051 アレク、0600作戦開始する
第51話 アレク、0600作戦開始する
冗談抜きで、翌朝0600時きっかりに喫茶なまずの前に立つ俺がいた。
本当はもっと遅い時間、せめて朝日が昇りきってからの方が良いのは分かっている。
だが、今までの経験から言って、この体に感じるムズムズするような、妙な浮遊感にも似た感覚から判断するに、俺はおそらく今日の昼過ぎまでには向こうの世界へ帰還することになりそうだ。
帰還時間そのものは、多少の根性で引き伸ばすことも可能ではある。
可能ではあるが、その分、あっちの本体の覚醒が遅れることになる。
ただでさえ大統領の仕事は激務だ。
分刻みのスケジュールで動いている俺が、寝過ごすなんてことは断じてあってはならないのだ!
一瞬ためらったが、仕方ない。
意を決して、喫茶なまずの古びた木製の入口をコツコツと控えめにノックする。
もしかしたら、まだ皆寝ているかもしれない。
そう思ったのだが、すぐに扉が開き、中からエプロン姿のリコリス嬢がひょっこりと顔を出した。
(うわっ、朝から可愛いがすぎる……!)
寝起きなのか、少しだけ頬が赤らんでいて、大きな青い瞳が不思議そうに俺を見上げている。
その姿は、朝露に濡れた小さな花みたいで、思わず頭を撫でたくなる衝動に駆られる。
いやいや、いかんいかん。
どうやら朝ご飯を作っていたらしい。
建物の奥から、パンが焼ける香ばしい匂いと、何か甘いものが煮えるような、食欲をそそる香りが漂ってくる。
リコリス嬢が「なんですか?」というように、小首をかしげてこちらを見上げてくる。
超かわいい。
そうそう、この娘、言葉を話せなかったんだったな。
アポロンリングはアカリにしか効果がないだろうし。
「ヘベ様の計らいで、アカリの帰還をサポートすることになった。事情があって早朝からの訪問、申し訳ないが、取り次ぎをお願いできないだろうか?」
俺がそういうと、リコリス嬢はぱあっと蕾から花が開くような、それはもう満開の笑顔になって、ニコニコ顔で俺を喫茶店の中に招き入れてくれた。
その笑顔だけで、早起きの憂鬱さなんて吹っ飛んでしまう。
カウンター席に座らされ、リコリス嬢がコップに水を汲んで持ってきてくれた。
その一連の動作すら、いちいち可愛い。
どうやら、「水でも飲んで待っていろ」ということらしい。
トテトテと効果音がつきそうな足取りで、超かわいく二階に上がっていくリコリス嬢。俺はその後ろ姿を見送りながら、出された水に口をつけた。
(ん……!?)
ナニコレ?めちゃくちゃうまいんですけど??
ただの水のはずなのに、口の中に広がる清涼感と、ほんのりとした甘み。
まるで、万年雪が溶け出した最初の一滴を飲んでいるかのような、そんな澄み切った味わいだ。
美味すぎて、ちょっと涙が出てくるレベルの美味さ!!
やっぱり、超かわいい娘が淹れる水は、特殊な波動か何かで劇的においしくなるという俺の持論は正しかったのか?
などと、そんな馬鹿なことを考えていたら、二階から目をこすりながら、まあ、ソコソコかわいいアカリが降りてきた。
「あれ……大統領じゃないですか?どうしたんです?こんな早い時間に。ふああぁ……」
大きく口を開けて、眠そうに目をこするアカリ。
まあ、ティーンの少女の寝起きというのは、それはそれで一定の需要がありそうだが、超かわいいリコリス嬢を見習って、もう少しくらいしゃっきりしてほしいものだ。
「大統領は止めてくれ。アレクと呼んでくれ。それより、ヘベ様のご意向で、私が君の帰還のサポートをすることになった。よろしく頼む」
そう言って、俺はアカリに手を差し出す。
その手を、アカリはぼーっとした顔で見て、それからゆっくりと自分の手を差し出してきた。
……駄目だこりゃ。完全に低血圧、朝に弱い族の人間だ。
こういう時は、目覚めの水に尽きる。
俺は超かわいいリコリス嬢に「すまないが、彼女にも一杯頼む」とアイコンタクトを送った。
リコリス嬢は心得たというように、トテトテとカウンターの奥に消え、すぐに新しい水を持ってきてくれた。
あーもう、本当に可愛い。
「ほら、アカリ。命の水だぞ!」
俺はそう言って、アカリの口にコップを半分強引に突っ込んで水を飲ませた。
「え!?うっま!え??何これ、ただの水?え??」
アカリは目を丸くして驚いている。
やはり、超かわいい波動理論は正しかったようだ。
そんなわけで、ようやく覚醒したアカリに事情を説明し、アカリの帰還に目途が立つまで、俺がサポートに回ることを伝えた。
「ありがとうございます、アレクさん!昨日、ナマズに帰る方法を尋ねたら、『無理!もう絶対口から召喚はしない!!良いじゃん、こっちの世界で面白おかしく過ごそうよ?』とかぬかしやがるんですよ!それで取っ組み合いの喧嘩になって、昨日は疲れて寝ちゃったんです」
アカリが、ぷんすかと頬を膨らませながら報告してきた。
まあ、概ね予想通りの反応だった。
あのナマズ本気で嫌がってたからな、そう簡単に協力するとは思えん。
「うむ」と俺は頷いて、俺が企画した帰還プランを伝えようとした。
その時だった。
ニコニコ顔のリコリス嬢が再び現れて、俺とアカリの手を優しく引き、奥の部屋へと連れて行こうとする。
え?まさか、これは……朝ご飯、ごちそうになっちゃう系?
え?
リコリス嬢の手作り?
食べる!食べる!!
絶対に食べる!
リコリス嬢の作ってくれるものなら、たとえゲテモノ芋虫のステーキだったとしても、喜んで食べる自信があるぞ、俺は!!




