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異世界で喫茶なまずはじめました。  作者: カニスキー
第三章 ゴタゴタ新生活
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082 なまず、男たちの殴り合いを楽しむ

082 なまず、なまず、男たちの殴り合いを楽しむ



 怒号にも似た歓声、二つの肉体がぶつかり合う鈍い音!

 おお!なんとも凄まじい迫力じゃ!


 ワシは通じゃからの、ただの力押しよりも、技巧で相手を絡めとる方が好みじゃ。

 がんばれ!ちっこいの!

 そこじゃ、死角から狙うのじゃ!

 …っかーーー!!

 何をやっておる!

 今のは合わせられたであろうが!


 男たちの一撃一撃が決まるたびに、ワシは「今のカウンターは見事じゃ!」「いやいや、もっと腰を入れんと!」などと、的確なヤジ(という名のアドバイス)を飛ばしてやった。

 場が最高潮に達しようとしたとき、ワシの肩をグイっと引っ張る不届き者がおった。


 なんじゃ、今、最高に良いところだというのに!

 少しイラっとしながら振り返ると、そこには初めて見るような、切羽詰まった顔のアーサーがおった。


 はぁ?

 ワシが黒騎士になってこの試合を止めろ?

 馬鹿ではないのか?


 え?

「なまず様、お願いします」じゃと?

 うぁ、気持ち悪い!

 お前から様付けで呼ばれるのは、どうにも背中が痒くなるわ!

 断ろうかと思ったが、アーサーの後ろからリコリスが、そしてアーサーの腕の中からはモズルが、じーーーっと純粋な瞳でこちらを見つめてきおった。


 あぁ、もう、分かった分かった!

 まあ、最近アーサーの姿で少しばかり迷惑をかけた心当たりが無きにしも非ずじゃからの、これで貸し借りはなしじゃぞ!

 隣のグラも「うぁ!もっと面白くなりそうじゃ!」と、瞳をキラキラさせておる。

 やれやれ、仕方のない奴らじゃのう。


 ワシは黒騎士の姿で、決闘場の二人の男たちの間にぬるりと割り込んだ。

 すまんのお前たち、恨むならワシではなく、そこの苦労人の医者を恨むんじゃな!

 ワシが張った結界に阻まれて、二人の男の渾身の一撃は虚しく霧散し、そのまま糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。

 もったいないのう、良い戦いぶりであったのに。


 そんな事を考えておると、凄まじい殺気をまとった虎子が、こちらに襲い掛かってきおった。

 ふむ、売られた喧嘩は買うのが神の嗜みというもの。

 まあ、少しばかり遊んでやるかの。


 彼女が放つ神速の一閃を、ワシは水の流れを表現した結界で、するりとかわす。

 ほう、刃筋が良い。

 人間にしては上出来じゃ。


 返す刀で放たれた次の一撃も、体をぬらりと揺らして避けてやる。

 おっと、思ったより伸びてくるのう。

 ワシの体から生やした水の剣で軽くあしらってやると、虎子の頬をわずかに掠めたようじゃ。


 その瞬間、虎子の雰囲気が変わった。

 怒りの炎が、純粋な闘争心へと昇華されていくのが分かる。

 良いぞ、良いぞ!

 その調子じゃ!


 虎子の剣技は、一合、また一合と打ち合うたびに、洗練されていく。

 最初はただの怒りが混じった感情が、次第に澄み切った闘志となり、ついには殺意という名の、一点の曇りもない鏡のような境地に至った。

 うむ!あっぱれじゃ!


 虎子の神気が淀みなく練り上げられるのを感じる。

「奥義――『刹那神閃・無明』!!」

 虎子が剣を振るう。


 それは、夜空を切り裂く一筋の流星のようであり、宇宙の理の一端にかかった一撃じゃった。

 ほう、これは少しばかり、まずいかもしれんのう。

 あの斬撃は、物理的なものではない。「断ち切る」という概念そのものじゃ。

 下手をすれば、ワシのこの仮の体ごと、因果の彼方へ消し飛ばされかねん。

 

 瞬間的に、本気を出す。

 奴の斬撃がワシを捉える、まさにその刹那。ワシは体を構成する神力を水へと変換し、その場から離脱。同時に、背後に回り込み、最小限の力で拳を叩き込んでやった。


「ぐべっ!!」

 なかなか良い音がしたのう。

 虎子は綺麗に吹っ飛んでいったが、奴の奥義の余波が、ワシの鎧の一部を削ぎ落としていった。


 ふむ、なかなかやるわい。

 ワシが「さて、終わったかの」と一息ついていると、グラがニヤリと笑って指を鳴らした。

 その瞬間、ギルドホールは完全な闇に包まれた。


 数秒後、明かりが戻った時、ワシらはギルドの奥、応接室の一つにいた。

 目の前では、先ほどまで死闘を繰り広げていた虎子が、綺麗な正座をさせられている。

 その姿はまさに牡丹のように堂々として優雅じゃが、その右目には先ほどワシが殴った時についた見事な青い痣が残っており、絶妙な不協和音を奏でておった。

 その隣には、仁王立ちのアーサーが、腕を組んで虎子を見下ろしていた。

 その後ろでは、ギルドの制服に身を包んだアイじゃったかの?がオロオロしながらお茶を運んでいる。 なんとも、奇妙な光景じゃった。


「いいか、虎子。護衛を頼んだ俺も悪かったかもしれん。だが、なぜギルドで無許可のバトルロイヤルなんぞ開催するんだ。ギルドホールがクレーターの見本市になってるし、怪我人も出ている。一歩間違えば死人が出ていたんだぞ」

 アーサーがガミガミとお説教をしておるが、虎子はどこ吹く風じゃ。

「あら、アーサー様。わたくしはただ、最も強い者に護衛を頼もうとしただけですわ。それに、あの戦いはなんと美しかったことか…」

「そういう問題じゃない!」

 まったく反省の色がない虎子に、アーサーの眉間の皺がさらに深くなる。


 ふと、虎子は自分の左手を顔の前に持っていき、くん、と匂いを嗅いだ。その瞬間、彼女の優雅な表情が凍り付いた。

「なっ…!?」

 何度か匂いを嗅ぎ、信じられないという顔で自分の手を見つめておる。


 ワシは得意げに胸を張って教えてやった。

「ああ、それか?それはワシの結界を破った時についた、ささやかなトラップじゃ。2、3日はその手から、熟成されたうんこの香りが取れんぞ!」

  「な……なんですって……!?」

  虎子が、ワシが初めて見るような、絶望と侮蔑が入り混じった顔でこちらを凝視してきた。

 隣では、グラがおぉ!と手を打ち、「それいただきじゃ!なまず、お主は天才じゃの!」と大喜びしておる。


 その時、コンコン、と弱々しいノックの音がして、扉がゆっくりと開かれた。

 入ってきたのは、この世の終わりをその一身に背負ったかのような男。

 副ギルドマスターと名乗りおった。

 目の下には冥界よりも深い隈が刻まれ、折り目正しいはずのギルドの制服はなぜかススで汚れ、彼の自慢であったはずの髪には、書類をまとめるための紐が複雑に絡まり、まるで鳥の巣のようであった。

 その手には、震える小鹿のように、分厚い羊皮紙の束が抱えられている。


「…虎子様、アカリ様の件ですが、ギルド上層部で緊急協議の結果、特例中の特例として、『一週間限定・仮ハンターライセンス・イエロー』を発行することに…なりました…」

 おお、やったではないか。

「ただし!特典は一切なし!ただ壁の外へ出られるというだけの、前代未聞のライセンスです!お願いですから、あまり人に見せびらかさないでください…!それと、ギルドホールの修繕費の見積もりがこちらになりますので、後日、虎子様と黒騎士様にご請求を…」

「あら、請求書ですの?ありがとうございます。では、この前の依頼の報酬から差し引いておいてくださいまし」

「その依頼料では、到底足りません…!」

  副ギルドマスターの悲痛な叫びをBGMに、アカリが神妙な顔でライセンスを受け取り、「ありがとうございます」と頭を下げた。


 すると、虎子がまったく反省していない涼しい顔でこう言った。

「あらあら、良かったではありませんか、アカリさん。これで心置きなくピクニックに行けますわね。そうですわ、帰ってきたら温泉にでも行きましょう!」

  「少しは反省しろ!!」

 アーサーのツッコミが、応接室に虚しく響き渡った。


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