069 受付嬢ミミ、特級クエストを用意する
069 受付嬢ミミ、特級クエストを用意する
「ミミ、入ります!」
ギルドの奥にある、S級ハンター専用の個室。
私は山積みの特級クエストファイルの中から、特に緊急性の高いものを厳選した数枚を抱え、深呼吸一つして扉をノックした。
外のホールが心なしかザワついているのは、きっと虎子様がいらっしゃっているという噂が広まっているからだろう。
「また虎子様が何かデカいヤマをやるらしいぞ!」なんて声が聞こえてきそうだ。
まったく、このギルドのハンターたちは、虎子様のことになると目の色が変わるんだから。
「どうぞ」
凛、としながらもどこか柔らかな声が返ってくる。
失礼します、と扉を開けると、そこには我がギルドが誇るトップハンターの一人、虎子様が優雅にお茶を飲んで待っていらっしゃった。
長い黒髪をきっちりと結い上げ、今日も今日とて完璧な和装姿。
その佇まいは、まるで戦場に舞う黒百合のようだ。
「お待たせいたしました、虎子さん」
私は営業スマイルを顔に貼り付け、虎子様専用の受付嬢として、恭しく挨拶をする。
虎子様は「ありがとう、ミミさん」と、ふわりと微笑んでくださった。
ああ、今日も美しい。この笑顔が見られるなら、多少の無茶振りも許せてしまうのだから、我ながらチョロい。
…まあ、その無茶振りが常軌を逸していることが多いのだけれど。
壁にかかった「討伐目標達成者ランキング!(S級部門)」では、ここ数ヶ月ずっと奇妙なことになっている。
堂々の1位は「“竜狩り”のグレン団」(4人組パーティー)
2位「“月影の”シルヴァニア隊」(これも4人組)
3位「“鉄壁”のドワーフ戦斧団」(もちろん4人組)
4位「“疾風”のフォックステイルズ」(言わずもがな4人組)
そして5位に、燦然と輝く「虎子様」
そもそもソロとパーティーを同じ土俵で比べるのがおかしいのだけど、虎子様の強さはそういう次元を超越しているのだ。
そういえば、たまにギルドにふらりと現れては、とんでもない依頼をさらっと解決していく神出鬼没の「黒騎士」様もこのギルドに所属している。
本当に規格外の猛者ばかりで胃が痛いわ。
「それにしても、先日の局地的地震でお住まいが全壊されたとか…本当に大変でしたね。お怪我はございませんでしたか?」
「ええ、ご心配には及びませんわ。建物は少々残念なことになりましたけれど、地震とあらば致し方ありませんもの」
虎子様は、まるで「あら、お茶をこぼしてしまいましたわ」くらいの気軽さで、あっさりとおっしゃる。
いやいや、家が全壊って普通はもっとこう、人生終わったレベルの絶望の淵に叩き落とされる出来事ですよ!?
このお方、本当に肝が据わりすぎている。
ギルドマスターなんて、自分の家の植木鉢が割れただけで三日寝込んでたのに。
「銀行のカードも再発行中でいらっしゃるとか。当面のご資金、ギルドの方でご用立てできますが…」
「まあ、ご親切に。ですが、ご心配には及びませんわ。最近、少しばかり鍛錬を怠っておりましたし、この機会にリハビリがてら、少々派手に暴れてまいりますの」
虎子様は、それはもう嬉しそうに、それはもう楽しそうに、ニコニコと微笑んでいらっしゃる。
リハビリ…ですか。
虎子様のリハビリって、確か前回は「ちょっと肩慣らしに」と、火山地帯の主と名高いレッドワイバーンを単独討伐して、その素材で作った特製ちゃんちゃんこをギルドマスターにプレゼントしてませんでしたっけ?
あれ、ギルドマスター、「これでワシも無敵じゃ!」とか言いながら嬉しさのあまり三日三晩ドヤ顔で着てたな…。
その前は「少し森の空気を吸ってくる」と言って、グリフォンを手懐けてギルドの屋根に住まわせようとして大騒ぎになったりもしたっけ…。
「えーと、それでは、虎子さんにおすすめのクエストをご紹介しますね。今回は、難易度よりも拘束時間が短く、緊急性が高いため報酬が多めに設定されているものを選んでまいりました」
私は気を取り直し、抱えてきたファイルの中から3枚を虎子様の前に差し出した。
超獣型が2枚に、怪獣型が1枚。
どれもこれも、並のS級ハンターでも「え、これ、3週間くらい準備期間もらえませんかね…?」と尻込みするような、一癖も二癖もある危険な獲物ばかりだ。
ちなみに、掲示板の初心者向けクエストは「薬草採取・イノシシに注意!」とか「ゴブリンの巣穴清掃・汚れてもいい服で!」みたいな、平和なものばかりなのに。
虎子様は、優雅な手つきでファイルを受け取り、真剣な眼差しで目を通し始める。
どの獲物とご自身の相性が良いか、慎重に吟味されているのだろう。
…と、思ったのも束の間。
虎子様の口元が、ふにゃり、と緩んだのが見えた。
え?
気のせい?
いや、虎子様の周りに、なんかこう、ピンク色のフワフワしたオーラと、キラキラした効果音が見えるんですけど!?
あれは恋する乙女のオーラ!?
いやいや、虎子様に限ってそれはない…はず…!
「全部ですわ」
「え?」
思わず、素っ頓狂な声が出た。
聞き間違い?
いや、でも虎子様は、それはもう晴れやかな、一点の曇りもない笑顔で、はっきりとそうおっしゃった。
「この『鋼鉄の翼竜 メタルウイング』を3日日で撃破し、その返す刀で移動を開始。
それから4日後には『灼熱の地蛇 マグマスネーク』―を仕留めますわ。
そうなれば、あとは『古代暴君 ティラノザウルス・レックス』。
これなら、少しくらい疲労が残っていようとも、余裕をもって屠ることが出来ますわね」
受付嬢ミミの脳内は、虎子様の華麗なる討伐プランを聞いて、完全にキャパオーバーを起こしていた。
何言ってるんですかこの人!?
明日三日でメタルウイング!?
四日後にマグマスネーク!?
ティラノに至っては「余裕をもって屠る」ですって!?
あの古代暴君を!?
まるで近所のスーパーに特売の卵を買いに行くような気軽さで!
普通のハンターなら、メタルウイングだけで一週間は準備して、討伐に成功したら祝杯あげて三日は休むレベルですよ!?
「いえいえいえ!虎子さん!?なんでそんなに生き急いでいらっしゃるんですか!?そのスケジュール、物理的に可能だとしても、他のハンターさんの体の方が持ちませんよ!?」
私の悲鳴に近いツッコミも、虎子様にはどこ吹く風。
「ミミさん、わたくしには、お迎えに行かなければならない、それはもう愛らしいウサギさんがいらっしゃいますのよ!」
「え?ウサギ…ですか?」
「ええ。早くいかないと、良い匂いがとんでしまいますでしょう?」
虎子様は、うっとりとした表情で遠い目をしておられる。
…ダメだ、今日の虎子様、いつもに増してちょっと、いや、かなりおかしい。
虎子さんって、たまに?
いやちょくちょく、本当に変な事をおっしゃるから困る。
「…今おっしゃったプランで、本当に実行可能とお考えで?」
恐る恐る尋ねると、虎子様は「当然ですわ」と、自信満々に頷かれた。
「いや、あの、確かに虎子さんならお一人でも可能かもしれませんが…バディの手配とか…まあ、虎子さんと組みたいというハンターは後を絶たないので、ギルドの廊下で『虎子様と組めるなら我が魂、悪魔に売り渡しても悔いなし!』とか叫びながら土下座合戦が始まるのは目に見えてますが、それにしてもこの短期決戦は…」
普通なら、こんな無茶苦茶なスケジュール、冗談でも提案しない。
だが、目の前のこの方は、そんな常識を何度も、それこそ鼻歌交じりに覆してきた猛者中の猛者なのだ。
虎子様専用窓口受付嬢としてお仕えしてきた私も、昔に比べてこういう突拍子もないご発言に驚きが少なくなっている自分に、確かな成長を感じていた。
…感じたくなかったけど。
「え?よろしいのですか?本当に、そのスケジュールでクエスト、組んでしまいますからね?後からの変更は、ちょっと、その、色々と大変なことになるかと…」
「もちろんですわ。よろしくてよ、ミミさん」
ああ、もう。虎子様がそうおっしゃるなら、私に止める術はない。
私は、遠い目をしながら、震える手で虎子様の驚異的な討伐スケジュールを書き込み始めた。




