03 寝室は別でお願いします
ユリウス殿下は、とにかく強引な人だった。
馬車から降りようとして、その手を取ったが最後、ズンズンとセレノア宮の中へといざなわれてしまった。
「この宮には、俺と第二王子のルキアスが二年前から、住んでるんだ。王太子のカシアン兄貴の子供が生まれてから移った。」
玄関ホールを入ると、頼まれてもいないのに、ユリウス殿下が喋り出す。
「入って右側は俺の居住区域、左側がルキアスだ。多分父上に聖女召喚の報告に行ってるから、後で聖女と一緒に帰ってくるんじゃないかな?食堂は共有だよ。」
「ユリウス殿下は陛下へ報告、行かなくて良いんですか?」
思わず聞き返すと、ユリウス殿下はニヤリと何かを含んだ嫌な笑みを浮かべる。
「うーん、行きたいのは山々だったんだけどねぇ、どっかの誰かさんが頑なに、俺の聖女であることに抵抗するから、ねぇ。もっと仲良くなってからじゃないと、父上にもお披露目できないかなーって……」
うぐっ……私のせいですか?
私の……
って!殿下のペースに乗せられているじゃない!
悔しがっていると、一つの部屋の扉の前で止まった。
何だろうと思って殿下の背後から顔を覗かせる。
鍵を差し込んで、殿下が扉を開けた先には……
「大きなダブルベッド……夫婦の主寝室……?」
思わず呟くと、殿下が振り返って微笑みながらうなづいた。
「そう。夫婦の主寝室。今日から俺たちはここで寝るよ!」
「はいっ!?何言ってるんですか、それ!!」
すかさず突っ込んだ。
もう本当に意味がわからない。今までの文脈でどうしたら、今夜この男と同じベッドで寝る事になるんだろう!!
「えー、だってさ、君、全然俺のこと見てくれないし。
仲良くなろうって気、ないでしょ?
……だったらさ、ハダカのお付き合いから始めたら、急接近できるかなーって。」
「あんたの倫理観、どうなってるんですかぁ!これでも私、嫁入り前の貴族令嬢ですよ?!」
「だって、俺と仲良くなりたくて、ベッドに誘ってくる子は、たくさんいるよ?」
殿下は私の手を強く引く。
私はたたらを踏んで、主寝室に足を踏み入れてしまった。
すると、殿下は素早く扉を閉めて、そこに私を押し付ける。
「ねぇ、俺を見てよ。俺、顔は悪くないと思うんだけど?」
殿下が顔を近づけてくる。
整った顔立ちの甘いマスク、綺麗な金髪に、瑠璃色の目をしてる。あ、まつ毛ながいーー
うん、顔は悪くないよ?いや、ご令嬢方に絶大な人気があるのも私ですら知ってるし、どちらかと言えば、私の好み……、でもさ!!
「近い近い近い!私と、あんたをベッドに誘ってくる女を一緒にしないでください!!え?!まさか、応えちゃったの?一夜を共にしちゃったの!?うわーっ、私、いくら顔が良くても、そういうのちょっとムリですっ!!」
私が彼の胸板を両手でお仕返し、全身で拒絶を示すと、彼はなぜか嬉しそうに笑った。
「応えるわけないじゃん。俺たち王子には、十八歳になれば、聖女召喚の儀があるんだよ。必ず自分のために素敵な女の子がやって来るのに、何でそれ以外の子を相手しなきゃいけないのさ?」
彼は私の両手を包み込むと、いとも簡単に私の抵抗を制し、自分の身体を押し付けてきて、私から逃げる余地を完全に奪った。
あ、なんか、王子様って……いい匂いするんだ……。
「ねぇ、俺が今日この日をどれだけ待ち望んでいたかわかる?君が俺の前に現れた時、どれくらい嬉しかったか、わからないでしょ?」
ハッとして、彼の顔を見直した。
そこには、想いが伝わらない、と、切なげな表情をした、同年代の男の子がいた。
ーーそっか、この人も、今日という日を楽しみにしてたんだ。それこそ、生涯で一番くらい……
「いきなりベッドとか、性急だって自覚はあるよ?でもさ、君とどう近づいたらいいかわからないんだ。」
「……私も、召喚されてすぐに話も聞かず、自分の主張ばかりしたのは悪かったです。でもーーいきなりベッドはないです。」
私は少し彼に同情し始めていた。
「うん、そうだよね。でも、俺は君と仲良くなりたいんだ。俺のこと知って欲しいし、君のことも知りたい」
彼が乞い願うように私を見つめてる。
あー、本当にこういう時に、顔がいいってズルい。
「……わかりました。ユリウス殿下、あなたの聖女として呼ばれてしまった以上、私も歩み寄る努力はしましょう。」
「うん、嬉しいな。とりあえず、俺のことは“ユリウス”でいいよ。俺も君のこと、アナスタシアって呼んでいい?」
「はいはい、まずはお互いの呼び方からですね、ユリウス。召喚された聖女がその日から王子の庇護を受ける、という慣習も存じておりますが、とりあえず寝室は別でお願いします。」
私が実質白旗宣言すると、彼は私に押し付けていた身体を離して、ニヤリと笑った。
「君のこと、“アナ”って呼ばせてくれるなら、許してあげる♪」
言われた瞬間、召喚の儀のやり取りを思い出した。
この男、最初からそれを狙ってーー
「はめられたぁぁぁぁぁぁっっっっ!!」
……これは、きっと違う意味の戦場だ。
この王子、策士だ。
油断してたら、あっという間に――
……いただかれてしまう。