02 召喚されている場合ではない
「あー、殿下?」
「“殿下”じゃない。俺の事はユリウスって呼んで?」
「……お断りいたしますっっ!!」
「うーん、じゃあ“ユリ”でもいいよ?」
「余計に砕けてるじゃーんっっ!」
強制的に乗せられた馬車の中で、私は精一杯拒絶していた。
召喚の儀の魔法陣から逃げ出して、国立図書館へ戻ろうとしていた私を、ユリウス殿下は逃がしてはくれなかった。
分ってる。この国の王子にとっての聖女って、本当に大事なものらしいことは、一応この国に生を受けたものとして、わかってはいるつもりだ。
だけどさっ!私にとっては、ガラトゥス・ミルドア先生との新発見の古文書の修復と解読こそが、人生で最優先にすべきことなのだ。
王子にとっては聖女が大事でも、私にとっては……古文書の方が千倍大事だ。
「お願いします!私を王立図書館へ戻してくださいっ!殿下に召喚される直前、とーーーっても重要な場面だったのですっっ!かの有名な学者、ガラトゥス・ミルドア先生と初対面の挨拶をし、握手を交わす直前で――」
「……ガラトゥス・ミルドア?君、男といたの?」
その瞬間、ユリウス殿下の声が少しだけ低くなった。車内の空気が、きしむように張り詰めた気がした。
――あ。これ、完全に誤解されてる……
「あー、ミルドア先生は、50歳目前のナイスガイですよ?」
「……君、年上好きなの?」
「ちがーーーうっっっ!!」
私は頭を抱えて大げさに叫んだ。
「ミルドア先生は、すばらしい学者なんですっ!そんな男とか、恋愛対象とか、穢れた目で見ないでください!!ありったけの伝手を使って、寝る間も惜しんで小論文を書いて、やーっと、先生の新資料の修復計画に入れてもらえることになったんですっっっ!私がミルドア先生の門下に入るために、どのくらい苦労したか、殿下はおわかりでっ?!」
「君って――面白いね。俺、君みたいな子、好きだな。」
「は?」
ユリウス殿下がニコニコ笑ってる。
いやいやいやいやいや、意味不明なんですけど。
今の会話で、どこに好きになる要素があった?
「君のさ、恋人の座が空いているなら、俺なんてどう?俺、第三王子だから王位継承権は低いし、一番上の兄貴はもう子供が三人もいるし、これでも王立騎士団で第一騎士団長の地位をもらってるよ?あ、まあ、王子だから、多少はコネなんだけど、剣の腕は確かだし――」
「殿下……せめて私を王立図書館に返してください。その後でしたら、いくらでもお話はさせていただきますから」
私は妥協した。仕方ない。背に腹は代えられない。
「それは無理だな。だってもう着いちゃったもん。」
ユリウス殿下がそういうと、馬車の揺れが収まった。
私が恐る恐る車窓から外を見ると、馬車は宮殿と言っても差し支えない、大きな屋敷の前に止まっていた。
王子の侍従と思しき人が馬車のドアを開けると、ユリウス殿下が先に降りる。
「ようこそセレノア宮へ!」
殿下はさわやかな笑顔で私をエスコートしようと手を差し伸べてくる。
――ダメだ。逃げられない……
とりあえず、私は今日中に古文書修復に戻ることと、この王子と会話を試みることをあきらめた。
ため息と一緒に馬車から降りて、せめての抵抗をする。
「――王立図書館に、私が聖女として召喚されたと伝えていただけますか?心配していると思いますので……」
私がうんざりした顔で言いながら王子の手を取ると、一人の騎士が彼のそばに寄ってきて何事か囁く。
それを聞いたユリウス殿下は微笑んで頷くと私に言った。
「王立図書館から伝言だよ。ガラトゥス・ミルドアが、君におめでとうって、また時間のある時にいつでも待ってるって。」
「……いつの間に?」
仕事の速さに怖くなって聞くと、ユリウス殿下は屈託ない笑顔で言う。
「神殿を出る時には俺の護衛騎士に王立図書館へ行くよう命じておいたんだ。君、図書館にすごくこだわっていたから、気を利かせたつもりなんだけど……」
最後の方、殿下が少し不安そうに私をのぞき込む。
「そっ……それは、ありがとうございます。」
思わず、頬に血が上るのを感じた。
うう……無駄に顔がイイ。その表情は卑怯だ。
いや、だって、こんな私だって、花も恥じらう十七歳の乙女ですよ?!不可抗力ですっ!
殿下は私が赤面したのに気付いたみたいで、さっきの少し不安そうな表情をひっこめた。
「じゃあ、これで憂いはないね!改めてようこそ!今日からここが君の家だよ!」
「はめられたぁぁぁぁぁぁっっっっ!!」
私は叫んだ。もう、花も恥じらう乙女とか、どうでもいい。