006 なまず、救命活動をがんばる
006 なまず、救命活動をがんばる
(まずい、まずい、まずいぞ! これは危険な状態じゃ!)
ワシのゴッドなまずスキャンが、目の前の少女の無情な現実を突きつけてきた。
呼吸停止、心臓も虫の息、生命力は風前の灯火どころか、もう消えかかっておる!
おまけになんじゃ、このどす黒いモヤのようなものは…心に闇まで抱えとるではないか!
なんてこった!
慌てるな、ワシ!
冷静になれ、ワシ!
思い出すのじゃ!
ワシは元々、そこらの川底で泥を食むだけの、ただの魚ではない。
そう、ワシは……遥かなる太古、次元の空を駆け、原初の海を泳ぎ、幾多の雷を喰らい……流麗かつ雄大な身体…そして、この! 深遠なる知性と威厳の象徴たる、ワシ自慢のチャーミングな髭!
そうじゃ、髭と言えば?なまず!
…そうだ、やっぱりワシ、なまずじゃん!
大地を揺るがす、偉大なる大鯰じゃん!
って、ちっとも解決しとらん!
あわわわ!
……ん?
なまず……なまずといえば、水……。
そうだ、大鯰たるワシならば、水を自在に操れるのではないか!?
いや、そんな力、元の世界で使った記憶はとんとないが……
今は藁にもすがる思いじゃ!
やるしかない!
ええい!
ワシは少女の肺を満たしているであろう冷たい水を強くイメージし、「動け! 出ろ!」と念じた。
するとどうじゃ! 少女の口や鼻から、ごぼり、ごぼごぼ、と濁った水が逆流し始めたではないか!
操れた!
効いたぞ!
やったぞ!!
よし、第一段階クリア!
次は心肺蘇生じゃな。
しかし、どうやる? ワシには人間のような手がない。
このヒレでは胸を押せん。
……ええい、仕方ない!
娘よ、すまんが悪く思うな!
これぞ、秘技・なまず式心臓マッサージじゃ!
ワシは濡れた石畳から、小さな体を必死に跳ね上げ、少女の胸骨のあたりを目掛けて、えいやっ!と頭突きを繰り返した。
べちっ!
べちっ!
……が、ワシの小さな丸い頭では、衝撃は少女の胸の肉(おもに脂肪)に吸収されるだけで、心臓まで届いている気配が全くない!
(いかん、こんなことをしていては埒が明かん! もたもたしておる場合ではない!)
どこかで聞いたうろ覚えの知識によると、こういうのは時間が経てば経つほど、たとえ助かったとしても脳やら何やらに深刻な後遺症が残るリスクが高まるらしい。
もっと効率的で、確実な方法……
そうだ!
知識じゃ!
知識を探すのじゃ!
ワシは再びなけなしの神力を練り上げ、意識を集中させた。
神力解放! ワールド・データベースに接続じゃ!
…むん? なんじゃこの鬱陶しい障壁は!?
何者かがアクセスを執拗に拒んでおる!
しかも、チクチクする意味不明なノイズデータを叩きつけてきおった!
小賢しい真似を! 神代の理を舐めるなよ!
ワシは意識をさらに集中させ、邪魔な防壁や 攻撃プログラムを、文字通り神力で強引にガッっと、ぶち破り、捻じ伏せた!
よし、静かになったな!
知識の奔流が渦巻くデータベースへと接続成功!
情報が洪水のように流れ込んでくる!
ええと、心肺蘇生、人工呼吸、電気ショック……
検索時間がまどろっこしい!
ここらあたりのデータ丸ごと引っこ抜く!悪く思うなよ!
あった! これじゃ!
『AED』! 自動体外式除細動器!
よし!
やり方は……ふむふむ、電気で心臓にガツンと刺激を与え、正常なリズムを取り戻させる、と。
なるほど!
電気なぞ今のワシには使えんが、神力で代用するしかあるまい!
ワシは力なく横たわる少女に再び覆いかぶさり、服を捲り上げる。
脳内のデータが電気を流すナビゲートをしてくれる。
なになに?
このチチバンドは取らなくても良いのか?
そして、ノリと勢いで作り出した電気っぽい神力を、良い感じにビリビリと体内で高める!
目指すは心臓!
一発で決める!
くらえ! なまず式・神力AED! 発射じゃあーーーっ!!!
ワシは少女の胸に両ヒレを当てて意識を集中させ、練り上げた神力の塊を、渾身の思いで叩きつけた!
……しーん。
少女の体はビクン!と跳ね上がっただけで、その後ピクリとも動かなかった。
…失敗か!?
くそっ、神力が足りなかったか?
それとも当て方が悪かったか!?
落ち着け、まだじゃ! もう一度!
ワシは焦る気持ちを抑え、残りの神力をさらにかき集め、今度こそと願いを込めて再度神力を練り上げる!
もっと強く!
もっと正確に!
二度目! くらえぇぇっ!!
ビクッ!
少女の体がわずかに痙攣したが、それだけじゃ。
呼吸も心臓も、まだ動かん!
(あああ、もうダメか!? いや、諦めるなワシ! 緊急救命は諦めない事が肝心じゃ!)
ワシは祈るような気持ちで少女の心臓に意識を集中させた!
頼む、動いてくれ!
三度目の正直! 神力全開・AED!!!
「……かはっ!!」
今度こそ! 少女の体が大きくビクンと跳ね、か細く、しかし確かな咳と共に止まっていたはずの息を吹き返した!
浅く、弱々しいが、確かに呼吸が戻っておる!
心臓も、ゆっくりだが力強く動き出した!
やった! やったぞ!
三度目で、ようやく蘇生が完了した!
ふぅ……。
本当に、やったぞ……!
記憶にないが、ここ千年くらいで一番働いた気がするわい!
この全身を駆け巡る達成感、悪くないのう!
ワシがそんな深い感慨と安堵に浸っていた、まさにその瞬間だった。
カラン、 コロン……
どこからともなく、乾いた、しかし妙に響く奇妙な音が聞こえてきた。
石畳の上を何かが転がるような音?
そして次の瞬間、ワシと、かろうじて息を吹き返した少女のいる場所を中心に、目が眩むほどの強烈な閃光がほとばしった!
世界が白一色に染まった!
今日のまとめ
なまず、けっこう万能
なまず、何者かをガッっする
なまず、少女を助ける
なまず、閃光玉を受ける