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異世界で喫茶なまずはじめました。  作者: カニスキー
第三章 ゴタゴタ新生活
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078 アーサー、肉塊を抱える

078 アーサー、肉塊を抱える


 なまずとグラ嬢が「アカリと虎子がまだ戻らん!」「迎えに行くのじゃ!」と、子供のように騒ぎ立てるので、俺はアカリたちを迎えにハンターギルドへ向かう羽目になった。


 ここまではいい。

「リコリスに運んでもらうのが一番落ち着くのじゃ!」

 なまずがそう言って、当然の権利のようにリコリスの腕の中にすっぽりと収まってしまった。

 そんなわけで、今、行き場を失った肉塊――モズルが、俺の腕の中でうぞうぞと触手を揺らしている。

 どこか湿った少し高めの体温が、服越しにじわりと伝わってくる。

 道行く人々の好奇と憐れみが混じった視線が、無数の針のように突き刺さる。非常に、痛い。


 昼下がりの大通りは、様々な種族でごった返していた。

 頭上では、昼間でも虹色の光を放つ浮遊水晶の街灯がいくつも浮かび、

 その下を背の高い獣人族の親子連れが人波をかき分け、

 交通整理をする鳥人の甲高い笛の音が響き渡っている。


 そんなカオスな風景を背景に、俺は一つの法則を発見した。

 なまずがリコリスの腕の中にいる時、奴は比較的大人しい。

 これは世紀の大発見かもしれん。

 世界の平和は、リコリスの腕の中にある。


 そんな、どうでもいい考察に思考を逃避させていると、腕の中の肉塊と目が合った。

 複数の潤んだ瞳がじっとこちらを見上げている。

 最初は何なんだコイツと思っていたが、よく見ると触手の動かし方や、控えめな視線の逸らし方、体重の預け方などに、どことなく、たおやかな気品のようなものを感じる。

 グラ嬢曰く、「ワシのところの魔界で評判の美少女」らしい。

 その感性は到底理解に苦しむが……。


「パイモンに献上するつもりだった」と聞いた時は、さすがに一言釘を刺そうかと思ったが、どうやら既にアレクにこっぴどく叱られた後らしい。

 明日、当人同士で会って気持ちを確かめてから、改めてどうするか決めることになったという。

 それでいいのか?と腕の中の肉塊に視線をやると、しなり、と触手を一つ揺らして応えた。

 ……なんだ、本当に可愛く見えてきたじゃないか。不覚だ。


 一つ目の角を曲がると、今度は職人たちの仕事場が軒を連ねる区画に入った。

 ドワーフの鍛冶屋から響くリズミカルな金槌の音、エルフの木工ギルドから漂う甘い木の香り。

 そんな中で、俺はグラ嬢にシモのことを尋ねた。

 あいつがさっきの宝石店に同行していれば、ここまでの惨事にはならなかったかもしれん。


 どうやら温室の花々の世話で忙しいらしい。

「明日、パイモンに会いに行く時は同行するから、今日やれる事はやっておく」とのことだ。真面目な男だ、シモらしいな。

 グラ嬢はシモといる時は比較的、言動が落ち着いている。

 そして、なまずはリコリスに抱えられている間は大人しい。……そうか、これが、この世界の厄介事を最小限に抑える最適解なのか?


 二つ目の角を曲がりながら、俺はパイモンがどんな奴か聞いてみた。

 するとグラ嬢は、うむむ、と唸り、あまり思い出したくない記憶でも掘り起こしているかのような複雑な顔をした。

「同僚、というには厄介すぎる相手じゃな。例えるなら、向こうが大帝国の皇帝で、妾がそれに隣接するそこそこ大きい王国の王、といったところか」

 以前から思っていたのだが、俺が思っているよりずっとこの犬耳少女は偉いのかもしれない。

 話は続く。


「あやつはとにかく古株で、知識量が桁違いじゃ。しかも気位がめちゃくちゃ高い、以前までなら妾ですら見下してきたいけ好かない奴じゃったが…」

「何かあったのか?」

「うむ。思い出したくも無いが、この前、もっとえげつない別の魔王から、何柱かの魔王達に前代未聞の無茶振りがあったのじゃ。その時、妾とパイモンも無茶ぶりを振られまくって、妙な連帯感が生まれての。今ではそれなりの仲になっておる」

 グラは、心底うんざりしたような、それでいてどこか面白がっているような、奇妙な表情でそう説明した。

 どうやら、一筋縄ではいかない関係らしい。


 ついでに、明日の事も聞いてみた。世界の裏側へ行く、などと物騒なことを言っていたが、大丈夫なのか?

「うむ、もう先触れも出して話は通してあるから、多分大丈夫じゃ。任せておけ」

 本当か?その「多分」という言葉が、俺の不安を増幅させるのだが。


 こちらの予定も聞かれたので、明日はアカリを連れて壁の外に行くつもりだと答えた。

 アポロンは「ピクニック」などとふざけた事を言っていたが、アカリの奴が間に受けて、少々危険なハイキング程度に考えている節がある。

 実際に怪獣や超獣の姿を見れば、アカリの頭の中のお花畑も少しは現実色に染まるだろう。


「そうか。お主もアレクも難儀じゃのう」

 グラ嬢が、どこか同情するような、それでいて全てを見通すような目で俺を見た。

 最近思うのだが、気まぐれなアポロンよりも、この幼い悪魔の方がよほど神様のように思える。シモが少し羨ましい。


 三つ目の角を曲がり、人々の喧騒と、馬車の車輪が石畳を転がる音が一際大きくなる。見慣れた大通りに出た。その先に、街の喧騒を睥睨するかのように、石造りの重厚なギルド会館が見えてきた。

 さて、と。

 ここで、この場にいる四名(一柱と一塊と一匹含む)に、絶対に遵守してもらわねばならない重要事項がある。

 俺は辺りを見回し、誰も聞き耳を立てていないことを確認してから、声を潜めて切り出した。


「いいか?これからギルドに入るが、俺が『黒騎士』だということは絶対に秘密にしてくれ。いや、秘密にしてください。お願いします」

 そうだ、このギルドでは俺は「医者アーサー」ではない。ギルドS級ハンター、「黒騎士」なのだ。

 虎子のように正体を明かしていないのには、深い、それはもうマリアナダンジョンよりも深い理由がある。


 始まりは、ほんの出来心だった。

 黒い鎧を新調し、少し浮かれて街を歩いていた時、運悪くチンピラに絡まれている女性に遭遇した。

 軽く捻って名も告げずに去ったはずが、なぜか翌日には「漆黒の鎧を纏いし謎の英雄、颯爽と現る!」などという尾ひれどころか竜の翼まで生えた噂が街中に広まっていた。

 不運なことに、その時には既に「黒騎士」としてギルドに登録を済ませた後だった。

 ギルドマスターの爺さんに「名前を変えてくれ」と頼み込んでも、「ライセンスは身分証も兼ねる重要書類だ、一人一つは絶対の原則じゃ!」の一点張り。


 今では、ギルド内に「黒騎士様を守り隊」なる狂信的な私設ファンクラブが存在し、街の露店では「黒騎士様(想像図)抱き枕」がプレミア価格で取引され、タモンの本屋には俺が全く関知しない『黒騎士物語・悲恋編』なる二次創作小説まで並んでいる始末。


 もし、黒騎士の正体が俺だとバレた暁には、診療所にファンという名のストーカーが押し寄せ、俺は黒く絶望し、アポロンはキラキラと輝く。

 そんな俺の未来が、鮮明に見える。

 医者としての平穏な日常を守るため、俺は今日もこの不本意極まりない二重生活を強いられているのだ。

 俺の血の滲むような告白に、三者三様、いや、三柱三様の反応が返ってきた。

 リコリスは、ただただ真剣な顔で、コクコクと力強く頷いてくれている。いい子だ。

 グラ嬢は、「ぷっ…くくく…!そうか、お主、そんな面白いことになっておったのか!」と、腹を抱えて笑い転げている。

 そしてなまずは、「ずるいぞ!アーサー!ワシも世を忍ぶ仮の姿が欲しい!」と頓珍漢な事を言っている。


 ……不安だ。非常に、不安だ。


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