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異世界で喫茶なまずはじめました。  作者: カニスキー
第三章 ゴタゴタ新生活
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059 なまず、落ち着く

059 なまず、落ち着く


リコリスがハンカチでグラの顔や服を優しく拭い、グラもようやく落ち着きを取り戻したようじゃ。

やれやれ、肝が冷えたわい。

神たるワシが、こうも簡単に感情を乱されてしまうとは……。

じゃが、それもこれも、全てはこの愛しいリコリスのため。


ワシは、改めて固く誓った。

リコリスの声を奪った者を必ず見つけ出し、そして、リコリスが心からの笑顔を取り戻せる日まで、このワシが、全力で彼女を守り抜いてみせると。


ふぅ、と一つ息をつくと、少しだけ心が軽くなった気がした。

リコリスとグラの、なんだか楽しげなやり取りを眺めながら、ワシはそっと目を閉じた。


「さて、なまずよ、リコリスよ。少し落ち着いたかの?」

グラが、いつもの元気な声に戻ってワシたちに話しかけてきた。

リコリスはこくりと頷き、ワシも「うむ」と短く答える。


「では、先ほどの続きじゃ。リコリスの声が奪われた経緯について、じゃな」

グラはそう言うと、ティーカップを置き、真剣な眼差しでワシたちを見据えた。

部屋の空気が、再びピリリと引き締まるのを感じる。


「ズル=ゴーモンが視たところによると、リコリスの声が奪われたのは、おそらく今から三年ほど前じゃろう。何らかの『契約』によって、リコリスの『声』そのものが対価として差し出された可能性が高い」

三年……。リコリスがまだほんの子供じゃった頃ではないか。

そんな幼い娘に、一体誰が、何の目的でそのような酷い仕打ちを……!

ワシの胸の奥で、再び黒い怒りの炎が燻り始める。


「そして、厄介なことに、これは単に声帯を傷つけられたとか、そういう話ではないのじゃ。リコリスから奪われたのは、『リコリスの声』という概念そのもの。

じゃから、たとえ魔法や別の手段で喉を治したとしても、リコリスは声を発することができぬ」

なんじゃと……!?

「声」という概念そのものを奪うじゃと?

そんなことが可能なのか!?

まるで、世界の法則を捻じ曲げるような、おぞましい所業じゃ。


部屋の温度が、スッと下がったような気がした。

リコリスも、ワシの腕の中で小さく震えておる。

「さらに悪いことに、その『契約』自体は、既に完了してしまっておる。つまり、今更契約の結果を無かったことにしたとしても、一度失われたリコリスの声が自然に戻ることは、まずありえんじゃろうな」

グラの言葉は、まるで冷たい鉄槌のようにワシの心に打ち付けられた。


希望の光が、一つ、また一つと消えていくような、深い絶望感がワシを襲う。

リコリスを抱くワシのヒレが、わなわなと震え始めた。

じゃが、グラはそこで言葉を切らず、ワシとリコリスの顔を交互に見て、少しだけ声を和らげた。

「……じゃが、希望が全くないわけではないぞ。ズル=ゴーモンによれば、リコリスの声そのものは、まだどこかに『保管』されておる可能性が高い。おそらくは、契約を結んだ相手の手元に、な」

保管されておる……!その言葉に、ワシはハッと顔を上げた。


まだ、望みはあるというのか!

「ただし」とグラは続ける。

「もし、その声が何らかの形で『加工』されたり、『別の何か』に利用されたりしてしまった場合は……残念ながら、もう二度とリコリスの声が戻ることはないじゃろう」

加工……利用……。

その言葉の響きが、ワシの心に重くのしかかる。

猶予はない、ということか。


「グラよ!」

ワシは、たまらず叫んだ。

「その『契約』とやらを、どうにかすることはできんのか!?お主ほどの力があれば、そんなもの、破り捨てることなど容易いじゃろう!」

ワシは藁にもすがる思いでグラに詰め寄った。

じゃが、グラは静かに首を横に振った。


「なまずよ、いくら優秀な数学者でも、『1+1=2』という法則を変えることはできぬ。それと同じじゃ。一度成立し、完了した契約のことわりを覆すことは、たとえ神であろうとも不可能じゃ。世界の法則そのものを歪めることになるからのぅ」

グラの言葉は、非情なまでに冷静じゃった。

ワシは、がっくりと肩を落とした。

万策尽きた……。

ワシの力では、リコリスを救うことはできぬのか……。

深い無力感が、ワシの全身を包み込む。


リコリスが、そんなワシの様子を心配そうに覗き込んできた。

その瞳には、諦めにも似た悲しみの色が浮かんでおる。

ワシは、彼女にかける言葉すら見つけられなんだ。

その時じゃった。


「―――じゃが!」


グラが、突然、力強い声で叫んだ!

ワシとリコリスが驚いて顔を上げると、グラは椅子から立ち上がり仁王立ちになって、エッヘン!と小さな胸を張っておった!

その姿は、先ほどまでの冷静沈着な賢者のようでもあり、これから大冒険にでも出発するかのような勇者のようでもあった。

「優秀な数学者は、法則を変えることはできぬ!じゃが!法則を紐解き、その先にある真理を掴み、森羅万象すら解き明かすことができるのじゃ!」


グラの言葉は、力強く、そして自信に満ち溢れておった。

その瞳は、キラキラと輝き、まるで夜空に輝く星のようじゃ。

「取り戻すぞ!リコリスの声を!」

グラはそう宣言すると、ワシとリコリスに向かって、その小さな手を、力強く差し出した。

その手は小さくとも、そこには確かな希望の光が宿っておるように見えた。


ワシは、リコリスと顔を見合わせた。

リコリスの瞳にも、いつの間にか、先ほどまでの悲しみではなく、グラの言葉に応えるかのような、強い意志の光が灯っておった。

そうだ、まだ終わってはおらん!


このワシと、リコリスと、そしてこの頼もしい小さな賢者がおる限り、道は必ず開けるはずじゃ!

ワシは、差し出されたグラの小さな手を、力強く握り返した。

リコリスもまた、震える手で、そっとその手に自分の手を重ねた。


三つの手とヒレが固く結ばれた瞬間、部屋の中に、温かく、そして力強い希望の光が満ち溢れたような気がした。

絶望の淵から、再び立ち上がる時が来たのじゃ!


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