089 アカリ、魂から叫ぶ
089 アカリ、魂から叫ぶ
アイさんのもたらした絶望的なニュースにより、私の社会科見学ツアー計画は、開始前にして無期限中止が決定した。
「ちょ、ちょっと待ってください!私、まだピチピチの17歳なんですけど!?いつの間に子供産んだことになってるんですか!?しかも、その息子と実の兄との禁断の三角関係って……設定に無理がありすぎじゃないですか!?」
私の魂からの叫びに、アイさんは申し訳なさそうに、しかし的確に事実を突きつけてくる。
「いえ、小説の設定では、アカリ様は驚異的な若作りですが実年齢は24歳ということになっております。12歳の時に、命を懸けてご子息を出産なさったと…」
「12歳で出産!?」
「はい。それに伴いまして、黒騎士様は『実の妹に手を出し、12歳で子を産ませた小児性愛者』という、新たな称号をゲットなさいました」
その瞬間、隣にいたアーサーさんの鎧から、カコン、と乾いた音がした。
見ると、鎧のまま膝から崩れたアーサーさんが、瞳から光を完全に消しさって、虚ろな目でブツブツと何かを呟き始めている。
「……ひっこそう……そうだ、ひっこせばよいのだ……だれもしらない、とおくのまちへ……」
耳をすますと、壊れたからくり人形のように、そんな言葉が漏れ聞こえてくる。
完全に心が折れている!
「冗談はやめてください、アーサー様!ギルドが誇るS級ハンターが、そんな理由でいなくなったら大問題ですよ!それに、読者の反応は、概ね好評なんです!」
「馬鹿垂れが!近親相姦で小児性愛者の変態の何が好評か!昨日まで『黒騎士様を守り隊』だった奴らが、今朝には『黒騎士様を監視し隊』に名前を変えて、俺のストーカーリストに憲兵隊まで加わったんだぞ!もうこの領にはいられない!アマルガム領にでも引っ越す!世話になったな!」
「やめてください!読者は『なんかしっくり来た!』『さすがは真実の愛の戦士、黒騎士様だ!』って、熱狂的に受け入れてくれてるんです!もう、この路線で行きましょう!」
アイさんは、今にも診療所から逃げ出しそうなアーサーさんの足に、必死にすがりついている。
たぶん、自分が言っていることのヤバさを、1ミリも理解していないんだろうな。
そんなことより私だ、私!
このままじゃ、本当に外を歩けなくなる!
混乱する頭で必死に考えていると、ふと、あの虎子さんのたおやかな笑顔が脳裏に浮かんだ。
「そうだ!虎子さん!虎子さんは素顔で活動しているのに、普通に生活できてるじゃないですか!」
希望の光!そうだ、虎子さんなら、この状況を打破するヒントを知っているかもしれない! 私がそう叫ぶと、なぜかアーサーさんとアイさんは、ものすごく気まずそうな顔で視線を逸らした。
「あー、虎子、か……」
「虎子様、ですか……」
えっ?
何その反応?
私の疑問に、アイさんが重々しく口を開いた。
虎子さんが初めてこの街のギルドに現れた時、それはもう、伝説になるほどの大騒ぎになったらしい。
その圧倒的な美貌と、規格外の実力に、世の腕自慢たちがこぞって求愛し、勧誘し、果ては他の領から王族の使者までやって来て、ギルドは連日お祭り騒ぎ。
虎子さんは、その全てを大和撫子の微笑みで丁寧にお断りしていたそうだが、あまりにしつこい輩や、実力行使に出ようとする愚か者に対しては、
「あらあら、仕方ありませんわね」
と、にっこり微笑んだ後、相手を半殺しにして、裸で街の中央広場に逆さ吊りにするという、実に丁寧な対応をしていたらしい。
ストーカー行為に及んだ者に至っては、さらに悲惨だったらしい。
ある時、虎子さんの食事に【自主規制】を混入しようとした不届き者がいたらしいのだが、「食べ物を粗末にするとは、万死に値する!」と虎子さんが激怒し首をはねられそうになったとの事。
なんとか命からがら逃げ出したその男は、憲兵事務所に駆け込み、保護を求め自首しようとしたらしい。
だけど、虎子さんの怒りはそれで納得するはずもなく、単身で憲兵事務所に乗り込み、男の引き渡しを要求。
もちろん、憲兵たちも職務としてそれを阻止しようとしたんだけど、怒り心頭の虎子さんの猛り狂う武技の前に、次々と無力化されていったとか。
業を煮やした憲兵隊が、数の暴力で虎子様を制圧しようとしたその時、どこからともなく噂を聞きつけた『虎子様にシバかれたい隊』の面々が助太刀に現れ、事態はさらにカオスな状況に陥った。
虎子さんは、そのシバかれたい隊を巧みに指揮して、あれよあれよという間に憲兵局長を拉致し、その変態ストーカーとの人質交換を要求。
結局、その前代未聞の人質交換事件は、黒騎士アーサーさんとアレクさんが虎子さんを何とか無力化する形で有耶無耶になったそうだ。
アーサーさん曰く
「いいかアカリ、こっちの世界に長く居すぎる虎子はたまにヤバくなる、そんな時は出来るだけタモン様に丸投げが基本だ!野良で遭遇したら目線をそらさず後退しろ!」
虎子さんを冬眠あけの熊みたいにアーサーさんは言った。
「そ、その変態ストーカーは、どうなったんですか……?」
私の問いに、アイさんは、どこか遠い目をして答えました。
噂ではその者の魂は、今も街の噴水に封印されているとかいないとか……。
え?どういう事?それって答えになってないよね?
「今の虎子さんの周りの平穏は、全ての火薬が爆発し尽くした後の、静かな焼け野原のようなものなんです……」 アイさんは、遠い目をしてそう語った。
つまり、私のロールモデルは、歩く人間災害、一人アポカリプスだったということ?
……終わった。完全に終わった。
私の異世界ライフ、開始早々、詰みました。
ゴーン、ゴーン……。
壁の古時計が、重々しく、そしてどこか間の抜けた音で時を告げる。
その音に、アイさんがハッとしたように顔を上げた。
「あ!アーサー様、アカリ様!今からでしたら、壁の外へ出るための案内人の合流時間にギリギリ間に合います!どうしますか!?」
アイさんの言葉に、私は一縷の望みを託してアーサーさんを見た。
だが、彼は虚ろな目のまま、ゆっくりと首を横に振った。
「無理だ。今の状況でアカリを外に出すなど、飢えた肉食獣の大群の中に極上のチキンを投げ込むようなものだ。それに、俺はこれから引っ越しの準備で忙しい。アマルガム領の物件でも探すとしよう。ふ、ふふ……」
アーサーさんが、乾いた、気味の悪い笑い声を上げ始めた。
待って、このままアーサーさんが無気力モードのままなら、私、帰れないんじゃない?
帰れないと、こっちの世界に魂が囚われたままになって、元の世界の私の体は……死んじゃう!
「だ、ダメです、アーサーさん!しっかりしてください!引っ越してる場合じゃないですよ!」
私が必死に説得しようとしても、アーサーさんは「ふふふ、新しい生活……静かな生活……そうだな、今度は小説家にでもなって静かに暮らすか、、、」と、遠い目をして笑うだけだった。
もうダメだ。この人、完全に壊れちゃってる。
そんな絶望的な空気が部屋を支配した、その時だった。
部屋の片隅の空間が、ふわりと歪んだ。
キラキラと輝く金色の粒子が、まるで蛍のように現れ、渦を巻き始める。
やがて、その光は一つの大きな渦となり、神々しいまでの光を放ち始めた。




