093 アレク、お嬢様に向けて発砲する
093 アレク、お嬢様に向けて発砲する
乾いた破裂音が、静まり返った摩天楼の屋上に響き渡った。
俺が放った弾丸は、夜を切り裂く一条の光となり、ベレスの美しい金髪縦ロールへと吸い込まれていく――かに見えた。
だが、銃弾は彼女に届く寸前、まるで透明な壁に激突したかのように火花を散らし、甲高い音を立てて弾かれる。
「……結界の常時展開か」
やはり、ただのお嬢様じゃない。
中級以上の魔獣は結界を常時展開している。
このお嬢様は少なくとも中級の魔獣クラスの実力はあると見て間違いないだろう。
俺の敵意を敏感に感じ取ったのか、それまで姫を諌めていたベレスの取り巻きたちが、一斉に俺へと殺気を叩きつけてきた。
おー、怖い怖い。
さっきグラ嬢から感じた、魂ごと凍てつかせるような絶対的な恐怖に比べれば、一万分の一くらいだけどな!
「おいおい、俺はお前たちのお嬢様を救った英雄だぞ!そこは感謝の念を投げてこい!」
俺の軽口に、ベレスは心底楽しそうに唇を歪めた。
「オホホホ!大義名分ができましたわ!」
彼女は側近たちの制止を振り払い、まるで舞台に上がる女優のように、優雅なステップで俺の前に躍り出た。
「さあ、始めましょう?異世界のお猿さん。わたくしを楽しませてごらんなさい!」
その言葉と同時に、ベレスの周囲にバスケットボール大の黒い光球が十数個も浮かび上がる。
それは闇そのものを凝縮したかのような、不気味なほどの静けさを湛えていた。
「オホホホ!この程度で死なないでくださいましね」
高笑いと共に、ベレスが優雅に腕を払う。
今まで空中に制止していた光球が一斉に動き出し、雨あられと俺に襲いかかる!
一つ一つが、先ほどの結界を揺るがした一撃と同等の威力を持っている。
直撃は避けなければならない。
俺は神力を足に集中させ、床を蹴った。
光球が俺のいた場所に着弾し、黒曜石の床を抉り、轟音を立てて爆ぜる。
その爆風を背に受けながら、俺はベレスとの距離を詰めるべく、弾丸を牽制にばら撒いた。
「無駄ですわ!」
ベレスは迫りくる弾丸を結界で意にも介さず余裕で防ぐ、それどころか、お返しにと猫がネズミをいたぶるように、次々と黒球を放ってくる。
回避、回避、回避!
横に飛び!前転し!体をくねらせ!
爆炎と衝撃波の中を、俺は紙一重で駆け抜ける。
ある程度の距離まで近づいた、その瞬間。
「甘いですわよ?」
ベレスのしなやかな指先から、一条の光が迸った。
それは瞬時に鞭の形をとり、空気を切り裂く鋭い音を立てて俺の頬を掠める。
遅れて走る、焼けるような痛み!
奥歯を噛みしめ痛みに耐える!
この痛みを燃料に脳がアドレナリンの大量生産を始めた!
いいねぇ、温まってきたぜ!!
ベレスも調子が出てきたのか、おほほ声にさらに力をみなぎらせ、地面を蹴ってこちらに肉薄しながら光りの鞭を振り上げた。
「オホホ。良いですわ!もっとわたくしを楽しませて見せなさい!!」
光の鞭が、縦横無尽に俺に襲いかかる。
避けた隙を狙っていた化のように、黒球が着地予想地点に降り注ぐ。
黒球の弾幕を避けながら、さらにこの鞭まで捌くのは至難の業だ。
だが、ここで退くわけにはいかない!
「そこだ!」
鞭の軌道を見切り、懐に潜り込むようにしてさらに接近!
ベレスの顔に、初めて焦りの色が浮かんだ。
その一瞬の隙を見逃さず、俺は腰のポーチから閃光玉を抜き出し、床に叩きつけた!
「きゃっ!?」
至近距離で炸裂した閃光に、ベレスが目を焼かれてたじろぐ。
今だ!
俺は瞬時に両腕にガントレットを装着し、無防備になった彼女の結界に、渾身の拳を叩きつけた!
ガギンッ!と、分厚いガラスを殴ったような衝撃が腕に走る。
「何ですの!?」
視界をふさがれても、結界が砕かれたのを感じたのだろう、ベレスの声に困惑の音色が混じる。
このチャンス逃さない!
俺は肺一杯に息を吸い込み、脳内のリミッターを外す!
「オラオラオラァ!」
視力が回復しないうちに、畳み掛ける!
ラッシュ!ラッシュ!ラッシュ!ラッシュ!!
俺は結界という名の分厚い氷を、掘削機で砕くかのように、ただひたすらに殴り続けた。
ベレスの何層も張っている結界にミシミシと軋みが生じて、蜘蛛の巣のようなヒビが広がっていく。
「この…っ!」
ようやく視力が回復したベレスが、距離を取ろうと後退する。
だが、遅い!
俺は彼女に食らいつき、執拗に拳を叩き込み続ける。
ベレスは本能でヤバイと感じたのか、どこからか光る短剣を取り出し矢鱈目ったらに俺に切りつけてくる!
俺はその短剣を避けるのではなく、結界を凝縮して硬度を高めて受け止める!
名付けてピンポイントバリア!
「馬鹿ですの!?結界を小さくして硬度を上げていますけど、それ以外の場所は生身ですのよ!」
焦りからか、ベレスの光の鞭が、俺の腕や足を容赦なく打ち据える。
だが、俺は最小限の動きでそれをいなし、致命傷だけは避けながら、攻撃の手を緩めない。
ヒットアンドアウェイ。
軍隊時代、教官に叩き込まれた戦闘術が思考よりも本能に近いところで俺の体を突き動かす!
攻撃は防御!
一つの行動は一つの伏線!
この場に有る全てをコマに見立て、目の前の敵を刈り取るタクティクスを構築しろ!
俺の決死の猛攻で俺の破壊速度が、ベレスの結界修復速度を上回る!
「イライラしますわ!」
ベレスの攻撃が、苛立ちと共に雑になっていく。
その一瞬の隙を、俺は見逃さなかった。
「これが俺の…必殺技だァッ!」
俺は雄叫びと共に、自身の防御結界を右腕のガントレットに集束させる。
自身の防御結界を攻撃に転用する、背水の一撃。
この一撃に全てを賭ける!
ガントレットが結界の収束を受け、その形状がわずかに変形した。
狙うは、幾重にもヒビが入った、彼女の結界の核!
最後に残った数枚の結界を、俺の拳がガラス細工のように打ち砕く!
そして、その勢いのまま、ガントレットごとベレスの鳩尾に、強烈なボディブローを叩き込んだ!
「がっ…!」
ベレスの体が「く」の字に折れ曲がり、小さな悲鳴と共に宙を舞う。
数メートル先で床に叩きつけられた彼女は、ピクリとも動かない。
「はぁ…はぁ………やったか?」
俺も膝に手をつき、荒い息を整える。
だが、その時。
「オーホホホ…この程度ですか」
吹き飛んだはずのベレスが、むっくりと起き上がり、口元の血を拭いながら高笑いを始めた。
「この体は、貴方が思っているほどヤワではございませんことよ?」
勝利を確信した彼女は、光り輝く巨大な戦斧をその手に作り出し、とどめを刺そうと俺に歩み寄ってくる。
だが、その足が、ふと止まった。
「……?」
ベレスの視界がぐにゃりと歪む。
そして、強烈な吐き気と共に、腹部に灼けつくような激痛が走った。
「な…に…これ…は…」
彼女は苦しそうに首を搔きむしり、その場に崩れ落ちる。
見れば、先ほど俺に撃ち抜かれた腹部が、禍々しい紫色に変色し、その範囲がみるみるうちに広がっていく。
俺はよろよろと立ち上がり、苦しみ悶えるベレスの元へ歩み寄り、彼女を見下ろした。
「種明かしの時間だ、お嬢様。そのガントレットには、ヘベ様の旦那であるヘラクレス様から頂いた、ヒュドラの毒が仕込んである」
「……っ!」
のたうち回りながらも、射殺すような瞳で俺を睨みつけるベレス。
そんな彼女に、俺は笑いながら、毒が仕込まれていない方のガントレットの中から、小さな小瓶を取り出して見せつけた。
毒を用いるなら、解毒薬とセットにだ!
「これは解毒薬だ。くれてやるから、みんなに謝れ」
だが、ベレスは激痛に耐え涙にまみれながらも、頑なに首を横に振る。
「おいおい、このままじゃ本当に死んじまうぞ!」
逆に俺が焦り始めた。
少量とは言え、神話級の毒だぞ!
全身を駆け巡る激痛と吐き気、そして不快感に苛まれているはずだ!
目の前に解毒薬をちらつかせてもそれにすがることを良しとしないとは、伊達に縦ロールは付けていないという事か…
ベレスの意識が急速に遠のいていく。
その綺麗な顔が、紫色に染まり、黒目がグリンと白目に反転する。
今彼女はの意識は、死を間近に感じ、すさまじい恐怖と共に、意識が薄れている最中だろう。
「はぁ、しょうがねぇな。ノーパンしゃぶしゃぶは、俺がやってやるか…」
俺の負けだよ、お嬢様
俺は解毒薬をベレスの口に突っ込んだ!
意識が無いはずの彼女の眉が少しだけピクリと動いた気がした。




