081 虎子、激昂する!
081 虎子、激昂する!
許すまじ!
この神聖なる死合を邪魔した罪、まさに万死に値しますわ!
我が心に棲む龍が怒りで荒れ狂い、思考よりも先に体が動きます。
空間から愛刀『姫鶴一文字』を取り出し、床を蹴って一足飛びに黒騎士との間合いを詰める。
狙いは、その無粋な鎧!
空気を切り裂く刃が、邪魔者の喉元へと迫ります!
黒騎士は、しかし、慌てる素振りも見せません。
最小限の動きで半透明の結界を展開し、私の斬撃を滑らせるように受け流しました。
キィィン!と甲高い金属音と共に、オレンジ色の火花が空間に映える。
なんと美しい音色でしょう!
滑り切った刀の勢いを殺さず、今度は遠心力を乗せて、結界ごと胴を両断する威力を込めた二の太刀を放ちます!
しかし、黒騎士は今度は結界に頼らず、まるで骨がないかのように体を反らし、剃刀一枚分の余裕をもって、私の渾身の一撃を回避しました。
そのしなやかな動き、素晴らしいですわ!
そして、逸らした体のバネを使い、自らの体の陰から半透明の剣を、恐るべき速度で私に向けて放ってきました!
私も最小限の動きでそれをかわしますが、彼の剣はあまりにも速く、そして正確でした。
頬にピリリとした熱が走り、数本の髪がはらりと宙を舞うのが、やけにゆっくりと見えました。
瞬間に繰り広げられたその攻防を、この場のどれほどの者が見ていたでしょうか。
一瞬の静寂の後、何が起きたのかを理解した観客たちが、失神寸前の絶叫を上げました。
普段は決して見ることのできない、ギルド最強と謳われるS級ハンター同士の奇跡の死合が、今まさに目の前で繰り広げられているのですから!
切られた髪がゆっくりと落ちていくのを目の端で捉えながら、私は慎重に後ろに跳躍して間合いを取ります。
ふいに頬に感じた違和感を指先でなぞると、そこには鮮やかな赤い血が。
ああ、素晴らしい。
このわたくしに、傷をつけましたか。
指先の血をぺろりと舐める。鉄の味はしませんが、舌先に確かに、燃えるような屈辱の味を感じましたわ。
良いですわ!良いですわ!
我がうちに潜む龍が、歓喜に打ち震えています!
久方ぶりに感じるこの感覚。
この身を駆け巡る血液がマグマのように熱く滾り、同時に、好敵手を前にした極度の集中が、私の意識を氷のように研ぎ澄ませていく。
「もっとですわ!もっと!あなたの全てを、わたくしに見せなさい!」
私の咆哮に応えるように、黒騎士の気配もまた、より鋭く、より重くなっていきます。
再び、二つの影が激突する。
初めは、観衆のやかましい声援が耳障りでした。
ですが、黒騎士との剣戟が熱を帯びるにつれ、それは次第に遠のいていきました。
彼の剣を受ける一撃一撃が、まるで熱した鉄を打つ槌音のように、わたくしの魂に響き渡るのです。
そうですわ、この戦いは、わたくしの魂を鍛えるための試練。
彼の剣は槌、彼の鎧は鉄床。ぶつかり合うたびに飛び散る火花は、わたくしの心から叩き出される、怒りや迷いといった不純物の最後の輝きなのです。
一合、また一合と打ち合うたびに、わたくしの心は純度を増していく。
聴覚はとうに意味をなさなくなり、世界には色と光と、二人の魂が描く美しい軌跡だけが残りました。
黒騎士の一挙手一投足が、計算され尽くした舞踊の型のように、恐ろしくも美しく、私の目に映ります。
ああ、楽しい!
楽しいですわ!私の精神はどんどん研ぎ澄まされ、かつて一度もたどり着いたことのない、孤高の剣の領域へと昇り詰めていくのを感じます。
「オン・ベイシラマンダヤ・ソワカ!」
見えましたわ。勝利への道筋が。
わたくしの魂が、龍そのものと化す。
我が愛刀に、全ての力を、全ての魂を込めて、究極の一閃を放ちます。
「奥義――『刹那神閃・無明』!!」
それは、もはや斬撃という物理現象ではありません。
空間そのものを断ち切り、因果律さえも捻じ曲げる、「両断する」という概念そのもの。
全ての迷い(無明)さえも断ち切る一閃!
ありがとうございます、ようやくこの域を見ることができました。
黒騎士も、その一撃が防御不能であることを瞬時に悟ったのでしょう。
彼がとったのは、防御ではなく、回避。半透明の剣を捨て、全身の力を結界の構築のみに注ぎ、その身を後方へと飛ばしました。
ですが、無駄ですわ!
私の「無明」は、結界も、空間も、そして運命すらも断ち切り、黒騎士の体を両断しました!
やりましたわ!
そう、わたくしが勝利を確信し、口元に笑みを浮かべた、その時。
両断されたはずの黒騎士の体が、バシャッ!と音を立て、大量の水に変わって床に落ちるのが見えました。
「水分身!?」
しまった!
そう思った瞬間には、もう遅かった。
眼前には、いつの間にか背後に回り込んでいた黒騎士の、固く握り締められた拳がありました。
「ぐべっ!!」
私の顔面に、綺麗なカウンターが叩き込まれました。
衝撃で視界が明滅し、体が宙を舞うのがスローモーションで見えますわ。
ですが、わたくしも、ただではやられません。
私の「無明」は、確かに空を切りました。
しかし、その余波は、空間を引き裂きながら、黒騎士の体を捉えていました。
彼が放った拳とは逆の、左腕と左足の鎧が、まるで紙のように裂け、その下の体も浅く切り裂かれているのが見えました。
ああ、なんと素晴らしい。
わたくしの意識が遠のいていく中で、最後に見たのは、体勢を崩し、膝から崩れ落ちていく、好敵手の姿でした。
これぞ、まさしく、龍虎相搏つ――。
我が人生において、最も美しき一瞬でしたわ。
全てを出し切り、ゆっくりと地面に落ちていく私。その薄れゆく視界の先、観客の中に、見覚えのある犬耳の少女と、眉間に深い渓谷を刻んでこちらを凝視する男の姿が映りました。
あれ?
アーサー様???
あれ…?
先ほどまで、わたくしは黒騎士と…。
朦朧とする意識の中、緩やかに思考がまとまっていきます。
ゆっくりと流れゆく景色の中、犬耳の少女――グラ様が、悪戯っぽくニヤリと笑い、その小さな指をパチンと鳴らしました。
その瞬間、ギルドホールの熱狂と光が、まるで幕が下りるように、ぷつりと断ち切られます。
私が地面に倒れ伏すのと同時に周囲は完全な闇に包まれ、ふわりと、誰かに体を抱え上げられる感覚がいたしました。
嗅ぎ慣れた、薬草と消毒液の匂い。
ホールに残された人々の喧騒が、遠のいていくのを感じます。
ああ、心地よい痛み。そして、満たされた魂。
…そうでしたか。
そういうことでしたのね。
この度のお手合わせ、感謝いたしますわ…なまず様。




