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異世界で喫茶なまずはじめました。  作者: カニスキー
第三章 ゴタゴタ新生活
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064 アレク、ゾクゾクする

064 アレク、ゾクゾクする


 ゾクゾクしてきた。

 この感覚、間違いない。

 俺の異世界滞在許可証の有効期限が、あと10分くらいで切れそうだ。

 やれやれ、楽しい時間はあっという間ってやつだな。

 あの後、肉塊ちゃんにバレないように、そっとハンカチで手を拭きながら、俺はなまずにピクニックへの参加を打診してみた。

 まあ、ダメ元だ。一応な。


「なまずよ、かくかくしかじかで、アカリの帰還用ゲートがヤバい森の奥にあるんだが、ピクニックがてら一緒に行かねぇか?お前のその神々しい粘液で、魔獣くらいイチコロだろ?」

 俺の渾身のセールストーク!どうだ!


 なまずは、俺の言葉を聞くと、しばし黙考しておった。

 その丸い瞳が、リコリスとアカリの間を何度か往復し、そして、苦渋に満ちた表情で、深いため息をついた。

「……アレクよ。誘いは、まことに、まことにありがたいのじゃが……」

 その声は、いつもの自信に満ちたものではなく、どこか弱々しく、そして悲しげじゃった。

「リコリスの声は、一度加工されたりすると、もう二度と元には戻らん。ワシは……ワシは、リコリスを、太陽のような笑顔に戻してやりたいのじゃ。じゃから……すまぬ、アカリ。今回のピクニックだけは、ワシは……」


 なまずは、言葉を詰まらせ、アカリに向かって深々と頭を下げた。

 その姿は、神の威厳などどこにもなく、ただただ、一人の少女の未来を案じる、小さな、しかし誠実な保護者のようだった。

「アカリよ……本当に、すまん。ワシの勝手な都合で、お主をこんな危険な目に合わせることになってしもうて……。万が一……本当に万が一のことがあったら……大変不本意ではあるが……アポロンを頼るのじゃぞ。あやつ、ああ見えてもやる時はやるはずじゃ。とにかく、絶対に無茶はするでないぞ。お主の無事を、ワシは心から願っておるからのぅ……」

 その言葉には、嘘偽りのない、真摯な響きがあった。


 うん!知ってた。百パーセント知ってた。

 なんなら、こっちから誘う前に断られるまでテンプレだと思ってた。

 なまずの奴、リコリスのことになると、途端にポンコツになるからな。

 ふーん、リコリスの声ねぇ。

 余裕があるような無いような、なんとも言えん状況だな。


 なまずの紳士な態度にアカリは仕方ないなぁと言った顔をしてなまずをギュッと抱きしめていた。

 いつの間にかそこにリコリス嬢も加わってなまずがオイオイと涙を流していた。

 グラ嬢もその輪に入っていったので、じゃあ俺もって美少女の間に割り込もうとしたら、透明な見えない結界に阻まれた!

 いいじゃん!けち!

 肉塊ちゃんが触手で頭を撫でてくれたから悔しくないもんね!フンだ!


 そんなわけで、なまず達のパイモンもうでの出発は明日らしい。

 これもアポロンの掌の上なのだろうなー。

 昨日の夜、グラ子にリコリス嬢をみせていたところから、あのキラキラ神は全て計算済みで動いていたんだろうね。

 どんだけ、性格がねじくれてるんだ、あの神様は!

 太陽神じゃなくって、陰険の神の間違いじゃ無いのか?

 イケメンとインケンって、字面もなんか似てるしな。

 うん、絶対そうだ。


 あぁ、またゾクゾクしてきた。

 まずいな、あと帰還まで5分くらいか?

 よし、最後のタスクを終わらせるとしよう。

 俺はアカリを連れて、グラ子の花屋の外に出た。


「アカリ、そろそろ俺は時間だ。強制送還される」

「どんな風に帰還するんですか?やっぱり、ナマズ様みたいに口から……?」

 アカリが、若干トラウマを刺激されたような顔で聞いてくる。

「それはみてのお楽しみだな。まあ、ナマズよりは百万倍マシな方法だって保証するぜ」

 そう言って、俺はアカリの手に、そこらで拾った適当な石ころを握らせた。


「よし、アカリに宿題を与える!まずは、その石を俺に向かって投げてみろ!」

「え?石、ですか?」

 アカリが、頭の上にハテナマークを乱舞させながら、俺と石ころを交互に見ている。

「おう!まずは軽くで良いから、思い切って投げてみろ!」

 俺は指をちょいちょいと曲げて、アカリを挑発するように促す。

 アカリはまだ戸惑っているようだが、意を決したのか、アンダースローでゆっくりと石を投げてきた!

 まるで、初めてキャッチボールをする幼稚園児のような、可愛らしいフォームだ。


「ふん!」


 俺は気合いを入れて、体の内側から湧き上がる力――神力を練り上げ、目の前に不可視の壁、すなわち結界を生成する。

 アカリが投げた石は、空中でカキン!と軽い音を立てて結界に弾かれ、地面にコロンコロンと虚しく転がった。


「え?え?何ですか、今の!?」

 アカリは目を真ん丸にして、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で俺と結界を交互に見ている。

 うんうん、良いリアクションだ。


「詳しくはアポロンあたりに聞けば良いが、俺たち異世界から来た人間は、実は、まあまあ神様に近い素材で出来てるらしい。アストラル体だったかな?魂そのものがこっちに来てる、みたいな?」

 アカリは面白そうに、俺が生成した結界をツンツンと指で突いている。

 ねぇ、聞いてる?

 大統領は今、割と大事な話をしているつもりなんだけど。


「って訳で、俺が帰ってくる3日後までに、アカリはコレが出来るようになっておく事!」

 俺の言葉に、アカリはようやく結界から顔を上げ、びっくりした顔でこっちを見つめる。


 あっ、ちゃんと聞いてたのね。

 よろしい。


「え?え?どうやってやるんですか、それ!?」

「気合い!」

「え?気合い、ですか……?」

 まあ、俺がこの結界を安定して張れるようになるまで、血反吐を吐くようなヘラクレスブートキャンプを3ヶ月は続けたが、アカリは若い!


 若さとは!

 3ヶ月かかる修行を、気合いと根性とパッションだけで3日でやり遂げる無限の可能性の力のことさ!多分!知らんけど!

 まぁ、三日では絶対無理だと思うが、アーサーが何とかするだろ!多分!知らんけど!


 あっ!心のピコリンタイマーが、けたたましく点滅を始めた。残り3分くらいか。

「俺たち異世界人は、残念ながらこの世界の便利な魔法具は使えない!だが、その代わりに異界のことわり、いわゆる神力しんりきってやつが使えるのさ」

 アカリの目が「何言ってるんだコイツ、大丈夫か?」って感じでコッチを見ている。

 大丈夫だ、問題ない。


「神力は超強力だが、その分、制御が難しいわ、間違ったら自爆して危ないわで、最悪世界の法則に影響が出るわで、出来れば使わないに越したことが無い、伝家の宝刀みたいなもんだ!」

「だが、今度のピクニックには、いや!この先生きのこるには、自分の身を守る結界くらい張れないと話にならない!」

「本当は、俺が手取り足取りで教えるのが1番なんだが、もう時間が無い!」

「いいか?よく聞けよ、アカリ!結界の張り方は、グラ嬢かアーサーかアポロン、まあ、ギリギリなまずに聞け!間違ってもヘベ様やタモン様、それと虎子には絶対に聞くな!死ぬぞ!マジで!」

 ここでヘベ様に教えを乞うと、旦那のヘラクレス様にスパルタ教育を丸投げされて、3日後帰ってきたらアカリがターザンもびっくりのアマゾネスになってるかもしれない。

 お願いだから、可愛いJKのままでいてね。 俺の目の保養のためにも。


 あぁ、心のピコリンタイマーが、最後のカウントダウンを告げるように、激しく明滅を始めた。

 何か聞きたそうな顔でこっちを見ているアカリが、俺の体の変化に気が付いたのか、その目を驚きに見開いている。

 俺の足元から、体がゆっくりと透け始めていた。

 輪郭がぼやけ、金色の光の粒子が、まるで蛍のようにふわりと周囲に舞い始める。


「んじゃ、そろそろみたいだから、また3日後な!宿題、頑張れよ!」

 俺はアカリに向かって、悪戯っぽく片目をつぶると、最後にニッと笑いかけた。


 次の瞬間、俺の意識は黄金の光の中へ溶けるように落ちて行った。

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