094 アカリ、診療所を出る
094 アカリ、診療所を出る
アカリ視点
予定外だったアレクさんの登場のおかげで、アーサーさんの瞳に、いつもの正気の光が戻ってきている。
私の異世界ライフも開始早々ゲームオーバーだと思っていたところに現れた、頼れる大人の登場!
その安心感たるや、まるでラスボス戦でレベル99の勇者が助っ人参戦してくれたかのようだった。
アレクさんは、まるで絡まった糸を解くみたいに、あっという間に問題点を整理して、私たちに進むべき道を示してくれた。
新聞のことも、ギルドのことも、今は考えなくていい。
まずは、私が元の世界に帰るための『穴』を見つけること。
そのために『帰らずの森』へ行くこと。
そうだ、目の前のことから一つずつ片付けていけばいいんだ!
さすがは英雄大統領!頼りになりすぎる!
よーし!やるぞ!
私のせいでみんなに迷惑かけちゃってるし、アーサーさんなんて近親相姦ロリコン変態っていう最悪の称号までゲットしちゃったし……。
このままじゃ終われない!
絶対に『帰らずの森』をクリアして、元の世界に帰る方法を見つけて、それから!
あのふざけた新聞社に一発お見舞いしてやるんだから!
今後の方針を話し合い、私たちはまず帰らずの森に集中することになった!
立ち直った私たちはアレクさんに背中を押されるように部屋をでる。
部屋を出る時、アーサーさんとアレクさんが視線で何かを語っていた気がした。
大人の男の友情を感じた、なんかこういうの良いなぁ。
診療所を出ようとした私たちだけど、アーサーさんはまだ黒騎士の鎧を身に着けたままだ。
この物々しい姿で街に出るつもりなのだろうか。
「あの、アーサーさん。鎧のまま外に出て大丈夫なんですか?」
私の素朴な疑問に、アーサーさんは「ああ、そうだったな」と、面倒くさそうに自分の腕に嵌められた銀色の腕輪――アポロンリングに触れた。
すると、カシャリという金属音と共に、彼の姿を覆っていた漆黒の鎧が、まるで陽炎のように揺めめいて掻き消えた。
「えええ!?何今の!手品!?」
驚いて目を丸くする私に、アーサーさんは深いため息をつきながら、どこか苦々しい顔で言った。
「この機会だ、忠告しておく。お前も持っているそのアポロンリングには気をつけろ。それはアポロンに頼めば色々な拡張機能をつけられるが、神への『お願い』には、相応の『対価』が必要だと常に頭に入れておけ。大抵の願いは、神になど頼らない方が遥かに楽に叶えられる」
その声には、実体験からくる重みがあった。
「そうだ、このステルス機能も万能じゃない。一日に三十分も隠しておけないし、少し激しく動くだけで効果は解ける。こんな不便な機能を手に入れるために、俺は、魔獣を崇めるやばい狂信者の教団に潜入させられたり、海底洞窟の奥にあるという人食い粘菌のサンプルを取りに行かされたりした。こんな苦労をするくらいなら、この診療所の地下に脱出用の地下道を掘る方が百倍楽な方法だ」
アーサーさんの遠い目が、その苦労の壮絶さを物語っている。
「出来ることなら、お前のアポロンリングを今すぐ破壊したいが、言語の問題やアポロンの神気への耐性という利点もある。先人としての忠告だ。腕輪が無くてもこの世界で生きていけるよう、努力することを進める」
その真剣な言葉に、私はただゴクリと喉を鳴らすことしかできなかった。
「それじゃあ、急ぎましょう!」
時計を見たアイさんが、少し焦ったように声を上げる。それを見て、アーサーさんが「待て」と制した。
「壁の外に行く前に、少し寄りたいところがある」
「どこかに寄る時間なんてありませんよ!」
「大丈夫だ。いざとなったら俺がお前を担いでゲートまで走る。それよりも、アカリの素顔がこれ以上街に知れ渡るのは良くない」
アーサーさんの言葉に、アイさんはハッとした顔になった。
「分かりました。それでしたら、この通行許可証を持って13番ゲートへ向かってください」
アイさんは鞄から書類を取り出すと、備考欄に「緊急事態につき、当方の責任において通行を許可する」といった内容をサラサラと書き込み、私に手渡してくれた。
「私はアレクさんに言われた通り、ギルド上層部を説得してみます。行ってきます!」
そう言って力強く頷くアイさんだったが、玄関のドアに手をかけてピタっと止まって振り向いてアーサーさんに尋ねた。
「ところで、アレクさんって、ライセンスレッドのアレクさんですよね?一体何者なんですか?」
アイさんの問いに、アーサーさんは少しだけ考える素振りを見せた後、静かに口を開いた。
「ここだけの話だが、アレクは……俺と同じくらい強い。だが、あいつは静かに過ごしたいらしいから、あまり騒ぎに巻き込まないよう、よろしく頼む」
目を大きく開いて驚くアイさん。
「アレクさん、カウンターの受付嬢の間では『うだつの上がらない、見た目だけ筋肉質な残念なおじさん』って評判なんですけど……実は、とんでもなく凄い人だったんですね」
「誰にも言うなよ」
「はい!」
アーサーさんの釘差しに、アイさんは力強く敬礼した。
アーサーさんと二人、防具屋に向かって歩きながら、私の頭の中は妄想でいっぱいになっていた。
顔を隠すための防具かぁ……。
これって、超絶クールなファンタジーアイテムをゲットする、またとないチャンスじゃない!?
例えば、どんな角度から光が差しても絶対に顔に影が落ちて素顔が見えない、マンガの主人公みたいな漆黒のフードとか!あるいは、顔の半分だけを覆う、怪盗みたいな銀細工の仮面とか!
うん、仮面いいな!
今の冒険者っぽい服にも絶対似合う!
どんな仮面にしようかな、蝶のデザインとかちょっと攻めすぎかな!?
私の胸は期待でドキドキと高鳴っていた。
そんなわけで、私はアーサーさんに連れられて、彼行きつけだという防具屋にやってきた。
そこは、虎子さんの案内してくれた武器屋と同じ職人街にあったけど、雰囲気は全然違った。大通りから何本も入り組んだ、煤と油の匂いが立ち込める路地の奥。
まるで獣の巣穴のような、黒く口を開けた店構えだ。
『鬼鉄堂』と彫られた看板は、長年の煤でほとんど真っ黒になっている。
「うわ……!」
店の中に足を踏み入れると、むせ返るような熱気と、鉄が焼ける匂いが襲ってきた。
壁という壁には、完成品なのか作りかけなのか分からない、ゴツゴツとした無骨な鎧や兜が所狭しと掛けられている。
そのどれもが、華やかさとは無縁の、ただひたすらに「守る」ことだけを追求したような、凄みのある雰囲気を放っていた。
「おう、アーサーじゃねえか!生きてたか!」
店の奥、真っ赤に燃え盛る炉の前から、地響きのような低い声がした。
声の主は、上半身裸で巨大な金槌を振るう、ドワーフの老人だった。
岩のように盛り上がった筋肉、顔中を走る無数の傷跡、そして燃え盛る炎よりも鋭い眼光。
その威圧感は、そこらの魔獣も裸足で逃ぎ出しそうだ。
「それより聞いたぞ、アーサー!お前さん、新聞でとんでもないことになってるらしいじゃねえか!『禁断の愛に苦悩する王子』様だって?ガッハッハ!」
「店主、その話はよしてくれ。」
アーサーさんが、心底うんざりした顔で言う。
「おっと、こいつは失敬。で、今日は何の用だ?まさか、本当にその姫君を連れてくるとはな」
ドガン鬼鉄丸の視線が、私に向けられる。
値踏みするような鋭い眼差しに、思わず身がすくんだ。
「ここの店主、ドガン鬼鉄丸だ。見ての通り、偏屈で口の悪い爺さんだが、防具作りの腕だけは超一級だ。下手に機嫌を損ねると、とんでもない値段を吹っかけられるから気をつけろ」 アーサーさんが、眉間に皺を寄せて紹介してくれた。
その横顔は、どこか旧友を紹介するような、少しだけ楽しそうな色を浮かべているように見えた。
「おう!ドガン鬼鉄丸だ!嬢ちゃんよろしくな!」
そういってドガンさんは手を差し出してくれた。
思わず握手をしたんだけど、手の皮が分厚い!
きっと本物のゴリラの手ってこんな感じ何だろうなって思った!
「テティア!茶を持て!客だ!」
ドガン鬼鉄丸が店の奥に向かって怒鳴ると、「はーい!」と可愛らしい声がして、小さな女の子がトテトテと走ってきた。
年の頃は10歳くらいだろうか。ドワーフらしく背は低いけど、くりくりとした大きな瞳と、おさげに結んだ亜麻色の髪がとってもキュートだ。
「アーサー様、こんにちは!」
テティアちゃんは、アーサーさんを見つけると、ぱあっと花が咲くような笑顔になった。
「……ああ」
アーサーさんも、少しだけ表情を和らげる。
だが、テティアちゃんがお茶を運んできた瞬間、ドガン鬼鉄丸が、まるで城壁のように二人の間に立ちはだかった。
「おい、アーサー。うちの孫に妙な気を起こすんじゃねえぞ。お前さん、新聞じゃあ小児性愛者ってことになってるからな!」
「冗談でもやめろ!」
アーサーさんの本気のツコミに、ドガン鬼鉄丸は「わはは!」と楽しそうに笑うだけだった。
気さくなやり取りとは裏腹に、アーサーさんが私の事情――顔を隠すための防具が欲しいこと――を説明すると、ドガン鬼鉄丸の顔つきは真剣な職人のそれになった。
「ふむ……『帰らずの森』か。そいつはちと厄介だな」
彼は腕を組み、店の壁に掛けられた兜や仮面を厳しい目で見比べ始めた。
「ただ隠せりゃいいってもんじゃねえ。嬢ちゃんみてえなひょろい体じゃ、重い兜なんざ被ったら首の骨が折れるのがオチだ」
ドガン鬼鉄丸は、いくつかの兜を手に取っては「重すぎる」「視界が悪すぎる」と、次々に却下していく。
どれもこれも、屈強な戦士が被るような、いかついデザインのものばかりだ。
「うーん、嬢ちゃんに合うような代物は、うちにはねえかもしれんな……」
ドガン鬼鉄丸が諦めかけたように顎鬚を扱いた、その時だった。
「……あ!そうだ!」 何かを思い出したように、彼はポンと手を打った。
「うちの常連の変人がワシに無理やり作らせた、妙な代物があったな。ちょっと待ってろ!」
そう言うと、ドガンさんは店の奥にある倉庫へと消えていった。
ガタンゴトンと物々しい音がしたかと思うと、彼は三つの奇妙な被り物を持って戻ってきた。
「ほらよ。こいつらなら軽くて丈夫だ。見た目は珍奇だが、どれもこれも、怪獣や超獣の素材をふんだんに使ってある!あいつは趣味の為なら何の素材でも集めてくるから性能はすさまじいぞ!」
一つ目は、黒光りする、フルフェイスの不気味なヘルメット。呼吸するたびに「シュコー、シュコー」と音が鳴る、なんと呼吸補助機能らしい。
二つ目は、顔の上半分だけを覆うツノ付きの変な兜。これを被ったら「通常の三倍」の速さで動けそうな気がする、こっちは直観力が跳ね上がるらしい。
そして三つ目は、無数の穴が開いた、白い不気味な仮面。……これ、ホッケーで使うやつじゃなかったっけ?
「……」
あまりの珍妙なラインナップに、私は言葉を失う。
このラインナップ、これみんなどこかで見たことあるやつだ…
その常連さんってきっと私と同じ異世界人に違いない。
アーサーさんは、その三つを真剣な顔で見比べると、おもむろに白い仮面を指差した。
「店主、これが一番実用的だろう。視界も広く、通気性も良い。何より、軽い」
「ええええええ!?」
思わず素っ頓狂な声が出た。
アーサーさん、正気!?
「さすがはアーサー、お目が高い!そいつはな、ただの仮面じゃねえぞ!夜しか現れねえ超獣『月光蝶』の鱗粉を、これまた別の超獣『夢喰い貘』の頭蓋骨に練り込んで打ち固めた逸品だ!被った者の気配を月の光に溶け込ませて、獣たちに認識されにくくする。おまけに、小声で話した言葉を、森の気配に変換する機能もついてるぜ。これなら、嬢ちゃんが森で井戸端会議をしてても、魔獣にゃただの雑音にしか聞こえねえって寸法よ!」
うわ、なんか断りにくい凄い性能が付いてる!
ドガンさんも、どこか納得したような顔をしている。
結局、私はアーサーさんの強い推薦により、渋々その白い仮面を受け取ることになった。
ホッケーマスクは妙に付け心地が良く、かなり激しい運動をしても大丈夫な安定感がある!
ずっしりと重いトマホークに、白い不気味な仮面。
手に斧、顔にはホッケーマスク……。
(……あれ?この組み合わせって、もしかして……)
私の脳裏に、昔テレビで見た、とあるホラー映画の殺人鬼の姿が浮かび上がった。
(……13日の金曜日に出てくる、有名な殺人鬼じゃん!!)
これから始まる冒険が、急にホラー映画みたいに思えてきんですけど。
ふつうJKってこういうのに襲われる側の存在なんですけど!




