゃっ……やめっ……」
「詐術による王家転覆未遂に問えば、準国家反逆罪。
術環情報の偽装・妨害は国家記録偽造と見なすとされれば、術式妨害の未遂で魔術法に基づく重大違反に問われる。
聖女が魔力を詐称したとなれば、召喚魔術の信用失墜行為で宗教的反逆と捉えられてもおかしくない。
正直これって、罪に問おうと思えば、いくらでも重い罪に問えるんだよ?」
身体をよじろうにも拘束されててよじれない。
私はくすぐりに弱い方ではない。方ではないが――
「本来なら、即刻拘束して、王宮か神殿に連行してるところだけど――俺、君には甘いんだよね。」
「ひゃはははっ――あっ……ひぃっいっっ――」
「それに、間違った術環を刻まれて、君に何かあったら俺は――」
ユリウスが手を止めた。
私は荒い息をつく。
「それから、君の実家に行った時……俺を『自分の男』って言ってくれたのは嬉しかったけど……」
ユリウスの手が、今度は私のわきに延びる……
――あ……やめ……
「っっっっ――――」
「お姉さんと、あんな取っ組み合いのけんかをするなんて……君がケガしたらどうするのさ?
聖女を傷付けたものは、厳罰に処されるって、君も知ってるでしょ?
君はもっと、自分の立場を知るべきだよ」
「ひぐっ―――っっ、はははっっあぁっ……あひゃっはははっっっあはっっ」
逃れられないユリウスの指先に翻弄され、私は、令嬢としての恥も、外聞も、何もかもかなぐり捨てて、彼のくすぐりに身をゆだねるしかなかった。
やがて、地獄の時間が過ぎ、彼も私をくすぐることに満足したのか、手をピタっと止める。
「わかった?もう二度と、危ないことしないで。何かするなら、一言 俺に言ってからにして。」
荒い息を吐きながら彼を見ると、思いのほか真剣な顔で私を見ている。
息を整えようと返事をしないでいると、彼が耳元で囁いた。
「それともまだ足りない?今度は耳をくすぐってあげようか?それとも首?おなか?」
まだくすぐられていないのに、身体がビクッと震えた。
「わ……わかっ……た――もう、しないっっっ」
「何をしないの?」
ユリウスがこれ見よがしに、指をワキワキと動かして見せてくる。
「危ないことっ!危ないこともうしないからっっっ、もう、許して……」
あ、やばっ。また涙出て来た……
「約束だよ。今回は許してあげるけど、次やったら――」
「ひぃっ」
おびえた私に満足したのか、彼はやっとツタの魔法を解いて、私を自由にしてくれた。
顔はもう、涙とか、鼻水とかよだれとかでぐちゃぐちゃで、ベッドの上で弛緩して、手足を投げ出してる無様な姿をさらしている。
100年の恋も冷めないのかしら……
そんな私をなだめようと、彼の手が伸びてきた。
「ご……ごめん……今、触らないで……ずっとくすぐられて、感覚が敏感で――」
私が言うと、彼はおとなしく手をひっこめてくれた。
彼は私の横に寝転がると、ぽつりと言った。
「――俺、怖かった?嫌いになった?」
首を回して彼を見ると、不安そうな視線とぶつかった。
「……嫌いになんて……ならないよ。
ユリウスも、こんなぐちゃぐちゃな姿見て……私の事嫌いにならないの?」
思わず聞いてしまった。
「なるわけないじゃん。ぐちゃぐちゃなアナ、最高にかわいい。」
「――ばか」
ユリウスが、嬉しそうに微笑んでいる。
さっきまで鉄仮面で私をくすぐりの刑に処していた人物とは大違いだ。
気持ちが弛緩したら、眠くなってきた。
「ごめん――このまま……寝て―――」
最後まで言う前に、私の意識は堕ちた。
次の朝、朝日の中で目覚めたとき、私は状況を瞬時に理解できなかった。
身体の節々が痛い。
そうだ……私は昨日……魔力の判定を受けて、実家に帰って―――
ユリウスにお仕置きとしてくすぐられた……
ふと、横に温かさを感じたので見ると、ユリウスが寝ていた。
そういえば、ここに来た初日に、「今日から主寝室で寝るよ」なんて言われていた……
ちゃっかり実現しているじゃない。
「ハダカのお付き合いから~♪」なんて言ってたけど、私、出会って二日の男に、閨よりも恥かしい、あられもない姿、見せちゃったかもしれない……
一瞬羞恥で、顔が赤くなるのを感じたが、ふと思い出す。
――私の事嫌いにならないの?
――なるわけないじゃん。ぐちゃぐちゃなアナ、最高にかわいい。
ああああああああああああ――――――
でも、この人……あんな私でも……かわいい……って言ってくれた……
「……起きてるんでしょ?ばか王子……」
声を掛けたら、彼はゆっくりとまぶたをあげた。
「――うん、おはよ、俺のアナ。」
朝日に照らし出された彼は、寝起きにもかかわらずかっこいい……
イケメンはやっぱりずるいとか、一晩同じ部屋で過ごしてしまったから、きっと周りはそういう風に扱ってくるとか。
それから私は、ユリウスの侍従が起しに来るまで彼の顔を見ながらグダグダと過ごしたのだった。
その日の昼過ぎ、私たちは宮の中庭で、ひとしきり魔法の腕試しをして汗をかき、その後二人で芝生に寝転んでぼんやりしていた。
昨日の夜の一件から、私の心のハードルは一気に下がり、二人の距離が縮まっているのを感じる。
――ユリウス、本当に恐ろしい人!!
「ねぇ、ユリウス、あんたそれでも王子様でしょ?私とこんな風に遊んでて……公務とかいいの?」
ぼんやりと、中庭を舞う蝶を眺めながら、私は少しだけ気になっていることを聞いた。
「うん、良いんだよ。あと数日は確実に時間がある。聖女を召喚した王子はね、その心を得ることが、最大の公務なんだ。だって、僕たち王子は、契約できなければ死ぬしかないし、契約できれば国家の戦力増強につながるんだから。君だけと過ごせる時間が過ぎてしまっても、俺はなるべく、君と過ごす時間を取るつもりだしね。」
「やっぱり、契約したいから――私に優しくしてくれるの?」
これを聞くのは反則だと思ったけど、私は聞いた。
聞かずにはいられなかった。
「そういう気持ちがゼロって言ったら――嘘になるんだろうけど……
君がね、俺の前に現れたとき、本当に――そうだな、運命……かな?そうとしか言えないものを感じたんだ……」
仰向けに寝て空を見ていた彼は、転がって私の方を向いた。
「君のその理知的な顔も、明るくてよくとおる声も、はすっぱな喋り方も、少し低めの身長も、ちょっと瘦せすぎな体型も、健康的な肌の色も、深い藤色の髪の毛も、朝焼けを思わせる不思議な色の瞳も、桜貝みたいな唇も――
全部全部、俺の好みのど真ん中なんだ……こんなに理想的な女の子、いるなんて、思わなかった。
だから――」
彼が顔を近づけてくる。
彼の吐息が耳にかかるほど――
「全力で、口説きにかかってる……」
あ……やばい……
「ねぇ、俺の腕に、堕ちてきてよ。」
どうしよう……もう――堕ち――――
「よう、ユリウス!聞いたぞ!昨晩聖女殿と同じ寝室にしけこんだんだってなぁ!お前って、そんな手ぇ、早いタイプだったんだ?」
中庭を囲む回廊の方から、無遠慮な男の声が聞こえて、私は墜落を免れた。
ユリウスがバネのように飛び起きて、男の方を見た。
「ルキアスー!お前にはデリカシーってもんがないの?!今、いいとこだったのに―っ!一生恨むぞー。」
私も地面に寝転んでるなんて、人に見られた恥かしさの中で、身を起して見ると、第二王子のルキアス殿下が、一昨日私と一緒に召喚された聖女と共に立って笑っていた。