083 アカリ、追い出される
083 アカリ、追い出される
結局、アレから私たちは、ギルドの裏口からこそこそと隠れるようにして外に出た。
というか、半ば追い出された、というのが正しい。
今頃、ギルドの中は蜂の巣をつついたような、いや、竜の巣にダイナマイトを投げ込んだような大騒ぎになっているらしい。
そりゃそうだ。
あれだけの大騒動の中心人物たちが、謎の暗転の後、忽然と姿を消したのだから。
その原因の一端が、私のライセンスだと思うと、申し訳なさよりも恐れ多さが勝ってしまう。
今後ギルドに来る時は、私もアーサーさんみたいに、何か顔を隠すものを用意した方がいいかもしれない。
それにしても、さっきの決闘騒ぎは凄かった!
人間って、本気で殴り合えばあんなことになるんだ。
小さい頃、テレビで見ていた戦隊モノのヒーローは、敵の戦闘員をパンチ一発で「やー!」とか言いながら軽々と倒していた。
あれはあれで爽快感があって良かったけど、本当の筋肉と筋肉のぶつかり合いは、雰囲気がまるっきり違う。
まず、重い!
テレビと違って、一撃じゃ全然倒れない。
殴られた人の顔が歪んで、体にダメージがじわじわ溜まっていくのが、見てるこっちまで伝わってくる。
次に、痛い!
武器で殴られたり、切られたりすると、やられた側の人の顔が、もう、見てられないくらい辛そうになる。
そりゃあ、大声で叫んだりして痛さを紛らわせたくもなるよね。
殴られていない私の方が痛くなりそうで、私はずっと目を反らしていた位だ。
そして最後に、残る!
テレビの怪人は必殺技で爆発して跡形もなく消え去るけど、人間同士の戦いは、負けた人が生々しく地面に倒れて、痛そうに呻いてる。
そういえば、今日倒れた人たち、大丈夫なのかな?
さりげなくアーサーさんに聞いてみたら、少しムスッとした顔で、「大丈夫だ。薬を塗っておけば、明日にはピンピンしてる」ってぶっきらぼうに答えてくれた。
そういえば、この世界の薬は効きすぎるって、前に愚痴をこぼしていたっけ。
なんやかんやあって、私たちは家路についていた。
太陽が地平線に沈みかけ、街全体が燃えるようなオレンジ色と、反対側に浮かぶ2つの月の光の深い藍色が混じり合った不思議な光に包まれていく。
頭上では、昼間は淡く光っていた浮遊水晶の街灯が、一つ、また一つと、温かい灯りを強くし始めている。
昼間の喧騒が嘘のように静かになり始めた通りを、私たちは歩く。
虎子さんは、なまず様に例の壊れた虎子さんの具足を見てもらいたいとかで、一緒に『喫茶なまず』に来ることになった。
虎子さんって、普段は街の中に部屋を借りてるんだって。
本当は本屋さんの二階に住んでいたらしいけど、なまず様が家ごと吹き飛ばしたらしい。
え?吹き飛ばした??
今、さらっと流されたけど、一体何をやったの、なまず様…。
怖いけど虎子さんに聞いてみることにした。
「そう言えば、わたくしも詳しくお話を聞いておりませんでした、こちらに帰って来たら目の前が瓦礫の山だったのは、久しぶりに笑わせていただきましたわ」
そう言うと、うふふとたおやかな視線をアーサーさんに向けた。
アーサーさんは気まずそうにあっちを見ながら、なまずがリコリス嬢の服を剥いて襲ってるように見えたんだ、みたいな事をゴニョゴニョと口ごもっている。
「そうじゃ!アレは緊急救命中だったんじゃ!アーサーお主の軽卒な行動でリコリスの蘇生が間に合わなかったらどうしてくれたんじゃ!!」
ソレを聞いたなまず様が、リコリスちゃんの腕の中で髭をピーンとしながら、ヒレをビチビチ叩いて抗議を始めた。
なんかヒートアップしているなまず様をリコリスちゃんが撫でると、撫でるたびに髭がしなしなになっていって、明らかになまず様の怒りが抜けていった。
あれ?
もしかして、なまず様ってリコリスちゃんの腕の中にいるとすごく大人しくなるんじゃない?
コレは世紀の大発見かもしれない。
そんな事を考えていると、アーサーさんは自分でも苦しいとわかる言い訳を始め、トドメを刺したのはシモの一撃だとか言うと、ソレまでコイツ見苦しいクズじゃのって顔をしていたグラちゃんがいきなりアーサーさん側に寝返り、なまず様が壊した建物についての損害額を引き合いになまず様の揚げ足を取り始めた。
それはもう、聞いているだけで頭が痛くなるような、無茶苦茶な理屈の応酬だ。
このままでは日が暮れる、いや、夜が明けてしまう。
そう思った、その時だった。 アーサーさんが、ふと立ち止まった。
そして、私が今まで見た中で一番、苦い虫を百匹くらいまとめて噛み潰したような顔をして、なまず様に向き直った。
彼は、背筋をぴんと伸ばし、美しい90度のお辞儀と共に、心の底から絞り出したような声で言った。 「なまず様。この度は、私の早とちりと思慮の浅さにより、多大なるご迷惑をおかけしました。誠に、申し訳ございませんでした」
その場に、一瞬の静寂が訪れる。
なまず様もグラちゃんも、呆気に取られてアーサーさんを見ていた。
やがて、なまず様は照れたように髭をもしゃもしゃさせながら言った。
「う、うむ!よかろう!アーサーがそこまで言うなら、許してやらんでもないぞ!」
そう言って差し出されたなまず様のヒレを、アーサーさんが固い表情のまま握手した。
その直後、リコリスちゃんが「よしよし」というように、なまず様の頭を優しく撫でた。
そして、アーサーさんの腕の中にいたモズルちゃんも、真似するように触手を伸ばし、アーサーさんの頭をぽんぽんと撫で始めた。
なまず様もアーサーさんも、なんだかんだで満更でもない顔をしている。
…男の人って、単純なのね。
みんなでワイワイと話しながら歩いていると、アーサーさんが不意に重い口を開いた。
「なあ、グラ嬢。明後日の『帰らずの森』の件だが、お前の部下を何人か借りることはできんか?俺とアレクだけでは、正直、手が足りん」
その声には、隠しきれない疲労と懸念が滲んでいる。
するとグラちゃんは、ぷいっと顔をそむけ、明後日の方向を見ながら答えた。
「あー、そーじゃなー。紹介してやりたいのは山々なのじゃが、タイミングが悪いと言うか、大人の事情と言うか、本日はお日柄も良く…」
アーサーさんの眉間の皺が、ぐっと深くなるのが見えた。
「そうか。…アポロンの奴に、もう懐柔された後か」
その言葉に、グラちゃんの肩がピクリと跳ねた。
彼女は、ふー、ふー、と必死に口笛を吹こうとしているけど、音になっていない空気が漏れているだけだ。 あ、これ、誤魔化しようとしてる時の顔だ。
そんなやり取りの後、私たちはとあるT字路に差し掛かった。
私くらいの異世界上級者になると、もう分かる。
左に行けば『喫茶なまず』、右に行けば商店街だ。
そこでアーサーさんが、ふと立ち止まった。
「お前たち、今日の夕飯はどうするんだ?今日は俺のところに客人が来るから、食材を買い足しに行くが、お前たちも食べるならその分も買っておくぞ」
アーサーさんは、本当にどっちでも良さそうな、素っ気ない顔で私たちに尋ねてきた。
「お誘いはありがたいが、妾は明日の準備があるからの。また今度、ご馳走になるぞ」
グラちゃんはそう言うと、アーサーさんの腕からひょいとモズルちゃんを受け取って、左に伸びる道へと歩き出した。
「アーサーの飯か。まあ、今日はご馳走になるかのう。今日は黒騎士姿で頑張ったから、腹が減っておるからのう」
なまず様が、ちょっと恩着せがましく言うと、アーサーさんの眉間の皺がさらに深くなった。
何か言いたいことを、ぐっと喉の奥に押し込んでいるのが見て取れる。
「それでしたら、私もご相伴に預かってもよろしいかしら?なまず様に、私の具足を見てもらいたいのです。あの日、家と一緒にバラバラになってしまって」 虎子さんの言葉に、今度はなまず様が眉間に深い皺を作って、気まずそうな顔をした。
「う、うむ!構わんよ!虎子の具足なぞ、パパパッと直してやろう!まさに、夕飯前の一仕事じゃ!」 そう言うと、なまず様はリコリスちゃんの腕からぴょんと飛び降り、虎子さんの腕の中に飛び移った。 「うわっ、お主!うんこの匂いがするではないか!」
「おほほ、逃しませんわよ」
腕の中で暴れるなまず様を軽々と抑え込みながら、虎子さんも左の路地へと進んでいった。
私とリコリスちゃんは、無言で視線を交わす。
アイコンタクトだけで、私たちの意思は完全に一致した。
二人そろって、アーサーさんの方へと歩みを進める。
異世界の商店街でのお買い物、超興味ありますから!




