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異世界で喫茶なまずはじめました。  作者: カニスキー
第三章 ゴタゴタ新生活
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086 虎子、大人しく待つ

086 虎子、大人しく待つ


 厨房から、なんとも食欲をそそる良い匂いが漂ってまいります。

 アーサー様のご飯、本当に楽しみですわ。


 タモン様も私も、どうにも料理には無頓着で…いえ、手を込めるという概念がございません。

 それに比べて、アーサー様のお料理は回を追うごとに腕を上げていらっしゃいますね。


 先ほど一応「何かお手伝いすることはありますか?」と申し出ましたのですが、「虎子は俺の目の届く範囲で大人しく座っていてくれ。それが一番のお手伝いだ」と、大変失礼な理由で丁重にお断りされてしまいましたわ。

 解せません。


 それにしても、今日は本当に色々な事がございました。

 朝からギルドへ赴き、少々タイトなクエストを受注。

 お昼はアカリさんとの楽しい修行。

 その後、頑鉄工房でアカリさんの可愛らしいトマホークを選び、再びギルドへ戻ってライセンスを登録。

 締めは、ハンターたちの意地と魂がぶつかり合う、実に美しい死合の観戦。

 そして、なまず様が化けたアーサー様との予期せぬお手合わせ。


 あの時放った『刹那神閃・無明』

 全てを両断する一閃は、無明を断ち切った先にこそ、その真髄があったとは。

 以前タモン様がお手本として見せてくださった『刹那神閃・無明』

 わたくしは、あのあまりにも完璧で美しい剣閃の軌跡、その「形」ばかりを、ただひたすらに追い求めておりました。

 ですが、違いましたのね。


 あの奥義の真髄は、無明を断ち切るという『行為』そのものではなく、全ての迷い(無明)を断ち切った先にある、一点の曇りもない『心』の境地。

 その心で放ってこそ、初めて全てを、それこそ無明すら両断する一閃と成り得るのですわ。

 無明を斬る為には無明を超えないといけない。


 あぁ、なんと奥が深いのでしょう。

 思えば、ずいぶんと、見当違いな努力をしていたものですわ。


 そもそも名前からして壮大なミスリードですわ。

 よく見たら、名前に答えが書いてあるなんて、今にして思えば何でこんな簡単な事に気がつけなかったのかしら。


 試行錯誤しているわたくしを見て、タモン様は全てお見通しで微笑んでいらっしゃったのでしょう。


 そういえば、懸案事項であった「帰らずの森」へのピクニックですが、結局、同伴者は決まりませんでしたわね。

 あの死合が水に流れてしまったのは本当に残念でしたわ。

 残念な事に、他にわたくしがご紹介できるほどの強者たちは、皆そろって遠征中。

 タイミングが悪いとはこの事です。

 …いえ、もしかしたらこれも、すべてはアポロン様の掌の上なのかもしれませんわ。


 そんな事を考えていると、アカリさんたちがやっていらっしゃいました。

 そこでわたくしはハッといたします。

 アカリさんに連れられてやってきたのは、可憐なエルフ耳の少女と、錬金術師のローブに身を包んだ少女。


 なんと、なんと素晴らしい!


(ああ、いけません、いけませんわ。わたくしの中に眠る龍が、歓喜でグルルと喉を鳴らしております。見てくださいまし、あちらのエルフの少女!怯えた小動物のような潤んだ瞳、透き通るような白い肌、そして何より、あの尖ったお耳!軽く噛みつけば、きっと可愛らしい悲鳴を上げてくださるでしょうね。そして、もう一人の錬金術師の少女!ダボダボのローブでは隠しきれていない、あの豊満な曲線美!もっちりとして、さぞや柔らかな肢体なのでしょう。…ふふ、どちらも極上の逸材ですわ!)


 二人の逸材をじっくりと品定めしておりますと、不意にエルフの少女と目が合いましたわ。

 あらあら、驚かせてしまったかしら。

 怖がらせないように、わたくしにできる最大限の淑女の微笑みを向けたつもりでしたが、何故でしょう?

 可哀想に、まるで蛇に睨まれた蛙のように、そのか細い体をこわばらせてしまいましたわ。

 壁にゴキブリでも見つけてしまったのでしょうか?

 うふふ、可愛らしいですわ。


 そんな事をして夕食を堪能し、軽い雑談を終えると、アーサー様がエルフの少女と錬金術師の少女を家まで送って行くという話になりました。

「夜道は危険ですわ。わたくしが責任を持ってお送りいたします」とご提案しましたが、「虎子に任せるのが一番危険だ」と、即座に、そして真顔で断られました。

 ちっ!勘の良い男ですわ。


 そんなわけで、わたくしはなまず様達と一緒に喫茶店に戻ることになりました。

 喫茶店では、わたくしの具足のオートリカバリーが終了している頃とのこと。実際、帰ってみるとわたくしの具足は元通りになっておりました。

「ボルガドン槌ノ助」の銘まで完璧ですわ。


 なまず様は「どうせなら生体装甲にして自己修復機能や自立行動、果てはロケットパンチまで出るようにしよう」とご提案くださいましたが、わたくしはそのままの修復を望みました。

 ロケットパンチには少しだけ心が動かされましたが、やはりこの具足はこのままが一番ですわ。


 さて、実は今回、修復をお願いしておいたのは具足だけではございませんの。

 さりげなく、本当にさりげなくではございますが、修復される具足の隙間に瓦礫から発掘しておりました「虎子のお泊まりセット」を挟み込んでおきましたの。

 ふふふ、これで準備は万端ですわ。


 今回の計画、『ドキドキお泊まり虎子プロジェクト』は3つのフェーズに別れております。

 第一フェーズ、自然な形でお泊りの下準備を済ませる。

 これは既に完了ですわ。わたくしからアプローチをかけずとも、アカリさんから「もう遅いですから、虎子さんも泊まっていってください。女性の一人歩きは危険ですよ」と、天使のようなお言葉をいただいております。


 第二フェーズ、ドキドキお風呂タイム。

 これはアカリさんかリコリスさんのどちらかと一緒にお風呂に入るフェーズですわ。しかし、これは思わぬアクシデントに見舞われてしまいました。

 アカリさんが第四回喫茶なまず家族会議を緊急招集され、その議題が「お風呂とトイレ事情の改善案」でございました。

 渡りに船と思い、さりげなく「みんなで入れるヒノキのお風呂などいかがでしょう?」と提案してみたのですが、なまず様は「うむ!そこは既に解決済みじゃ」と、得意げにわたくしたちを井戸の隣の物置に案内されました。


 そこには、壁に下半身を埋め込み、上半身が壁いっぱいに突き出された、巨大ななまず像が鎮座しておりました。

 明らかに物置の外観と部屋の容積が違っておりますわね、なまず様の神の御業という事でしょうか。


「リコリスの荒れた手を見てな、水仕事が原因だと考えたのじゃ。そこで、以前から要望があった風呂を作ってみた。これこそ『神力洗浄なまず玉・人間バージョン』じゃ!」


 なまず様の説明によりますと、壁のなまず像の右髭を引っ張ると、口から人がすっぽり入れるほどの温かい水球を吐き出し、その中で体を洗えるとのこと。

 しかも、服を着たまま入っても、汚れだけを分離して洗浄してくれるという、まさに神業。


 アカリさんがお試しで吸い込まれておりましたが、水球の中で魚のように楽しげに泳いでおられましたわ。

 お風呂?から出てこられたアカリさんは、キラキラとした瞳で「楽しかった!!でも、これはお風呂じゃ無い!!」と言って、改良案をなまず様と話し合いを始められました。


 確かに新感覚で面白い試みですが、これでは「一緒にお背中を流しましょう」という、お風呂の醍醐味がございません。

 第二フェーズは、無念の失敗ですわ。

 ドンマイですわ、わたくし。


 失敗を引きずらず、第三フェーズに移行しますわ。

 むしろ、ここからが本番です。


 第三フェーズ、これはアカリさんかリコリスさんと添い寝をするフェーズ。

 わたくし、虎子は不犯の誓いを立てて日々清廉潔白に生きておりますが、添い寝まではセーフですわ。

 ええ、セーフですとも。

 添い寝の際に、色々【自主規制】が当たったり、少し【自主規制】に入ったりしちゃうかもしれませんが、かなり際どいアウト寄りのセーフですわ!

 つまりセーフですわ!


 丑三つ刻に私はバッチっと目を覚まし、ガバっと体を起こします。

 あてがわれた部屋には大きめの水球がベッドの代わりに設置されておりました。

 程よい弾力が思いのほか快適でしたわね。

 コレは後でなまず様に持ち帰れないかお尋ねせねばなりません。


 さて、

 気持ちを切り替え、わたくしはネグリジェ姿でそっとあてがわれた部屋を出ます。

 二階へ続く階段の前で、わたくしは足を止めました。


(…なるほど、これは面白い)

 闇夜に慣れた目が、常人には見えぬ水の仕掛けを捉えます。

 床には、髪の毛ほどの細さの水の糸が、まるで赤外線センサーのように張り巡らされ、階段の一段一段には、僅かな圧力を感知する水の膜が。

 そして、天井からは、わたくしの動きを追うように、無数の小さな水の針が、いつでも降り注げるように待機していますわ。


(ふふ、なまず様も、なかなかどうして、やりますわね)

 ですが、この程度でわたくしの愛を阻めると思って?


 わたくしは息を殺し、音もなく床を蹴ります。

 水の糸をバレリーナのようにしなやかな跳躍で飛び越え、獲物を追い詰める蜘蛛のように壁を蹴って三角飛びでかわします。

 階段の水の膜には、つま先一本触れることなく、まるで木の葉が舞うように軽やかに着地いたしました。

 天井の水の針は、わたくしの神速の動きに追いつけず、虚しく空を切るのみ。完璧ですわ。


 あと数歩で、愛しの乙女たちが眠る部屋へ…!

 そう、わたくしが勝利を確信した、その時。

 背後のなまず像の目が、カッ!と怪しく光ったかと思うと、わたくしの足元の床の表面が、強力な粘着力を有する光沢を帯びたゲル状の物へと変化しましたわ!


「なっ!?」

 しまった!床そのものが罠でしたか!

 足を取られ、ビタンと倒れこむ私!

 不格好な姿のまま床に固着去れたわたくしに、今まで沈黙していた全ての水の罠が、一斉に牙を剥きました!

 水の糸がわたくしの体に絡みつき、水の膜が粘着質に動きを封じ、そして、天井からは無数の水の塊が、まるで豪雨のように降り注ぎます!


「きゃっ!」

 わたくしはなまず様の作り出した芸術的な水の罠に、無様に捕らえられてしまったのでした。


 ちっ、今回はなまず様が一枚上手でしたわね。

 ですが、覚えてらっしゃい。

 わたくしの愛は、こんなことでは諦めませんから!


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