063 アレク、神の一杯について語る
063 アレク、神の一杯について語る
おっと、体がブルブルっと来た。
これは、異世界滞在残り時間30分を切った合図だな。
この残り時間は一秒たりとも無駄に出来ない。
俺たちはヘベ様に見送られながら、バー「ネクタル」を後にした。
いやー、それにしてもだ。
「良かったなアカリ!ヘベ様が一杯カクテル作ってくれるってよ!」
俺はアカリの肩をバンバン叩きながら、自分のことのように大興奮していた。 「え、えっと……そんなに凄い事なんですか?」
アカリは、まだ事の重大さがピンと来ていないのか、きょとんとした顔で小首をかしげている。
「凄いなんてもんじゃないぞ!あの酒と青春の女神ヘベ様が、アカリ、お前のためだけに作ってくれるオーダーメイドカクテルなんだぞ!例えるなら、そうだな……ギターの神様、ジミ・ヘンドリックスがアカリのためだけに弾き語りしてくれるようなもんだ!」
「じみ……へんどりっくす……さん?」
あっ、ダメだ、こいつわかってない。
キラキラした瞳でこっちを見ているが、絶対「誰それ美味しいの?」って顔してる。
「じゃあ、漫画の神様、手塚治虫がアカリのためだけに4コマ漫画付きの絵日記を毎日描いてくれるようなもんだぞ!」
「うーん、何となくわかるような……わからないような……?」
手強すぎる、コレがジェネレーションギャップというやつか!
俺のナウでヤングな感性も、現役ティーンには霞んで見えるというのか!
「いいか、アカリ!そこらへんの酒好きの金持ちが、全財産差し出して、なんなら裸で五体投地しながら『ヘベ様!一生のお願いです!どうか一杯!』って泣きついても、ヘベ様は気に入らない人間には水道水すら出してくれねーんだぞ!っていうか、ヘベ様に酒を作ってもらえる人間なんて、そもそも有史以来、指で数えられるくらいしかいないんだぞ!」
「多分、裸で土下座するような人は、そもそもヘベ様に気に入られないと思いますけど……。でも、そうかぁー、そんなに凄いことなんですねー」
よし!
事の重大さが少しはわかったようだな!
ヘベ様の一杯が人生最後の一杯にならないように、おじさんも頑張ってアカリを元の世界に帰してやるか!
って事で、次に来ましたのは、グラ子の花屋さん!
まあ、ダメ元でなまずのピクニック参戦を打診してみますか!
そんな感じで、花屋の中にズカズカ入って行くと、なまずとグラ子、そしてリコリス嬢が、世にも奇妙な物体を囲んでいた。
それは、なんとも名状しがたい、ぶよぶよとした巨大な肉塊。
その肉塊に、三人はキャッキャウフフと楽しそうに、色とりどりの花やら、フリルのついたレースやら、果ては宝石がジャラジャラついたネックレスやらを、ブスブスと突き刺したり、グルグルと巻きつけたり、無理やり引っ掛けたりしていた。
肉塊はフルフルと小刻みに震えながら、なまず達の熱烈なる美的センスの暴力に耐えているようだ。
肉塊にまばらに存在する、潤んだ大きな瞳からは、涙なのか体液なのか判別不能な液体がキラキラと流れ落ちている。
うん、どう見ても悲しみの色だ。
「ちょちょちょ、待て待て待てい!」
俺はなまず達と肉塊ちゃん(仮)の間に割って入り、その謎の儀式なのか、手の込んだいじめなのか判別不能な行為を緊急停止させた。
「むぅ!良いところじゃったのに!」
「邪魔をするでない!このアレクめ!」
なまずとグラ子が、まるで悪事を邪魔された子供のように、抗議の声をあげてくる。
「止めて悪かったが、ほら、肉塊ちゃんも泣いてるじゃないか?とりあえず説明をしてくれ、説明をな!」
俺の背中に隠れるようにして、肉塊ちゃんがプルプルと震えている。
よしよし、もう大丈夫だ!おじさんが守ってやるからな!
「泣いてる?そいつはいつも体液を垂れ流しておるんじゃぞ!涙では無いわい!よしんば涙だとしても、それは嬉し涙じゃ!」
「そうなのじゃ!モズルの幸せを奪うでない!」
グラ子となまずの声が綺麗にハモる。
君たち、いつの間にそんなに息ぴったりになったんだ?
「まぁまぁ、お二人さん、落ち着いて。とにかく説明しような?納得したら肉塊ちゃんを返すから!」
そう言うと、グラ子となまずはプンスカ怒りながらも、事の経緯を話し始めた。
要約するとこうだ。
リコリス嬢の声は、何者かによる呪いの対価として奪われている。
ふむふむ。
声の在処を調べる為、世界の裏側にあると言う、パイモンという大悪魔の支配する『知識の園』(意外と普通の名前だった)に行く事にした。
ほうほう、それで?
そのパイモンとかいう大悪魔は、とにかく気位が高く、超絶強力な悪魔なので、まずはお土産作戦でご機嫌を取る事にした。
ふむ?貢物でもするのか?
そして、貢物と言えば、やっぱり美女!
というわけで、グラ子の支配する魔界でも評判の美人(?)である、グラ子の配下の一人、ギガルの愛娘、モズルちゃんをパイモンに嫁がせようと、今、絶賛おめかし中だったと……。
お前らに人の心とか無いんかい!!
あっ、そうだった。悪魔と神様だったわ。
人の心がある方がおかしいか。
「何が問題じゃ!?我らは声の在処を知れる、パイモンは美女(肉塊)を手に入れられる、モズルは超絶玉の輿に乗れる!誰も損しない、これぞ悪魔的ウィンウィン作戦じゃぞ!」
グラ子が羽をパタパタさせながら抗議の声をあげる!
肉塊ちゃんが俺の背中で、さらに悲しそうにプルプル震えている。
かわいそうに。
「お前、自分の部下の娘を無理やり差し出させて、悪魔か!?」
「うむ!いかにも妾は悪魔じゃ!それにな、父親のギガルはむしろ喜んでおったぞ!愛娘がパイモン様に嫁げるなんて、悪魔冥利に尽きる名誉じゃと!」
「モズルを返せぇ!」
なまず!お前はちょっと黙ってろ!
うるさい!
「肉塊ちゃんの気持ちはどうなんだよ?そこに愛はあるんかい?」
視界の端で、リコリス嬢が両手で顔を覆い、悲しみにくれているのが見えた。
あっ、これ、多分なまずとグラ子に言いくるめられて、ノリノリで手伝ってたパターンだな。
自己嫌悪モードに突入!
ドンマイ、リコリス嬢!若さゆえの過ちってやつだ!
次回から気をつけよう!
「とにかく!結婚において一番大事なのは、当人同士の気持ちだ!肉塊ちゃんを含めて、もう一度よーく話し合うように!」
そう言って、俺はシッシッとグラ子となまずを手で払った。
二人はブーブーと文句を垂れながらも、渋々といった感じで引いていく。
背中に隠れていた肉塊ちゃんの体のあちこちにある3つの瞳が、ジーっとこっちを見ていた。
そんな3つの瞳と目が合うと、肉塊ちゃんはヌラヌラの触手を一本、器用に伸ばして、自分の頭に突き刺さっていた花をズボッと抜くと、恐る恐るといった感じで俺に差し出してきた。
おっ、おう。 これは……あれか?
「助けてくれてありがとう」的な?
肉塊ちゃんの潤んだ瞳(複数)が、健気に俺を見上げている。
……なんか、こう、庇護欲をそそられるな。
俺は差し出された花をそっと受け取り、肉塊ちゃんの頭(らしき場所)を優しく撫でてやった。
「よしよし、もう大丈夫だぞ」
肉塊ちゃんは、くすぐったそうにプルプルと体を揺らし、心なしか嬉しそうにしているように見えた。
うん、やっぱり愛は大事だよな!
俺の手は肉塊ちゃんの体液でデロデロだけどな!




