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異世界で喫茶なまずはじめました。  作者: カニスキー
第三章 ゴタゴタ新生活
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084 リコリス、おじさんから援助を受ける

084 リコリス、おじさんから援助を受ける


 なまず様たちと別れて、私とアカリちゃん、そしてアーサー様の三人で商店街へと向かいます。

 石畳の道、軒を連ねる不思議な形のお店、行き交う様々な種族の方々。

 私の目にはもう見慣れた光景ですが、アカリちゃんにとっては全てが新鮮な驚きに満ちているようです。


「わー!見て!見て!!、リコリスちゃん!あのお店の看板、カメレオンみたいに色が変わってる!って本物のでっかいカメレオンじゃん!!」

「あっちの露店、浮いてる!なんで!?」

 一つ一つのお店を指さしては、子犬のようにはしゃぐアカリちゃん。

 その太陽みたいな笑顔を見ていると、私の心までポカポカと温かくなります。


 言葉を話せない私の代わりに、アーサー様が一つ一つ丁寧に、でも少しだけ面倒くさそうな顔をして説明してくださっています。

 そのぶっきらぼうな優しさが、なんだかとても心地よいです。


「まったく、元気な奴だ。……リコリス嬢、疲れていないか?」

 不意に、アーサー様が私の顔を覗き込むようにして尋ねてくださいました。

 私のことまで気遣ってくださる、その優しさが胸に沁みます。


 ですが、私には一つだけ、どうしても気になっていることがありました。

 アーサー様は、アカリちゃんのことは「アカリ」と呼び捨てなのに、私のことは「リコリス嬢」とお呼びになります。

 その呼び方には、どこか壁があるように感じてしまって……。

 アカリちゃんが羨ましい、なんて思ってしまう私は、我儘なのでしょうか。


 言葉にできないもどかしさで胸がいっぱいになりながら、私はふるふると首を横に振って、少しだけ不満げな顔をしてアーサー様を見上げました。

 そして、自分の胸を指差し、次にアーサー様を指差し、もう一度、今度はもっと強く首を横に振ります。


「ん?どうした、リコリス嬢」

 困惑した表情のアーサー様。ああ、もどかしい。この気持ちを、どう伝えれば……。


「きっと、リコリスちゃん、自分の事を『リコリス嬢』って呼んでほしくないんですよ。私も『アカリ』って呼んでもらってるみたいに、ただ『リコリス』って呼んでほしいんじゃないかな?」

 アカリちゃんが、私の心を見透かしたように助け舟を出してくれました。

 さすがは私の大切なお友達です。

 アーサー様は、アカリちゃんの言葉にハッとしたように目を見開き、それから少しだけ気まずそうに視線を逸らしました。


「……そうか。すまなかった。今まで気づかなかった」

 そして、もう一度私に向き直ると、その顔には、今まで見たこともないような、とても優しい、はにかんだような笑みが浮かんでいました。


「……リコリス」

 たった一言。

 それだけなのに、私の心は、春の陽だまりに包まれたように、温かく、そして幸せな気持ちで満たされました。

 嬉しくて、思わず俯いてしまう私の頭を、アーサー様の大きな手が、不器用に、でも優しく撫でてくださいました。


 そんなやり取りがあった後、アーサー様はふと立ち止まり、お財布から金貨を数枚取り出して、私とアカリちゃんに差し出してくださいました。

「お前たちの今月の生活費だ。なまずには渡すなよ、どうせろくな使い方をしないだろうから。リコリス、お前が管理して、必要なものを買うといい」

 手渡された金貨は、ずしりと重く、庶民の暮らしからすれば大金です。

 これだけあれば、当面食べるものに困ることはないでしょう。


 ですが、いくらなんでも貰いすぎです。

 慌ててお返ししようとすると、アーサー様は困ったように笑いました。


「いいから、取っておいてくれ。どうしてもと言うなら、お前たちがいつか自分の力で稼げるようになった時に返してくれればいい。気にするな、黒騎士の収入が馬鹿みたいにあるから、これくらいどうってことない」

 そういえば、アーサー様はギルドでも有名な謎多きS級ハンター、『黒騎士』様なのでした。


「いいなー!私も黒騎士様みたいに、世を忍ぶ仮の姿が欲しいです!」

 アカリちゃんが羨ましそうに言うと、アーサー様は「お前にはまだ早い」と、アカリちゃんの頭を軽くチョップしていました。

 そのやり取りが、なんだか本当の兄妹のようで、微笑ましかったです。


 そうこうしているうちに、私たちは八百屋さんの前に着きました。

 この八百屋さんは、猪の獣人族のおかみさんが切り盛りしているお店です。

 おかみさんは、山のように大きな体と、岩をも砕きそうな太い腕っ節の持ち主ですが、とても気風が良くて、とても優しい目をしていらっしゃいました。


 店先には、色とりどりの珍しい野菜や果物が、所狭しと並べられていました。

 叩くとポコポコと陽気な音を立てる『うたうカボチャ』

 サボテンのようにトゲだらけだけど、剥くと蜜のように甘い『トゲメロン』

 そして、地面から引っこ抜くと「ンーーイグゥぅ!」と断末魔を上げる『マンドラゴラモドキ』の根っこ。

 私には見慣れた野菜たちですが、アカリちゃんは目をキラキラさせて、一つ一つの野菜を珍しそうに眺めています。

 私もいつか、アカリちゃんの世界を見てみたいです。


「あら?アーサー先生じゃないか!今日は髭は付けてないのかい?」

 八百屋のおかみさんの陽気な声に、アーサー様の動きがぴったりと止まりました。


 おかみさんの話では、一昨日の昼頃、なぜかスカートを履いて見事なカイゼル髭をたくわえたアーサー様が、この辺りをうろついていたそうです。

 地面に穴を掘っては何かを埋め、満足そうに頷いたかと思えば、今度は屋根の上に登って、虚空に向かってぶんぶんと腕を振り回していたとか。

 間違いなく、なまず様です。


 近くの床屋の主人さんが、何をしているのか尋ねたところ、

「うむ!悪者に対する備えをしておったところじゃ!ここらの平和は、このワシが守る!!」

 と高らかに宣言し、ガハハと笑いながら颯爽と去っていったそうです。


 一部始終を聞かされたアーサー様は、顔面蒼白を通り越して、もはや土気色になっています。

 手で顔を覆い、今にもその場に崩れ落ちそうです。


 おかみさんは、そんなアーサー様の様子を見て、心底心配そうな顔になりました。

「先生、本当に大丈夫かい?何か悩みがあるなら、いつでも相談においでよ。ほら、これでも食べて元気出しな!」

  そう言って、おかみさんがサービスで持たせてくれたのは、赤ん坊の頭ほどもある、巨大な『びっくりタマネギ』でした。

  アーサー様は、力なくそれを受け取ると、幽霊のような顔をしながら野菜を籠に詰め込んでお会計を済ませると、ふらふらとおぼつかない足取りで、八百屋さんを後にするのでした。

 その背中が、なんだかとても小さく見えたのは、きっと気のせいではないでしょう。


 その後も、料理の調味料を買いに立ち寄った雑貨屋さんでも、アーサー様の受難は続きました。


 そのお店は、エプロンをつけた人の良さそうなおばあさんが一人で切り盛りしている、こぢんまりとしながらも温かい雰囲気のお店です。

 所狭しと並べられた商品棚には、様々な種類のスパイスの小瓶や、色とりどりの毛糸玉、手作りの可愛らしい小物が並び、なんだか見ているだけでワクワクします。


 アーサー様はアカリちゃんに調味料の説明をしながらどんどん籠に調味料を入れています。

 まるで仲が良い兄妹みたいで、本当にほほえましいです。


「あらまあ、アーサー先生じゃないの。こんにちは」

 ふいに店の奥から店主のおばあさんがやってきて声をかけてくれました。

「アーサー先生。今日はいつものお髭に、いつものスカートじゃないのかい?」

 アーサー様のお顔が、恐怖と絶望の色に染まりました。


 おばあさんは、楽しそうにその時の様子を語り始めます。

 アーサー様の顔から、スッと表情が抜け落ちていくのが分かります。

「この前いらした時、とっても素敵な格好だったじゃない。綺麗なレースのついたドレスに、立派なお髭。思わず『まあ、先生!とっても素敵!』って声をかけたら、嬉しそうに教えてくれたのよ。『うむ!これは、リコリスという娘の服を借りてきたのだ!前から一度、着てみたかったのだ!どうだ、似合うかの?』なんて言って、シナを作って見せてくれてね。あまりにもお似合いだったから、おばあちゃん、つい見とれちゃったわ」


 アーサー様の肩が、わなわなと小刻みに震え始めました。

 その背中からは、今にも地獄の釜が開きそうな、黒く、禍々しいオーラが立ち昇っているのが見えます。


「それでね、ちょうど余っていた口紅があったから、『よかったらどうぞ』ってプレゼントしたら、それはもう大喜びで!鏡の前で唇に真っ赤な紅を引いては、悩ましげなポーズを決めちゃって。『うふふ、ワシとしたことが、美しすぎて罪だわ…!』なんて言いながら、シナを作って帰って行ったわよ」


 おばあさんは、そこで言葉を切ると、慈愛に満ちた、本当に優しい瞳でアーサー様を見つめました。

「良いんだよ、先生。自分に嘘はつかなくって。好きな格好をして、好きな自分でいるのが一番さ。ここいらの住人は、みんな理解がある良い人たちばかりだからね。何も心配することはないんだよ」

 その温かい言葉が、アーサー様にとって、何よりも残酷な刃となって突き刺さったようです。

 アーサー様の瞳から、完全に光が消え失せました。

 まるで、魂がどこか遠い世界へ旅立ってしまったかのように、虚ろな目で、ただ、じっと虚空を見つめています。


 私とアカリちゃんは、そっと視線を交わし、無言で頷き合いました。

 これは、触れてはいけない。絶対に。

 おばあさんは、そんなアーサー様の様子には全く気づかず、「はい、これお代ね」と、注文した品物を手渡してくれます。

 アーサー様は、まるで自動人形のように、ぎこちない動きでそれを受け取ると、一言も発さず、店を出ていきました。

 その背中は、先ほどよりもさらに小さく、そして哀愁に満ちているように見えたのでした。


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