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異世界で喫茶なまずはじめました。  作者: カニスキー
第一章 始まりの物語
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009 アーサー、龍と対決する

009 アーサー、龍と対決する


「なっ!?」

 オレとアレクが凍り付いたように驚愕に目を見開いて振り返った、その瞬間だった。

 倒れていたはずのなまずもどきの体が、まるで悪夢の続きのように、ピクピクと不気味な痙攣を始めたのだ。


 ボゴリ、ゴポリ……ゴポォッ!

 内側から何かが蠢き、押し上げてくるような鈍く、湿った音。

 粘液にまみれた醜悪な体が、異常な速度で風船のように急速に膨張していく!

 ブチブチと皮膚が避ける音が悲鳴のように鳴り響き、裂け目からは禍々しい、それでいて神聖さすら感じさせる光が漏れ出す!


「なんだ……これは……!?」

 終わっていなかった?

 いや、違う!

 これからが本当の『本番』だというのか!?

 この悪夢に、まだ続きがあったというのか!?


 見る間に、丸っこかった体躯はしなやかな曲線を描き、天をも掴まんとする長大な胴体へと変貌を遂げる。

 ぬめりとした皮膚は、月光を反射して冷たく白銀に輝く硬質な鱗に覆われ、頼りなかったヒレは大地をしっかりと掴む鋭い爪を備えた力強い四肢へと変化した。

 そして、頭部からは複雑に枝分かれした荘厳な角が、まるで天への反逆を示すかのように、突き刺すように伸びていく!


 間違いない!

 かつて見た、古代東方の災厄を記した古文書の挿絵…!

 これは、伝承に語られる存在――『龍』!


 あのグロテスクな化け物が、これほどまでに神話的な、畏怖すべき存在へと変貌するなど、悪夢でなければ誰が想像できただろうか!?

 完全に龍の姿となったそいつが放つ威圧感は、先程までの比ではない。空気が鉛のように重く、呼吸するたびに肺が圧迫されるようだ、肌が粟立つ。


 燃えるような怒りに爛々と輝く双眸が、冷徹な殺意を宿して、オレと――オレが庇うように立つ、意識のない少女を正確に捉えた。

 まずい! こいつ、本気でオレたちを塵も残さず殺す気だ!


「くそっ!」

 せめてこの少女だけでも!

  オレは咄嗟に少女の体を抱き寄せ、背中で庇うように身構える。 

 だが、焼け石に水なのは百も承知だ。

 龍となった怪物の力は、先程とは比較にすらならない!

 ただ見られているだけで、呼吸すらままならないのだ。


 龍は無慈悲に、天に届かんばかりの巨大なあぎとをゆっくりと開く。

 その喉の奥で、眩いばかりの純粋な破壊エネルギーが渦を巻き、一点へと恐ろしく凝縮されていくのが、嫌でも見える。

 あれを喰らえば、オレはおろか、この少女もすらも、存在した痕跡すら残らないだろう!


「アーサー!」

 アレクが悲痛な叫びを上げ、手負いの体を引きずるようにしてオレたちの前に立ちはだかる!

 その全身の鉄甲に、残されたけなげな全防御力を集中させているのが分かる。

 だが、龍の口内に渦巻く絶望的なエネルギーの奔流を前に、彼の顔は血の気を失い、恐怖と諦観で真っ青に染まっている!


 無駄だ、アレク!

 それじゃあ、一瞬たりとも防ぎきれるわけがない!

 その、あらゆる希望が潰えたかと思われた瞬間!


 ッターン! ッターン!

 二発の鋭い銃声が、張り詰めた夜の静寂を切り裂いた!

 シモか!?

 弾丸は、狙い違わず龍の巨大な両目に吸い込まれる! 神業のような精度だ!


 だが……!

「■■■■■■■■■ッッ!!!」

 龍は忌々しげに咆哮を上げただけ。

 その双眸には、憎しみの炎が揺らめくだけで、傷一つついていない!

 やはり物理攻撃はほとんど効果がないのか!?

 いや、そもそもこの存在に『物理』という常識が通用するのか!?


 そして、まるで煩わしい虫を払うかのように、あるいは、ささやかな抵抗を嘲笑うかのように、龍は溜め込んだエネルギーを、オレの診療所の屋根――おそらくシモが潜んでいたであろう場所――に向けて、一気に解き放った!


 ゴオオオオオオオオオオオオオッッ!!


 信じられないほどのエネルギーの濁流が夜空を切り裂き、オレの哀れな診療所の屋根を、文字通り『消滅』させた! 凄まじい爆風と破片が、容赦なくここまで降り注ぐ!


「シモ! 無事か!?」

 叫びは空しく響く。

 龍は、自らがもたらした破壊の余韻を味わうかのように一瞬動きを止め、そして再び、蛇のようにゆっくりとこちらに顔を向けた。

 その目に宿る殺意は、先程よりもさらに深く、底なしの冷たさを帯びている。


 もう……だめだ……。

 アレクもオレも消耗しきっている。

 少女を抱えたままでは逃げることすらできない。

 ここまで、なのか……。

 意識が遠のきそうだ……。

 オレが諦めかけた、まさにその時だった。


 ヒュンッ! ヒュンッ! ヒュンッ! ヒュンッ! ヒュンッ!

 空気を切り裂く音が連続して響き渡り、五条の眩い光の矢が、どこからともなく飛来した!

 矢は寸分の狂いもなく、龍の巨大な体の急所と思しき箇所に深々と突き刺さる!


「■■■■■■■■■■■■ッッッ!?」

 さすがの龍も、予期せぬ力の奔流に、これまでとは質の違う苦悶の咆哮を上げる!

 光の矢は、その巨体を内側から焼き清めるかのように、激しい光と熱を発し続けている!

 龍の鱗が、その光に焼かれて蒸発する!


 そして、苦しむ龍に向かって、地を蹴る地響きのような轟音と共に、筋骨隆々とした、まるで戦神の神像が動き出したかのような大男が猛然と躍りかかった!

 その鋼のような拳の一撃一撃が、光に焼かれ脆くなった龍の硬い鱗を砕き、肉を抉る!

 一撃ごとに、龍の巨体が大きく揺らぐ!


 呆然と見上げるオレたちの前に、ふわり、と羽のように軽やかに、まるで舞台に登場する役者のように、一人の男が音もなく舞い降りた。

 月光を受けて神々しく輝く金色の髪。

 完璧すぎるほどの彫刻のような容貌。

 そして、その身に纏う、尋常ならざる――いや、明らかに『人ならざる者』の神々しいオーラは、間違いなく……。


「やあ、アーサー君。ずいぶんと窮地に立たされているじゃないか。まったく、君は本当に厄介事に愛されているねぇ。まあ、面白そうな気配を感じて急いで来てみれば、想像以上にすごいことになっているみたいだけど」

 軽薄とも取れる、しかし妙に耳に残り、聞く者の心を妙に落ち着かせる響きを持つ声。

 その声色とは裏腹に、彼の瞳は目の前の惨状を冷静に見極めている。

 間違いない。

 オレをこんな面倒な世界に引きずり込んだ張本人、太陽神アポロンだ。


「……あんた、今までどこで油を売ってたんだ」

 掠れた声で、精一杯の悪態をつく。

 体力も気力も、もう限界に近い。

「はは、少しばかり野暮用があってね。でも、君の危機はちゃんと感じ取っていたさ。それにしても、あの龍……なかなかの大物じゃないか。人の子である君たちには、少々荷が重かっただろう?」

「……うるさい」


 ちくしょう、こんな時だっていうのに、相変わらず腹立たしいほど優雅で食えない神様だ。

 だが……まあ、なんだ。その……助かったのは、事実だ。

 それに……。

 内心で悪態をつきながらも、その圧倒的なまでの神々しい存在感に、ほんの少しの安堵と、ほんの少し……本当に認めたくはないが、ほんの少しの頼もしさを感じてしまう自分がいることに、オレは気づいていた。




今日のまとめとか

なまず、第二形態へ

アーサー君、なすすべなし

アポロン、初登場

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