098 アレク、ブートキャンプを思い出す。
098 アレク、ブートキャンプを思い出す。
アレク視点
「……はぁ、しょうがねぇな。ノーパンしゃぶしゃぶは、俺がやってやるか…」
俺の負けだよ、お嬢様。
その気高い魂に敬意を払いながら、俺は気を失ったベレスの口に解毒薬の錠剤をそっと押し込んだ。
最後まで屈しなかった、その縦ロールの矜持。
敵ながら天晴れだ。
だが、意識のない人間に固形物を飲み込ませるのが、どれほど難しいことか。
錠剤は彼女の喉の奥で止まり、嚥下される気配は一向にない。
それどころか、ベレスの痙攣する喉の奥の筋肉に押しやられ、白い泡と一緒に口外に排出されてきた。
「おい、嘘だろ……」
背筋に、ヒュドラの毒よりも冷たい汗がツーっと流れるのを感じた。
助けを求めるようにグラ嬢に視線を送るが、あの犬耳悪魔は高みの見物を決め込み、ニヤニヤと実に楽しそうな顔でこちらを見ているだけだ。
その間にも、ベレスの体はピクピクと小刻みに痙攣し始め、肌は見る見るうちに禍々しい紫色に変色していく。
まずい、タイムリミットが迫っている!
その時、俺の脳裏に、地獄のような日々を共にした、あの豪快すぎる教官の顔が浮かんだ。
(アレク回想)
「ビクトリー!!」
地獄のヘラクレスブートキャンプの最終訓練を終え、泥と汗にまみれた俺が雄叫びを上げると、教官であったヘラクレス様が、岩をも砕くその剛腕で俺の背中をバシン!と叩いた。
「よくやった、アレク!貴様もようやく、ひよっこの殻を破ったな!」
「俺、何度もあきらめようと思ったけど、教官のおかげでここまで来れました!本当にありがとうございます!」
俺は達成感で脳汁ドバズバ鼻水ズビズバしながらヘラクレス様に感謝の言葉を泣きながら伝えた。
ヘラクレス様も感動の涙を流しながら俺を力強く抱きしめた。
岩のような筋肉と筋肉がぶつかり合い、まるで巨大な鐘が打ち鳴らされたかのように、その振動が互いの魂の芯まで響き渡る。
それは、言葉を超えた、鍛え上げられた肉体だけが奏でることのできる、暑苦しくも美しい魂の共鳴だった。
「よし!アレク!これは俺からのご褒美だ!受け取ってくれ!」
ひとしきり筋肉の共鳴を終わらせたところで そう言って渡されたのが、今俺が愛用しているこのガントレットだった。
「アレク、このブートキャンプを成し遂げたお前は強い!しかし、そんな強いお前でも絶対勝てない存在なんてそこらへんにゴロゴロいる!このガントレットはそんな存在に1%の勝率を与えてくれる物になるだろう、この1%をお前なら最大限に有効活用できると俺は信じている!」
ヘラクレス様の手からガントレットを受け取った瞬間、ずしり、とその重みが腕に、そして魂にまで響いた。
それはただの金属の重さじゃない、まるでガントレットが俺という主を選んでくれてその身をゆだねてくれた証だと感じることが出来た。
ガントレットの内側から微かな振動が伝わってくる。
俺は、この武具に認められたのだという、熱い感動に打ち震えた。
「高い耐久性、結界への直接干渉、そして神力を一定以上集中させることで『ヒュドラの牙』と呼ばれるシステムが起動し、薄めてはあるが強力なヒュドラの血毒を相手に注入できる。解毒薬はもう片方の小手にしまってあるから、交渉にでも役立てるといい」
俺がガントレットを装備して、手をニギニギやって感触を確かめていると、ヘラクレス様は性能を説明してくれた。
「ヒュドラの毒の解毒薬なら注射器ですか?」
俺の問いに、ヘラクレス様はやれやれお前もかと言った顔で首を横に振る。
「よく勘違いされがちなんだが、ヒュドラの毒は牙の神経毒とは違うぞ!ヒュドラの血に含まれる万物を蝕むという呪いに近い概念の事を言うんだ」と教えてくれた。
「この解毒薬は、ヒュドラの親友カルキノス君(蟹)しか作ることが出来ない神秘の薬だ!ぶっちゃけメチャクチャ貴重だ!補充が必要な時は言え、その時のカルキノス君が欲しがっている物を教えてやる。」
なるほど、解毒薬を作る対価を用意すればヘラクレス様経由で用意してくれるのね。
「戦闘中の破損を想定して錠剤にしてある!解毒薬は5分以内に飲み込ませれば後遺症もなく回復するが、それ以降は保証できん!」
「口が塞がれてたり、毒で気絶してた場合はどうすれば?」
「そうだな」とヘラクレス様は顎に手を当て、一瞬考える素振りを見せると、ニヤリと悪戯っぽく笑った。
「ケツにでもぶち込めばよいんじゃないか?」
「それはいいですね!ハハハハ!」
あの時は、二人で腹を抱えて笑い合ったっけな……。
(回想終わり)
「……マジで、やるしかねえのか」
大統領として数々の修羅場をくぐり抜けてきた俺でも、まさか敵対した悪魔の小娘の尻に薬をねじ込んだ事などない.........ちくしょう!手が震えてきやがるぜ!
俺は覚悟を決めた。
英雄として、いや、人としての尊厳をかなぐり捨てる覚悟を。
ベレスのぴっちりスーツの尻の部分に、錠剤をどうやってねじ込むか。
その一点に全神経を集中させ、俺はぐったり横たわるベレスに手を伸ばしスーツに手をかけた。
その、まさにその瞬間だった。
「おまえ!!姫様に何をしようとしている!!」
ベレスの取り巻き達が俺の覚悟の緊急救命を見て血相を変えて襲い掛かってきた!
ちっ!
こんな時に!
一分一秒の猶予もないというのに!!
ベレスの取り巻き達はどこからか取り出したのか、ピッチリスーツの上に禍々しい戦闘ユニットをつけてこちらに突っ込んでくる!
仕方ない!
俺は受けて立とうとした!が、戦闘態勢の取り巻きと俺の間に、ふわりと一人の美少女が舞い降りた。
砂漠の国の踊り子が着るような煽情的な衣装に身を包んだ、三つ目の美少女モズル(元肉塊)だった。
モズルは、そこにいるだけで時が止まったかのような、不思議な存在感を放っている。
絹のように透ける薄布を幾重にも重ねた衣装は、彼女の華奢な肢体を隠すどころか、逆にその儚げな輪郭を際立たせている。
伏せられた長いまつ毛の下の表情は窺えないが、額にある第三の目は半眼に開かれ、まるでこの世の全てを見通すかのように、神秘的な光を湛えていた。
その幻想じみた美しさに、殺気立っていたベレスの取り巻きたちですら、一瞬、動きを止めて見惚れてしまう。
だが、彼らはすぐに我に返ると、「邪魔だ!」と叫びながら、再び俺に向かって突進してきた。
その瞬間、モズルが動いた。
いや、舞った。
彼女がふわりと腕を広げると、身に纏っていた薄布がまるで生きているかのように広がり、取り巻きたちの視界を遮る柔らかな壁となる。
優雅に、しかし確実に彼らの進路を妨害するその動きは、戦闘というよりは、むしろ神聖な儀式の舞のようだ。
苛立ちを募らせた取り巻きたちは、ぴっちりスーツの各部を展開させ、禍々しい光を放つ戦闘ユニットを起動させる!
腕からはエネルギーブレードが伸び、肩からは小型のドローンが射出され、未来的な戦闘兵器が、古代の舞を舞う少女へと襲いかかる。
優美と無機質、静と動が入り混じる、あまりにも異質な戦闘が始まった。
モズルがひとたび回転するたびに、その身から新たな薄布の帯が生まれ、宙を舞う。
一枚、また一枚と増えていく帯は、風のように、霧のように空間を雅にたなびき、やがて取り巻きたちの周りを柔らかな迷宮のように取り囲んでいった。
焦りを募らせた取り巻きたちは、戦闘ユニットからプラズマ弾を連射し、超振動ブレードで空間ごと切り裂こうとする!
薄布の帯は、その無慈悲な攻撃にズタズタに引き裂かれるが、モズルは意に介さない。
むしろ、その切れ端さえも舞の小道具に変え、より一層、妖艶に、そして優雅に舞い続ける。
くるり、と彼女がターンした、ほんの一瞬。その流し目と、俺の視線が確かに交差した。
(ここはわたくしが惹きつけます。はやく、彼女の……乙女の最後の砦に、救いの手を!)
第三の目が、キラリと光った。
(ちなみに、スーツの解除ボタンは腰のあたりにございます)
ありがとう!
モズル!
お前の覚悟、無駄にはしねえ!
彼女の献身的な行動を背に、俺は雄叫びを上げた。
「うおおおおおおおっ!!」
手にじっとりと汗が滲む。
心臓が張り裂けそうだ。
だが、やるしかない!タイムリミットは刻一刻と迫っている!
俺は、英雄の誇りと人としての尊厳を賭けて、消えかける尊い命へと全霊をかけた一撃を放った!!
結果、ベレスの命は守られた!守られたのだった!!




