表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/32

05 私の嘘

 朝食の後、私は馬車に乗せられて神殿へ向かった。

 ユリウスは私の正面を陣取って、相変わらずニコニコ笑っている。


 ――正直、この王子、ちょっと怖い。

 何を考えているのかさっぱりわからない。大胆なことを言ってきたかと思えば、あっさり「冗談だよ」とかわしてくるし、気がついたら懐に入り込まれていそうで、油断も隙もない。

 でも――顔はいい。

 ご令嬢方が夢中になるのも頷ける。なんなら、私の好みのど真ん中だ。


 ……だからこそ、タチが悪い。


 絶対にほだされないぞ、と内心で拳を握っているうちに、馬車は神殿に到着した。


「ユリウス殿下、この度はおめでとうございました。アナスタシア聖女、お待ちしておりました。準備は整っております。どうぞこちらへ……」


 出迎えた神官に案内され、聖堂へと通された。

 中央には、白金の円環の結界の中に祭壇が築かれ、判定用の魔具が鎮座している。


 ――私は、二年前の『判定の儀』を思い出していた。


 あのとき、私はすでに自分の魔力が強いことを自覚していた。

 術環を刻まれる前だったから、派手な魔法は使えなかったけれど、術環が普及する前に使われていた、いわゆる『古術式学』の術式を独学で試してみていたのだ。


 余談だが、参考にしたのはミルドア先生の若い頃の論文である。

 その結果から推測するに――私は、最低でも『青玉の座』、ひょっとすると『金剛の座』に届くかもしれなかった。


 もし、聖女召喚の補正なしに『金剛の座』を持っていると知られたら……。

 私の自由な研究人生は、間違いなく終わっていた。


 だから私は、あのとき、意図的に手を抜いた。

 貴族令嬢としてはやや優秀、でもさして突出していない――そんな評価がつくように調整して、『藍玉の座』と登録されたのだ。


「それではこれより、ユリウス殿下の聖女の属性および魔力強度の判定を行います。アナスタシア様は、判定の儀は二度目ですね。まずは属性判定からです。少しずつ、ゆっくり、この球に魔力を流してください」


 神官は、優しげに語りかけてきた。


 ……私はもともと水属性だったけど――属性は、そんなに増えてないはずよね?


 言われた通りに、球に向けて魔力を流す。淡く輝き始めた球体の中で、いくつかの色を持った光の玉が、ふわふわと踊り出す。


「青が水、緑が風、黄色が土、そして……白は聖属性ですね。アナスタシア様は水属性のみでしたから、新たに三属性が加わったことになります」


 神官は、どこか微笑ましげに言った。


 ふう――ひとまず、ここまでは“標準的な”聖女の範囲内。


 ……さて。

 本当に怖いのは次だ。


「アナスタシア様。次は魔力量の評価です。ありったけの魔力を、できうる限り素早く、この球に込めてください」


「は……はいっ」


 私は小さく息を吐いて、もう一度球に向き直る。


 ――見た目には、一生懸命、最大出力を出しているように。

 でも、実際はセーブ。あくまでも、コントロールできる範囲で。


 とはいえ、セーブしすぎても危ない。


 本来の魔力量よりも、過小評価された術環を刻まれていた私は、これまでずっと、術環以上の出力を出さないように細心の注意を払ってきた。

 それでも、うっかり魔力が振り切れて、回路を焼き切りそうになったことが……一度や二度じゃない。


 今の私は、召喚を経てさらに魔力量が増している。

 過小評価しすぎれば、かえって自分が危険だ。


 ――聖女として“凡庸”な値……『青玉の座』くらい?

 その程度なら、まあ無難。魔法の行使にも困らない。


 力を丁寧に制御しながら、球へと魔力を込めていく――

 ……つもりだったのに、一瞬、制御を振り切った。


 まずいっ――


 皆が見つめる中、球は青白く閃光を放ったかと思えば、

 すぐにルビーのような紅い光を放ち、きらきらと輝き始めた。


「『紅玉の座』! アナスタシア聖女は、『紅玉の座』です!」


 神官の高らかな声が聖堂に響く。


 ――うーん、やっちゃったかぁ……。

 ちょっと弱めすぎたけど、ま、何とかなるでしょ!


 私は気を取り直して、白金の輪の外に立っていたユリウスへと振り返った。


 彼はいつものように、へらへらと笑って――

 ……いなかった。


 その瞳が、まるで刃のように、私を射抜いていた。



「君、ちょっと……」


 判定の儀が終わり、聖堂を出たところで、ユリウスが私の二の腕をがっしりと掴んだ。


 そのまま、一言もなく引きずられる。

 私は抵抗もできず、なすがままに――おそらく、貴賓用の控室と思われる一室へと連れ込まれた。


 ユリウスは入室するなり、ぴしゃりと扉を閉めて、手際よく防音の魔法をかけた。


 ――すごい鮮やかなお手並み!

 ユリウスって、案外、魔法上手なのね。


 などと、のんきに感心していた次の瞬間。


「君! 一体何を考えてるんだ!

 術環と実力の不適合がもたらす悲劇を、君が知らないはずがないだろう!!」


 ――怒鳴られた。


「だって、別に今までだって、何とか――」


 反射的に言い返すと、ユリウスはすぐさま厳しい口調で遮ってきた。


「やっぱり、今までも魔力量を偽っていたか。……嫌な予感が的中してしまったよ」


「やっぱりって……どういうこと? 気づいてたの?」


 動揺して問い返すと、ユリウスは静かに私の右手を取った。

 指先に触れるか触れないかの動作で、私の手のひらを開かせる。


「うん、気づいていたよ。君の術環――ところどころでショートした跡がある」

 彼はじっと私の掌を見つめた。

「火傷みたいな、細かい痕。……ごまかせると思った?」


「……」


 彼の観察眼に、思わず言葉を失った。


 そのまま、つつ、と彼の指先が術環をなぞっていく。


「君が何かを隠したがっているのは、分かってた。けど……こんな危ない橋を渡る前に、俺にも相談してほしい。相談してくれれば、俺だって……君の力になれるのに」


 そう言って、彼は私の右手を――まるで壊れものに触れるように――そっと両手で包み込む。


「君は……俺の聖女なんだよ?」


「っっ――」


 上目遣いに彼を見た瞬間、心臓が――跳ねた。


 ……は、反則、だよ。

 それ、反則だよ、ユリウス……


「ご……ごめん……でも……私――」


 言おうか、どうか――

 迷っていると、ユリウスが指を鳴らし、防音の魔法が解かれる。

 間髪入れずに、扉が叩かれた。

 そして、一人の青年神官が静かに入室する。


「オクタリウス、すまないな。借り出せたか?」


 ユリウスがそう声をかけると、オクタリウスと呼ばれた神官は鷹揚に頷いた。


「はい、まったく問題なく。神殿儀式局には、判定用の魔具のストックがいくつもありますから」


 そう言いながら、彼は手にしていた物の上にかけられた布を、丁寧に外した。


 現れたのは――

 ついさきほど『判定の儀』で使われたものと、ほとんど同じ形状の魔具だった。


「さあ、アナ。君はすでに神殿に『紅玉の座』と登録され、召喚祝賀晩餐会に向けて、聖杖も発注されてる。そして、ここは非公式な場だ。俺も、オクタリウス神官も、ここで見聞きしたことは女神に誓って、一切口外しない。」


 ユリウスが私に向き直って、まっすぐに見てくる。


「アナ、お願いだ。君の真の実力に見合った術環を刻印させてほしい。」


 ――なんて、ありがたい申し出なんだろう。


 本当に、本当に感謝しかない。


 感謝しか――ないのだが。


 ユリウス殿下、

 その笑顔の圧が!

 あの、ちょっと怖いです……!!


 しかも、オクタリウス神官まで、さも当然のように準備万端で立っている。

 逃げ道が、どこにも、ない。


 ……いや、あるにはある。

 ここで断って、「私はこのままで結構です」とか言えばいいだけの話だ。


 でも、言える?

 この顔で見られて。

 この状況で。


「……わかったわよ……本当に公表しないのよね?」


「もちろんだよ。ここにいる三人だけの秘密だ。」


 ユリウスが内心ほっとしている、という表情で微笑んだ。


 負けた、というより、流された。


 ――ということに、しておいてほしい。


 そうでないのなら……私は―――


 戻れない気がする。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ