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異世界で喫茶なまずはじめました。  作者: カニスキー
第三章 ゴタゴタ新生活
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075 アーサーダサい運動着を思い出す

075 アーサーダサい運動着を思い出す


 頑鉄工房から出ると、アカリが明らかに「えー、これぇ?」とでも言いたげな、期待外れの顔をしていた。

 分かりやすい奴だ。まあ、無理もない。

 剣や槍のような華々しい武器を想像していたのだろう。

 だが、生兵法は怪我のもとだ。あのトマホークなら、戦闘よりも『帰らずの森』の道中で、例えば藪を払ったり、木を切ったり、あるいは不意の遭遇戦で投擲したりと、使える場面も多い。

 それに、あの形状と材質なら、神力を込めて振るえば結界に干渉する――いわば物理的な干渉器としても優秀なはずだ。


 これが親の心子知らず、というやつか。

 自分も昔、母親に流行りの格好良い服を買ってくれとねだったのに、なぜか動きやすさ重視のダサい運動着を与えられて、ふてくされた記憶が蘇る。


 そんなことを考えていたら、虎子がすかさずアカリのフォローに入ったようだ。

 ああいう気配りは、本当にしっかりしている。

 まあ、これも良い機会だと、虎子と協力して、アカリに結界について簡単に解説してやった。一撃目はただの物理攻撃、二撃目は神力を込めた対結界攻撃、といった具合にな。

 虎子の奴、二撃目で俺のことをハイエナ呼ばわりしたのを、俺は聞き逃さなかったぞ。

 後で覚えておけ。


 それにしても、俺の結界は虎子には全く刃が立たないのか。

 やはり虎子の強さは俺の何段も上にある。

 その美貌や、時折見せる底知れない性格も含めて、本当に怖ろしい女だ。


 俺と虎子のおかげか、アカリのトマホークを見る目が、心なしか「もしかして、これって結構イケてる武器なのでは…?」と期待の色を帯びてきたように見えた。

 よしよし、その調子だ。


 頑鉄工房を離れ、アカリと虎子はハンターギルドへ、俺はピクニックの物資補給と、もう一つの目的のために冒険者街へと向かう。

 右に折れればギルド、左に折れれば冒険者街、という三叉路で別れることになった。

「じゃあ、アカリを頼む」

「はい、お任せくださいまし」

 たおやかな態度で虎子が答える。

 その笑顔の裏に、アカリへの尋常ならざる執着が隠れているのを知っているのは、ここだけの秘密だ。


「登録も大事だが、ピクニックの同行者も探しておいてくれないか?アポロンが言うにはあと1名は同伴可能らしい」

  俺がそう言うと、虎子は少し申し訳なさそうな顔になった。

「本来なら、わたくしがご一緒するのが最善なのですが、どうしても外せない先約がございまして…申し訳ございません」

  「その代わり、と言ってはなんですが、ギルドで適任者を探してみますわ。これでも、顔は広い方ですのよ」

 知っている。

 むしろ、お前、ギルドの裏の支配者なんじゃないかという噂すらあるぞ。

 下手な貴族より権力持ってるだろ、絶対。


「戦闘力より、アカリを安全に守ってくれる護衛能力重視で探してみてくれ。俺もこれから何件か心当たりをあたってみるから、まだ確定せずに、明後日以降一週間の予定を付けられるかの確認、みたいな感じで話を進めてくれると助かる」

  「心得ましたわ」

 そんな会話をして、アカリと虎子と別れた。

 ギルドへ向かう二人の後ろ姿に、なぜか一抹の不安を感じてしまう。

 アカリ、虎子の毒牙にかからずに無事に帰ってこいよ…。


 さて、俺は一人、冒険者街の奥まった路地裏にある、

 知る人ぞ知る銃工房へと足を運ぶ。

 大通りから一本、脇道に足を踏み入れただけで、世界の色彩と音が、まるでフィルターを一枚通したかのようにくすんで変わった。

 さっきまでの賑やかで健全な喧騒は嘘のように遠のき、代わりに空気がじっとりと重くなった。

 両側から迫る建物のせいで空は細く切り取られ、昼間だというのに足元は薄暗い。

 まず鼻をついたのは、複数の匂いが混じり合った、複雑な濃い匂いだ。

 じめじめした地面から立ち上るどぶの酸っぱい臭い、そこかしこに溜まった汚水、獣人の汗と脂が混じったむせ返るような体臭、そして何の料理かも分からない異国の香辛料の匂いが渦を巻いている。

 一歩進むごとに、ぬかるんだ地面が「じゅぶっ」と嫌な音を立て、自分の足跡に汚れた水が滲み出てくる。


 道の両脇には、何の店かも分からないような、煤けて歪んだ看板を掲げた建物が、互いにもたれかかるようにしてひしめき合っていた。

 ところどころ壁は剥がれ、意味不明な図形や文字のような落書きがびっしりと刻まれている。酒場の開け放たれた扉からは、ドワーフたちの野太い歌声に混じって、誰かの怒鳴り声とガラスの割れる音が聞こえてきた。

 その隣の怪しげな露店では、リザードマンが串に刺した巨大な芋虫を無表情で焼いており、ぱちぱちと油の爆ぜる音と、甘ったるいような、それでいて焦げ臭い匂いが漂ってくる。


 路地裏の影という影に、人影が潜んでいる。

 フードを目深にかぶった男たちや、顔に生々しい傷跡のある獣人たちが、壁に寄りかかったまま、こちらを値踏みするような視線を送ってくる。

 それは品定めするような、あるいは獲物を見定めるような、粘つく視線だ。


 細い路地から出てきた厳つい獣人とすれ違いざまに肩がぶつかる。謝罪の言葉などない。ただ、舌打ちと低い唸り声が聞こえるだけだ。

 今回は運が良かったのか、絡まれることは無かった。

 よそ者が一人で歩くには、あまりに危険な場所。

 常に背後に気を配り、いついかなる方向から襲われても対処できるよう、神経を張り詰めなければならない。

 目的の工房は、そんな下町のさらに奥、もはや看板の文字も風化して読めないような、崩れかけた建物の裏口にあった。


 ポケットから取り出した小さな真鍮の鍵で、錆びついた錠前を開ける。

 この鍵は、工房の主、ガノスに認められた者だけが持つことを許される証だ。

 ミシミシと鳴る階段を登り、2階の工房へと向かう。


 この世界における「銃」という兵器の扱いは、非常にデリケートだ。

 というのも、この世界は基本的に神獣様のお情けで、人間はかろうじて生存権を許されているに過ぎない。

 許された土地で、許されたいくつかのルールを守りながら、日々の生活を営んでいる。

 そんな世界で、俺たちのいた世界のような大規模な工業化の流れが生まれるはずもなく、結果として高性能な火薬や精密な金属加工技術は、一部の特権階級や、俺のような「異世界人」の知識を持つ者、あるいはよほど物好きなドワーフくらいしか扱えない代物となっている。


 そもそも、この世界は怪獣や超獣から採れる素材がデタラメで、ソレから作ったアイテムはわざわざ銃に頼らなくても相応の性能を有する。

 この世界、魔法は使えなくても、魔法みたいなアイテムは結構存在しているのだ。


 そんな制約があるため、高性能な火薬を手に入れるのは非常に難しく、必然的に銃の製造コストも跳ね上がる。銃に拘る奴はよっぽどのもの好きなのだ。

 そんなもの好きな人間が集まるこの路地裏で、「スモーク&バレル」は特別な存在だ。


 ここの主人、ガノスはただの銃職人ではない。

 彼は、この路地裏に点在する各分野の専門家――銃身専門のドワーフの鍛冶屋、革ホルスター専門のリザードマンの革工房、精密な撃鉄ハンマーを作るノームの時計職人、銃床に美しい彫刻を施すエルフの木工ギルド、そして弾丸の雷管に詰める発火薬を調合する怪しげな錬金術師の少女――といった、癖の強い職人たちを束ねる「元締め」のような男なのだ。


「スモーク&バレル」は、それら各工房から納品された最高級の部品を、最終的に一本の銃として組み上げ、調整する、いわばオーケストラの指揮者のような役割を担っている。

 ガノス本人が担当するのは、最も繊細で危険な火薬の調合と、最終的な組み立てだけ。

 だからこそ、ここで作られる銃は芸術品と呼ぶにふさわしく、値段は目眩がするほどお高いのだ。

 ちなみに、ここで扱う一番安い拳銃の弾丸一発で、平均的な四人家族が一月暮らせるくらいの金額だと聞いたことがある。

 正気か?と思うが、それだけの価値が、この世界では「銃」という力にはあるということだ。


 そんなことを考えながら、階段の先の古びた鉄製のドアの前までやってきた。

 ノックをしようとして、手を止める。

 中が何やら騒がしい。

 怒声のようなものと、何かを打ち付けるような鈍い音が断続的に聞こえてくる。

(……面倒事に巻き込まれているのか?)


 一瞬ためらったが、ここで引き返す選択肢はない。

 これがただの厄介な客との口論ならまだいい。

 だが、万が一、この工房の技術を狙った襲撃だった場合、下手にノックをしてこちらの存在を知らせるのは得策ではない。

 俺は息を殺し、ドアノブにそっと手をかけ、勢いをつけて中に飛び込んだ!

「そこまでだ!」

 万が一に備え、即座に結界を展開。自慢じゃないが、俺の結界はこの世界の銃弾くらいなら弾き返す自信がある!

 さらに空間から漆黒の愛刀を抜き放ち、いつでも斬りかかれるように正眼に構える!

 ドアが壁に叩きつけられる轟音は、中にいるであろう不届き者への強烈な牽制になったはずだ。


「「「!?」」」


 その音に、工房の中にいた全員が、まるで時が止まったかのようにピタッと動きを止め、鳩が豆鉄砲を食らったような顔でこちらを見つめていた。


 カオス。


 工房の中は、まさにその一言に尽きた。

 床には、なぜかグラ嬢が仰向けに大の字で寝転がり、きょとんとした顔でこっちを見ている。そしてその隣には……どこかで見たような若い男。

 いや、どこかで見たどころではない。毎朝、鏡越しに見ている世界で一番見慣れた顔。

 そう、俺がいた。


 俺が、グラ嬢の横で同じく大の字になって、目を白黒させている。

 いや、違う。よく見ろ、俺。

 その男の顔には、見事な力強いカイゼル髭が、これでもかと蓄えられていた。

 俺そっくりのカイゼル髭の男が、体をカチンコチンに硬直させたまま、必死に俺から視線を逸らそうとしている。


 さらに部屋の奥に目をやると、工房の主人が石像のように固まる横で、リコリスが困ったような顔をして、胸にピンク色に輝くヌメヌメした肉塊を大事そうに抱えていた。

 何だこの状況、シュールすぎるだろ。


 俺は、腹の底から黒く、ドロドロとした感情が湧き上がってくるのを感じながら、地を這うような低い声で尋ねた。

「おい、なまず……!」

 床に転がったままの、俺の顔をした不審者に声をかける。

 俺の姿をした“何か”は、やけに芝居がかった動きでゆっくりと立ち上がると、コホンとわざとらしい咳払いを一つ。

「はて? ナマズ様とはどちら様のことかのぅ?」

 クルリとカイゼル髭の先を指でいじりながら、澄まし顔でそうぬかしやがった。

 この期に及んで、白を切り通すつもりらしい。

「どう見てもお前だろうが! そのふざけた髭で誤魔化せると思うな!」

 こめかみの血管がドクドクと脈打つのが分かる。

「グラ嬢とリコリス嬢が一緒にいる時点で確定なんだよ! 言い逃れできると思うな!」

「いやいや、ご冗談を。こちらの麗しきご令嬢たちとは、偶然ここで居合わせただけじゃよ。ワシは高貴なるヒゲ紳士。ナマズなどという高貴な神様とは何の関係もないですぞ!」

 俺の頬が怒りでピクピクと痙攣する。こいつ…!


「おい、グラ嬢! 説明しろ!」

 矛先をグラ嬢に向けると、彼女は「えーと、えーと、そのじゃな…」と明後日の方向を見ながら口ごもり、最終的には天井のシミを数え始めた。ダメだこりゃ。

 その隙に、そろりそろりと出口へ向かおうとする偽アーサー。その肩を背後からガシッと掴み、ミシミシと音を立てんばかりに力を込める。

「どこへ行こうというのかな、な・ま・ず!」

  「だ、だから、なまずではないと何度言えば分かるんじゃ! ワシの名はミスター・ムスタッシュ! さすらいの髭紳士じゃ!」

 なぜか得意満面のドヤ顔で言い放った。

 その瞬間、自慢のカイゼル髭がピクピクッ!と生き物のように動く! いちいち、ムカつく野郎だ! しかも俺の顔でそれをやられると、怒りを通り越して殺意が芽生えてくる。


「おい! 店主! そこにある一番デカいハサミをよこせ! そのふざけた髭、根元から削ぎ落とす!」

 俺の怒声に、ようやく金縛りから解けた店主が「お、おう!」と情けない声を上げる。

「ひぃっ! ワシのアイデンティティが!」

 俺が本気だと悟ったのか、なまずは全力で逃れようとしたが絶対逃がさん!

 路地裏の銃工房に、なまずの情けない悲鳴が響き渡るのであった。


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