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17 慶事は春を待って

「――ってことだから、ごめん。私、ユリウスが好きなんだ……」


 次の『勉強会』の終わった後、私はあの会議室を借りてセドリックを呼び出していた。


「俺も、お前に言われて、アナスタシアの学者としての将来の事、真剣に考えた。幸い俺は第三王子、王太子の兄貴には元気な息子もいるし、第二王子のルキアスもいる。王座が回ってくることはまずないから、じきに臣籍降下すると思う。

 アナスタシアの研究者としての活動も全面的にバックアップするつもりだ……」


 私の隣に立ったユリウスも、真剣なまなざしで、セドリックを見ていた。


「そっか……」


 ほんの一瞬だけ、セドリックの睫毛が震えた。

 彼はしばらく目をつぶって、深呼吸をしてから目を開けて、従兄弟としてのいつもの優しい笑みを向けてくれた。


「アナスタシア、決断したんだね。わかった……従兄弟として、祝福するよ……幸せになれよ。」


「セドリック……」


 決断した私に、セドリックへかける言葉はもうなかった。


「ユリウス殿下。俺がこんなこと言うのもなんだけど――アナスタシアを大事にしてください。

 俺の従姉妹っていうのもあるけど、彼女は本当にこの国の魔術研究にとっても重要な人物なんです。」


「言われるまでもないよ……」


 ユリウスの言葉にセドリックはうなづいて、会議室を出て行った。


 まあ……今生の別れ、ではない。これからも、ミルドア先生の門下である限り、彼とは顔を合わす。

 でも、これはけじめだった。


「んー、正直に言えば、ちょっと気まずい……」


 思わず漏らすと、ユリウスが肩を抱いてくる。


「じゃあ、『勉強会』行くのやめる?」


「冗談じゃないわ」


 即答した私に、ユリウスはふきだした。





 それからの日々は、私にとっても、ユリウスにとっても充実した日々だった。


 ユリウスとは早く本契約を交わしたかったが、王太后陛下――ユリウスの曽祖母が崩御されたため、慶事は控えられることとなり、年明けまでの半年間、喪に服すことになった。


 本来、契約の儀は王子の命がかかっているため、服喪中でも執り行うことは可能だったらしい。だが、ユリウスは曽祖母に深く可愛がられていたこともあり、彼女への哀悼と、自身の気持ちの整理がつくまで、あえて時期を延ばす選択をしたのだった。


 王太后陛下は、第二十八代国王陛下の王妃で、二十年ほど前に配偶者である当時の国王陛下を亡くされてからは王都から離れた離宮で暮らしていた。トシコ陛下といって、異世界から召喚された聖女だ。快活で豪気、しかも情に厚いその性格は、多くの王国民からも慕われていた。

 そういえば、聖女に先立たれた配偶者は数年以内に亡くなることが多いが、配偶者に先立たれた聖女は長生きすることが多いとか。

 トシコ陛下も、召喚された時すでに二十三歳で、十八歳の当時王子だった国王陛下より五歳も年上だったから、もう九十歳を超えていて、かなりの御高齢だったが、最近まで矍鑠(かくしゃく)とされ、ご公務もこなされていたとか。

 当時はトシコ殿下の発した「姉さん女房」という言葉が流行り、彼女の人気で年上の女性と結婚するのが流行ったとか……そんな伝説もある。

 そして何より、今やこの王都の名物となっている『タコヤキ』の生みの親でもある。


「トシコお祖母様なら、『九十歳超えての大往生なんだから、気にしないでいいのよ』って言いそうなんだけどね――、やっぱり、寂しいな。」


 半年後、年が明けたら契約の儀を執り行うと私に告げたとき、ユリウスはそんな風に言っていた。


 季節は移ろって、夏の初めに召喚されてから、あっという間に秋が来て、冬が来る。


 ルキアス殿下とイシュティナさんは冬の初めまで主に王都の地下遺跡や原初の森の周辺から入口あたりの魔物掃討を行っていたらしい。私もだいぶ、彼らの持ってくる魔物の爪や角のおすそ分けを頂いた。

 これがいい魔具の材料になるんだな……

 私は魔具を作るのも好きだったから、自分で作った自慢の一品を、ルキウス殿下やイシュティナさんにもおすそ分けした。


 雪が降るようになると、なぜか魔物の動きも鈍化するらしく、あまり出てこなくなるので、ルキウス殿下たちもセレノア宮にいる時間が増え、私たちはいろいろなことを語らった。


 私は相変わらず古文書修復のプロジェクトや、聖女召喚の魔法陣の解読に関わっていたが、秋の終わりにミルドア先生が隣国まで研究調査旅行に行かれることになり、こちらも来春の再始動を約束して休眠状態となった。

 ついていける数名の助手や兄弟子たちが非常にうらやましかったが、私は腐っても聖女……聖女が国外に出た前例はなく、私もそこまで無責任になることはできなかった。

 ユリウスと私の契約の儀には必ず招待すると約束して見送った。


 私たちの関係はというと……

 穏やかな、恋人としての日々を送っていた。

 デートしたり、手を繋いだり、キスをしたり……王都の平民の若者たちがするような、他愛もないことを二人でしていた。

 もちろん、いつかのように、良い雰囲気になり、情欲に支配されて一線を越えそうになったことも、一度や二度……あー、いやもっとあったと思う。


 ――うん、あれは、もう、未遂って言っていいんじゃないかな

 ……心は一線超えてしまっていたかもしれない……


 でも、ユリウスは、頑なに私との約束を守ってくれた。もう意地だと思う。

 私は、清い身体のまま、花嫁衣装に袖を通せる確信すら持っている。


 ……どちらかというと、ルキアス殿下たちは、ちょっと私たちを見習った方がいいと思うな……


 あんな場所や、こんなシュチエーション……まあ、よく思いつくもので……


 本人たちは隠れて見つかっていないつもりでも、結構そういうのって人に見られてますよっと……


 肉食系の彼らが目の前にいるせいか、私たちは逆に冷静になったというか……


 うん、あの二人の濃厚なそういうのに出くわすと、ちょっと戸惑うこともあるけど、さっぱりした性格のいい人たちだから、私は彼らが好きだよ?



 ……そんなこんなで、冬は静かに過ぎて、

 雪の下から土の匂いが立ち上るように、春がまた巡ってくる――私たちの契約を待つように。

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