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11 記されたもの、封じられたもの

 午後はお待ちかね。ミルドア先生直々の、貴重な新発見の史料を使った、古文書講座だ!


 実はこの王国の歴史って、だいたい七百年前からはかなりはっきりしていて、

 当時の国王の好物から、聖女と社交界の華を競った高位貴族令嬢の逸話まで、事細かに残っている。


 だけどそれ以前――王朝成立期については、はっきりとした記録は存在しない。

 神話の形で伝承はあるけれど、それはあくまで“物語”だ。


 事実としての記録が「ない」のか、それとも「隠されている」のか――。

 長年、後者を疑う者もいたが、十数代前の王がその疑念を否定している。


 彼は高名な歴史学者でもあり、国王という立場でありながら、王城に残る古文書のリスト化と公開を断行した人物だった。

 その彼が、自身の論文で「公開できない」のではなく「残念ながら存在しない」と複数回明記しており、

 今ではそれが定説となっている。


 今回の史料は、残念ながら王朝成立期より更に前、現王朝の前の王朝、ガルナシオン王朝時代のもので、今から約850年から900年くらい前になる。ちなみに、王朝成立期と呼ばれるのは、大体800年前くらいから、王国暦50年くらいまでを指す。今年が750年だから、丁度700~800年前ね。

 とはいえ、ガルナシオン王朝時代の史料も大変貴重で、ほとんど研究が進んでいない現状、これらの史料が持つ意味は非常に大きいのだ。

 ――つまり、古術式学のミルドア先生の専門領域である。


「ガルナシオン王朝時代は、術式魔術の黎明期にあたる。今までの定説では、この時代は、感覚を頼りにした精霊魔法が主流である中、術式魔術は現在よりも初歩的なもののみに限定されていた、とされていたが――最近の発見によって、これらの定説は覆されつつある。」


 ミルドア先生が、私や今日からこちらのチームに参加した人に向かって解説をしてくれる。


「アルセノール君が先日修復を終えた史料だ。アルセノール君、君は修復しながらこの内容を把握しているね?皆に解説してくれたまえ。」


 先生が名指ししたのは、二十代くらいの若者で、アルセノールは我が国の筆頭公爵の家名である。


 ――そんな高位貴族も参加しているのか……


 私は驚きつつも、そんな彼がここでただの『アルセノール君』として先生に扱われているのを見て、聖女である自分もここに居場所を持ち続けられるのではないか、と希望が湧いてくる。


 この部屋では、誰も“特別な存在”として扱わない。

 それが、どれほどありがたいことか――ようやく、わかり始めた気がした。


「――でありまして……この史料によると、ガルナシオン王朝暦188年ごろには、既に術式魔法の属性が、聖・闇以外の四属性発見され、王侯貴族のみならず、一般市民にまで普及していたことが分かります。この部分の記述ですね。『城壁の補修に、トレヴィナ領の農民十名を派遣し、土魔法にてこれを直した』という意味になります。おそらく初歩的な魔法なのでしょうが……現在王国の一般国民のほとんどが魔法を行使できないことを考えると驚異的です。」


 ――なるほど、すごい情報だ……筆頭公爵家の人にこんなこと調べさせていいのか?いや、逆に、高位貴族だからいいのか?


 私は、舌を巻きながらも必死でメモを取ってゆく。


 ミルドア先生は拍手をしてアルセノール卿を座らせると、今度は自分で総評をしていく。


「そうだね。ガルナシオン時代だと――この部分、『十の耕しの民 (まけ)て』が、「農民十名を派遣し」って意味になるね。この土魔法が、本当に農民自身による魔法だったのか、当時普及していた魔石を使ったものかの判断はここの部分だけではわからないから、見解は分れそうなところである」


「現在では土木工事に使えるほどの魔石は貴重ですが、当時もそうだったのではないですか?」


 別の弟子が手を上げて言った。


「良いところに気が付いたね。実は今回の調査で、魔石の取引に関する帳簿も見つかっている。それによると――」


 ここで取ったメモは、この部屋を出る時に自分以外が視認できない疎外魔法を先生自身にかけられて、持ち出すことが初めて許される。もちろん論文発表が認められない限り口外もできないけれど、それでもすべて書き留めて、自分の血肉にせざるを得なかった。


「では、そろそろ小休止を取ろう。」


 ミルドア先生が声をかけると、修復チームのメンバーも手をいったん止め、身体を伸ばした。


「ノルヴェール君。参加してみてどうかね?」


 先生が私のところまでやってきて声をかけてくれる。


「はい!何から何まで刺激的で!すごく幸せです!」


 私が勢いよく答えると、先生は嬉しそうに目を細める。


「それは良かった。ところで君は、術式については興味はあるかね?」


「術式ですか?はい、興味はありますが……」


 私が答えると、ミルドア先生は懐から数枚の折りたたんだ紙を取り出した。

 そして声をひそめて、護衛の騎士に聞こえないくらいの声で囁く。


「実は、君が聖女に召喚された直後――、この魔法陣が残っていた……」


 私は何気なく差し出された紙を受け取って見てみる。

 それは何重にも術式が重ねに重ねられ、それぞれが共鳴し、いくつもの効果を同時に走らせる、現代の術式をもってしても到達できないような、高度で、芸術品のような術式だった。


「――これは……」


 思わず声をひそめて、ミルドア先生を見た。


 彼は、まるで悪だくみをするような、いたずらを企んでいるようなワクワクした表情で言った。


「聖女召喚の術式を表す魔法陣だ。」

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