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叛逆の聖女と契約の王子 ―アナスタシア・ノルヴェールの記録―  作者: じょーもん
後編

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26 神の座に届かない

 それからの数日、私は自分に根を張った女神の糸を、逆探知することに費やした。


 女神は、私の魔力をわずかずつ、だが確実にかすめ取っていく。

 けれども、それはつまり――彼女と私の間に、確かな接続があるということ。


 時に深入りしすぎ、彼女と顔を突き合わせたり、精神をかじり取られるような錯覚に陥ったりもした。だが、あの祭殿に踏み込んだ初日よりは、女神の本質に手を伸ばせるようになっていた。


 第一に、彼女の魔力もまた、どこか別の源から汲み上げられ、それを介して上層のアミラに受け渡されていると分かった。

 その汲み上げ源――アレヴィシアが持つエルフ的魔力にすら馴染まぬほど、野性に満ちた、異質な魔力だった。人間の身には到底耐えきれぬだろうと、直感が告げていた。


 第二に、彼女はこの世界の中からも魔力を回収している。

 そう確信したのは、優秀な術式学者であったヴォルステッド前侯爵の死を知ったときだ。

 爵位を譲った後も『青玉の座』を持ち、学会の第一線に立っていた彼が息を引き取った直後、異常な魔力逆流の痕跡を捉えていた。

 私たちの魔力は、あくまで女神からの「貸与」であり――死すときには、利息まで含めて徴収されるのだろうか。


 第三に、彼女の役割は汲み上げと回収だけでは終わらない。

 ある夜、女神の調子が比較的安定していた一瞬を突いて、解析魔法を彼女の深層へと通すことに成功した。もちろん、その代償は大きく、私は数日間は悪夢にうなされることになったのだが――。

 そこに組み込まれていた術式群は、単なる汲み上げや維持では到底説明できぬものだった。

 まるで、上層のアミラ皇女がアレヴィシアをなだめる枷のように……いや、それ以上に強大で、複雑で、封じ込めるための構造が組み込まれていた。

 彼女は何かを封印する役目も担っている。


 これらのことから、導き出される答えは――絶望、である。


 私たちは、常に女神に監視されていると言っても過言ではない。

 彼女を倒して成り代わるなど、愚かな夢想だ。

 仮に強引にその座を奪えたとしても、人間の魔力に馴染んだ私が、あの野生の奔流に適応できるとは思えない。

 術式で無理矢理制御することは不可能ではないだろう。だが、それには膨大な魔力を要し、精神の負荷も計り知れない。結局、誰かが私を支え続けねばならなくなる――


 ――今のアレヴィシアと、何も変わらない。いや、それ以下かもしれないのだ。



「だからって、何もしないで、彼女に食い尽くされるのを待つの?」


 静謐な夜の中、私はあえて声に出していった。


「嫌よ……絶対に嫌……」


 私の脳裏に、数日前に王宮からセレノア宮へと帰って来たルキアス殿下の姿がよみがえる。

 たった数日……けれど彼は、げっそりと痩せて、うつろな目の下にはべっとりとクマを貼り付けていた。


 あれは、ルキアス殿下だけの姿ではない。失われた聖女の数だけ、ああいった絶望に打ちひしがれた王子があった、という事だ。そして、この先も、ああいった王子は生み出され続けるのだ……


「そんなの間違ってる……誰かが止めなきゃ。終わりにしなきゃ……」


 じゃあ、私にできることは?


 女神に成り代わることはできない……

 だけど、例えば、彼女の魔力が深くかかわっている『聖女召喚の儀』……あの時の魔力に、秘密の構文を隠したらどうだろう……


 アレヴィシア以上の女神になれる素質のある、精霊魔法に適性があって、魔力量が豊富で、召喚の時に、アレヴィシアからの影響も最小限まで意図的に下げよう……

 そんな聖女、今までと同じ範囲の検索では見つからない……だから、検索条件の順番を書き換えて、遠い未来や、遥かな過去まで見渡して、最適な聖女を見付けよう。

 そして、その聖女を最大限生かしきれるよう、この国の術式学研究の水準を上げる。

 聖女として国から私に支払われているお金は、ほとんど手つかずでとってある。あれを寄付して、場所を提供し、金を投入し……


 遥かな未来を夢想するのはたのしかった。


 楽しかったけど……女神は確実に私を蝕んでいて、私はその女神の腕から逃れるすべはなくて……


 夢想する未来に私はいない。


 女神にそんな風に干渉して、私が無傷でいられるわけはなかったし、何もしなくてもいずれ食い尽くされる。


 その時、ドアがノックされ、ユリウスが帰って来た。

 今日は珍しく遅番で、一緒に夕食をとることはできなかった。


「ただいま、アナ。どう、今日も特に変わりなかった?」


 彼は上着を脱ぎながら、私に問いかける。


 私は立ち上がり、彼に近づくと黙って彼に抱きついた。

 額を彼の広い肩に押し当てると、彼の使っている香水の香りに、汗の臭いが混じっていた。


「どうしたの……何かあった?」


 ユリウスは私を優しく抱きとめて、聞いてくれる。

 ああ……私は――私の信念を通せば、この人の命も失うことになるんだ――


 それでも……


「ユリウス……私、決めたの……私が女神になることは、どうあがいても無理そう……

 だから、未来に託したい。」


「うん……」


 ユリウスには、毎日解析結果を共有して、私の思考実験に付き合ってくれているから、この結果は予想はついていたみたいだ。


「どうせ、私はこのままだと女神に食い尽くされる……だから、その前に、もう一度祭殿へ行って、イシュティナさんかアミラ皇女を通じて、女神に直接アクセスする。

 そこで……彼女に構文を書き込む……女神になれる素質を持った聖女が召喚されるような構文を書き込んでやる……」


「……」


 ユリウスは黙って、私の髪を撫でてくれる。


「たぶん、私は無傷ではいられない。おそらく死ぬと思う……私が死んだら、きっとユリウスも――」


「うん……」


 ユリウスは、黙って私の髪を撫で続ける。

 ちゃんと自分で言わなきゃ……


「ごめん、どう考えてもあなたを巻き込む……でも、私は抗わずにはいられないの……だから――」


 私は深呼吸をして、それからはっきりと言った。


「私と一緒に、死んでほしい。」


 ユリウスは髪を撫でる手を止め、そっと私の身体を抱きしめてきた。


「いいよ。アナなら、そう選択するって、わかってた。

 ――実は、今日、第一騎士団長の職を辞してきた。引き継ぎも、もう全部終わってる。

 今日の明日で祭殿に行くのは無理だけど……近いうちに、すべて片付く。」


「うん……私にも、まだやるべきことがあるから」


 ――その夜、私たちは夜が更けるまで話し合った。


 見ようによっては、私はとんでもない不敬と禁忌に手を染めようとしている。

 もちろん成功する自信はある。けれど、冷静に見れば、それはあまりに無謀な挑戦だった。


 けれど、ユリウスは――そんな私を、微塵も疑わず、最後まで信じてくれた。

 そのことが、どれほど私を強く支えてくれたことか。


 そして――私は、静かにひとつの決意を固めつつあった。




「あー、ユリウス、これでもう思い残すことはないわ!」


 あの夜から数日後。ミルドア先生の滞在しているアパートからの帰り道で、私はすがすがしい気持ちで背伸びをした。


「本当に、全部あげちゃったんだね。気前がいい君も好きだよ」


 ユリウスが笑う。


「あの世には、なーんにも持って行けないからねぇ」


 私も笑いながら、先生との別れを思い出す。


 私は、貯めていたお金の一部で、田舎に古い屋敷を買った。

 そこを、ルキアス殿下たちが譲ってくれた材料で作った転移門で繋いで、術式仲間たちが静かに研究に打ち込める場所にしたのだ。空気も綺麗で、環境もいい。

 片付けや掃除までは手が回らなかったけど――それは彼らに任せるとして。


 魔具、素材、蔵書、使いきれなかったあれこれも、すでに全部屋敷に運び込んである。

 あとは、彼らが好きに活用してくれればいい。


 残った資金と、借りていたオルディウス・フィレウスの著書を返し、先生には礼を述べた。


 先生は、何か言いたそうに私を見ていたけれど――結局、何も言わずに私たちを送り出してくれた。

 それでよかった。そう、私は思った。


「後は……ルキアス殿下、ですね。この後、伝えますか?」


「伝えたら、そのまま祭殿に突っ込んでいきそうだけど……」


「だから、“午後もだいぶ遅くなった今”伝えに行くんですよ。さすがに今から出発は無理だって、いくら暴走しがちなルキアス殿下でも理解するはずです。第一、彼、今かなり鈍ってるだろうから、動こうにも動けないでしょうし」


「……まあ、出発の朝に治癒魔法と強化魔法でドーピングすることにはなるだろうけどね」


 私たちは顔を見合わせて、少しだけ笑った。

 淡々と準備が整っていくこの数日間――

 けれども、その静けさの奥に、次第に迫ってくる最後の瞬間の気配が、確かにあった。


 私たちはあえて口にはしなかったけれど――

 二人で過ごすすべての瞬間に、その気配を感じていた。

 静かに、けれど確実に感傷は積もっていく。


 今だって、そうだ。


 たぶん、この道を通るのは最後になるだろう。

 あの店では、二人で食事をした。

 この店で、ユリウスが髪飾りを買ってくれた。

 その隣の店で、私はお返しにハンカチを買った。刺繍はできなかったけれど――


 付き合いの期間は、決して長くはなかった。

 それでも、想い出は驚くほどたくさん降り積もっていた。


 こんな短い間でも、人はこれだけ誰かを愛せるのだと――私は、初めて知ったのだ。



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