074 アカリ、トマホークの真価を知る
074 アカリ、トマホークの真価を知る
頑鉄工房を出て、私は手に持ったトマホークをじっと見つめる。
ご丁寧に、ボルガドン槌ノ助と銘が入った革製のケースまでサービスでつけてくれた。
うーん、アーサーさんに武器代を出してもらって手に入れた初武器だけど、正直なところ、もっとこう……剣とか弓とか、せめて槍とか、そういうファンタジー世界の冒険者っぽい武器が良かったなぁ、なんて思っちゃう。
斧って、なんだかこう、ヒャッハー!な感じの、序盤でやられちゃう敵キャラが持ってそうなイメージなんだもん。
私が眉間に皺を寄せてトマホークと睨めっこしていると、虎子さんがふわりと良い香りを漂わせながら、悪戯っぽく微笑んで話しかけてきた。
「アカリさん、なかなかの業物が手に入りましたわね」
そう言うと、虎子さんは私のトマホークに「ちょっとお借りしますわね?」と目で合図を送ってくる。
私も「どうぞどうぞ!」と目で返すと、虎子さんはトマホークを革ケースから音もなく抜き放ち、まるで新体操のリボンのように軽やかに、しかし鋭く宙を舞わせ始めた。
ヒュンッ!ヒュンッ!と風を切る音。
トマホークが虎子さんの手の中で生きているみたいに回転し、陽の光を浴びて鈍色の刃がきらめく。
目で追うのがやっとの、その華麗で力強いトマホーク捌きに、私は完全に度肝を抜かれていた。
え、虎子さん、もしかして元新体操部のエースとかだったりするの!?
「おい!虎子!一応ここは街中だぞ!危ないだろうが!」
アーサーさんが呆れたように、でも少しだけ焦ったように虎子さんをたしなめる。
けれど虎子さんは、まるで舞を舞うようにトマホークを空中に高く放り投げ、落ちてくるところを寸分の狂いもなくパシッと掴むと、その切っ先をアーサーさんに向け、妖艶な笑みを浮かべた。
「あら、ご心配には及びませんわ、アーサー様。ここは頑鉄工房の敷地内、それに何より、アカリさんがこの子の本当の力を早く知りたがっていると思いましてよ?」
アーサーさんは「はぁ……」と深すぎるため息をつくと、諦めたように私の方を向いた。
「アカリ、どうせなら剣が良かったって顔に書いてあるぞ。だが、俺も虎子も、このトマホークは『当たり』だと思っている」
うわっ!やっぱりバレてた!ごめんなさいアーサーさん、せっかく買ってくれたのに!顔に出やすいってよく言われるんだよね、私……。
「さて、じゃあなんでこのトマホークが当たりなのか、特別講義をしてやる。よく見ておけ」
アーサーさんがそう言うと、虎子さんに鋭く目配せをした。
次の瞬間、虎子さんの雰囲気がガラッと変わる。
さっきまでの優雅な舞のような動きから一転、まるで戦場を駆ける黒豹のような、獰猛なオーラが立ち昇った!
「では、参りますわ!」
虎子さんがトマホークを振りかぶったかと思うと、凄まじい速度でアーサーさんに斬りかかった!
振り下ろされたトマホークの刃が、アーサーさんの眉間めがけて吸い込まれるように迫る! 「ひぃっ!」
思わず目を瞑りそうになった、その瞬間! ギャギィィィィィンッッ!! 鼓膜を劈くような甲高い金属音と共に、火花が激しく飛び散った!アーサーさんの目の前に、まるで透明な盾が出現したかのように、虎子さんのトマホークが弾かれたのだ!
「な、な、何今の!?」
目を丸くして固まる私。
アーサーさんと虎子さんは、まるで何事もなかったかのように涼しい顔をしている。
え、今の、絶対死んだと思ったんですけど!?
「これが、結界だ。慣れてくれば、常時展開したり、結界の性質を変化させたりすることも可能になる」
アーサーさんが、こともなげに説明する。
「強度は、お前が最初に張るような初期の結界でも、厚さ1センチくらいの鉄板と同じくらいはある。……もっとも、魔獣と呼ばれるような連中は、これより凄いのを何層も、しかも常時展開していると考えた方がいいがな」
「えええええ!?結界を何層も!?そんなのどうやって倒すんですか!?」
結界を張れるようになるかもしれない自分を喜んでいいのか、魔物のチートっぷりを悲しむべきなのか、私の頭は完全にキャパオーバーだ!
「まあ落ち着け。そんな結界も、破壊する方法はある。単純に、結界の耐久力を上回る物理的な力で正面からぶち破るか、あるいは結界の構成そのものに干渉して脆くするか、だ」
「構成に干渉……?それって、どうやるんですか?」
「アカリに分かりやすく説明するなら……気合だ」
「また気合ですかぁ!?」
思わず叫んでしまった!私が欲しいのは、そんな精神論じゃなくて、もっとこう、具体的な方法なんです!
「コマンド入力で必殺技!」みたいな!
「まあ、そう怒るな。理論の方は、後でみっちり仕込んでやる。とにかく、次の攻撃がその『気合』が入った攻撃だ。よく見ておけ」
アーサーさんが再び虎子さんに目配せをする。虎子さんは、さっきまでの遊びのような雰囲気は消え、真剣な、それでいてどこか楽しそうな、挑戦的な笑みを浮かべた。
「では、お覚悟を!アーサー様!我が魂の一撃、お受けくださいませ!」
虎子さんの体から、先ほどとは比較にならないほどの、ビリビリと肌を刺すような闘気が立ち昇る!
トマホークの刃が、まるでそれ自体が意志を持ったかのように、禍々しいほどの輝きを放ち始めた!
「ハイエナ死すべし! はあああああああっっ!!」
虎子さんの裂帛の気合と共に、トマホークが閃光を伴って振り下ろされる!
それはもう、斬撃というより、稲妻が落ちたかのような、圧倒的な破壊の奔流!
ズバァァァァァァンッッ!!!
先ほどとは比べ物にならない轟音!
アーサーさんの結界が、まるで薄いガラス細工のように、いとも簡単に両断された!
砕け散った結界の破片が、光の粒子となってキラキラと宙に舞い、そして霧散していく。
アーサーさんは、わずかに眉をひそめて虎子さんを睨みつけたが、虎子さんは「あら、お見事ですわ、アーサー様。受け止めてくださるとは」と、オホホと扇子で口元を隠す貴婦人のように、優雅にその視線をいなした。
「……まあ、こんなふうに、攻撃に『気合』――正確には神力や魔力、あるいは純粋な意志の力を乗せることで、結界に対する干渉力が増し、破壊しやすくなる」
「もちろん、なぜこんな現象が起こるのか、その理論的な説明は後でみっちり仕込んでやるが……要は、気合を乗せろ、ということだ」
いや、だからその気合が難しいんですけど!
でも、今の虎子さんの攻撃、めちゃくちゃカッコよかった!
私もあんな風になれるのかな!?
「話が少し逸れたが、なぜトマホークか、だ。武器としてもそこそこ使えるし、森の中では武器以外の用途――例えば木の伐採なんかにも便利だ。もっとも、アカリは今回のピクニックで積極的に戦う必要は全くない。あくまで道中の草払いや、万が一の時の護身用だと考えておけ。だが、それ以上に、お前のような素人でも『気合を乗せる』イメージがしやすいという利点がある」
アーサーさんが、私の顔をじっと見て言う。
「剣や槍なんて、まともに扱ったこともないだろう?その点、このトマホークなら、例えば、固い木を叩き割るイメージで力を込めて振り下ろせば、自然と結界を破壊する『気合』に近いものが乗るかもしれん。まあ、剣や槍は、今回生き残って、ハンターとして経験を積んでから、ゆっくり自分に合ったものを探せばいい」
虎子さんが、優雅な手つきでトマホークを革ケースにしまい、私に返してくれた。
ずっしりと重いトマホーク。
さっきまであんなに華麗に、そして恐ろしいほど鋭く舞っていたのが嘘みたいだ。
でも、虎子さんのあの神技みたいなトマホーク捌きと、アーサーさんの言葉を聞いて、なんだかこの無骨な斧が、すごく頼もしい相棒に見えてきた。
「よし!私、このトマホークで頑張ってみます!」
私はトマホークを胸に抱きしめ、決意を新たにするのだった。




