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異世界で喫茶なまずはじめました。  作者: カニスキー
第三章 ゴタゴタ新生活
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081 虎子、激昂する!

081 虎子、激昂する!


 許すまじ!

 この神聖なる死合を邪魔した罪、まさに万死に値しますわ!


 我が心に棲む龍が怒りで荒れ狂い、思考よりも先に体が動きます。

 空間から愛刀『姫鶴一文字』を取り出し、床を蹴って一足飛びに黒騎士との間合いを詰める。

 狙いは、その無粋な鎧!


 空気を切り裂く刃が、邪魔者の喉元へと迫ります!

 黒騎士は、しかし、慌てる素振りも見せません。


 最小限の動きで半透明の結界を展開し、私の斬撃を滑らせるように受け流しました。

 キィィン!と甲高い金属音と共に、オレンジ色の火花が空間に映える。


 なんと美しい音色でしょう!

 滑り切った刀の勢いを殺さず、今度は遠心力を乗せて、結界ごと胴を両断する威力を込めた二の太刀を放ちます!


 しかし、黒騎士は今度は結界に頼らず、まるで骨がないかのように体を反らし、剃刀一枚分の余裕をもって、私の渾身の一撃を回避しました。

 そのしなやかな動き、素晴らしいですわ!


 そして、逸らした体のバネを使い、自らの体の陰から半透明の剣を、恐るべき速度で私に向けて放ってきました!

 私も最小限の動きでそれをかわしますが、彼の剣はあまりにも速く、そして正確でした。

 頬にピリリとした熱が走り、数本の髪がはらりと宙を舞うのが、やけにゆっくりと見えました。


 瞬間に繰り広げられたその攻防を、この場のどれほどの者が見ていたでしょうか。

 一瞬の静寂の後、何が起きたのかを理解した観客たちが、失神寸前の絶叫を上げました。

 普段は決して見ることのできない、ギルド最強と謳われるS級ハンター同士の奇跡の死合が、今まさに目の前で繰り広げられているのですから!


 切られた髪がゆっくりと落ちていくのを目の端で捉えながら、私は慎重に後ろに跳躍して間合いを取ります。

 ふいに頬に感じた違和感を指先でなぞると、そこには鮮やかな赤い血が。


 ああ、素晴らしい。

 このわたくしに、傷をつけましたか。

 指先の血をぺろりと舐める。鉄の味はしませんが、舌先に確かに、燃えるような屈辱の味を感じましたわ。


 良いですわ!良いですわ!

 我がうちに潜む龍が、歓喜に打ち震えています!


 久方ぶりに感じるこの感覚。

 この身を駆け巡る血液がマグマのように熱く滾り、同時に、好敵手を前にした極度の集中が、私の意識を氷のように研ぎ澄ませていく。


「もっとですわ!もっと!あなたの全てを、わたくしに見せなさい!」

 私の咆哮に応えるように、黒騎士の気配もまた、より鋭く、より重くなっていきます。

 再び、二つの影が激突する。


 初めは、観衆のやかましい声援が耳障りでした。

 ですが、黒騎士との剣戟が熱を帯びるにつれ、それは次第に遠のいていきました。


 彼の剣を受ける一撃一撃が、まるで熱した鉄を打つ槌音のように、わたくしの魂に響き渡るのです。

 そうですわ、この戦いは、わたくしの魂を鍛えるための試練。

 彼の剣は槌、彼の鎧は鉄床かなとこ。ぶつかり合うたびに飛び散る火花は、わたくしの心から叩き出される、怒りや迷いといった不純物の最後の輝きなのです。


 一合、また一合と打ち合うたびに、わたくしの心は純度を増していく。

 聴覚はとうに意味をなさなくなり、世界には色と光と、二人の魂が描く美しい軌跡だけが残りました。

 黒騎士の一挙手一投足が、計算され尽くした舞踊の型のように、恐ろしくも美しく、私の目に映ります。


 ああ、楽しい!

 楽しいですわ!私の精神はどんどん研ぎ澄まされ、かつて一度もたどり着いたことのない、孤高の剣の領域へと昇り詰めていくのを感じます。


「オン・ベイシラマンダヤ・ソワカ!」


 見えましたわ。勝利への道筋が。

 わたくしの魂が、龍そのものと化す。

 我が愛刀に、全ての力を、全ての魂を込めて、究極の一閃を放ちます。


「奥義――『刹那神閃・無明』!!」


 それは、もはや斬撃という物理現象ではありません。

 空間そのものを断ち切り、因果律さえも捻じ曲げる、「両断する」という概念そのもの。

 全ての迷い(無明)さえも断ち切る一閃!

 ありがとうございます、ようやくこの域を見ることができました。


 黒騎士も、その一撃が防御不能であることを瞬時に悟ったのでしょう。

 彼がとったのは、防御ではなく、回避。半透明の剣を捨て、全身の力を結界の構築のみに注ぎ、その身を後方へと飛ばしました。


 ですが、無駄ですわ!

 私の「無明」は、結界も、空間も、そして運命すらも断ち切り、黒騎士の体を両断しました!


 やりましたわ!

 そう、わたくしが勝利を確信し、口元に笑みを浮かべた、その時。

 両断されたはずの黒騎士の体が、バシャッ!と音を立て、大量の水に変わって床に落ちるのが見えました。


「水分身!?」


 しまった!

 そう思った瞬間には、もう遅かった。


 眼前には、いつの間にか背後に回り込んでいた黒騎士の、固く握り締められた拳がありました。

「ぐべっ!!」

 私の顔面に、綺麗なカウンターが叩き込まれました。

 衝撃で視界が明滅し、体が宙を舞うのがスローモーションで見えますわ。


 ですが、わたくしも、ただではやられません。

 私の「無明」は、確かに空を切りました。

 しかし、その余波は、空間を引き裂きながら、黒騎士の体を捉えていました。

 彼が放った拳とは逆の、左腕と左足の鎧が、まるで紙のように裂け、その下の体も浅く切り裂かれているのが見えました。


 ああ、なんと素晴らしい。

 わたくしの意識が遠のいていく中で、最後に見たのは、体勢を崩し、膝から崩れ落ちていく、好敵手の姿でした。

 これぞ、まさしく、龍虎相搏つ――。

 我が人生において、最も美しき一瞬でしたわ。


 全てを出し切り、ゆっくりと地面に落ちていく私。その薄れゆく視界の先、観客の中に、見覚えのある犬耳の少女と、眉間に深い渓谷を刻んでこちらを凝視する男の姿が映りました。


 あれ?

 アーサー様???


 あれ…?

 先ほどまで、わたくしは黒騎士と…。

 朦朧とする意識の中、緩やかに思考がまとまっていきます。


 ゆっくりと流れゆく景色の中、犬耳の少女――グラ様が、悪戯っぽくニヤリと笑い、その小さな指をパチンと鳴らしました。


 その瞬間、ギルドホールの熱狂と光が、まるで幕が下りるように、ぷつりと断ち切られます。

 私が地面に倒れ伏すのと同時に周囲は完全な闇に包まれ、ふわりと、誰かに体を抱え上げられる感覚がいたしました。


 嗅ぎ慣れた、薬草と消毒液の匂い。

 ホールに残された人々の喧騒が、遠のいていくのを感じます。

 ああ、心地よい痛み。そして、満たされた魂。


 …そうでしたか。

 そういうことでしたのね。


 この度のお手合わせ、感謝いたしますわ…なまず様。


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