049 アカリ、モクテルを味わう
049 アカリ、モクテルを味わう
(すごい……私、とんでもない人と知り合っちゃったんだ……)
アレクさんが作ってくれるカクテルを待ちながら、私はカウンターの椅子にちょこんと座って、まだドキドキする心臓を押さえていた。
目の前には、キラキラと輝くおしゃれなグラスに注がれた、夕焼けみたいな色のノンアルコールカクテル。
世界的英雄が、私のために作ってくれたカクテル……!なんだか、ものすごく贅沢な気がして、飲むのがもったいないくらいだ。
アレクさんに目を向けると、彼はいつもの悪戯っぽい笑みを浮かべて、にっこりと頷き、「どうぞ」と目で促してくる。
ごくりと唾をのんで、ええいままよ!とグラスを手に取り、そっと口に運んだ。
「―――っ!!」
なにこれ!美味しい!甘酸っぱくて、シュワシュワしてて、フルーツのいい香りが鼻に抜ける!
今まで飲んだどんなジュースよりも美味しい!
これが……英雄の味……!(違う)
「どうだ?アカリ、上手いか?」
私の反応を見て、アレクさんが満足そうに尋ねる。
「はい!すっごく美味しいです!なんていうか、こう、トロピカルな感じで、でも後味はスッキリしてて、何杯でも飲めちゃいそうです!さすが大統領!」
興奮気味に感想をまくし立てる私に、アレクさんは「はは、そりゃどうも」と肩をすくめた。
「アカリが俺を知っているってことは、20××年からこっちに来てるって事かな?」
アレクさんが、何気ない口調で尋ねる。
「はい!日本の埼玉県から来ました!こっちに来る直前まで、普通の女子高生だったんですよー」
まさか、こんな形で自分のいた時代を伝えることになるなんて、夢にも思わなかったけど。
「いやー、帰ったらみんなに自慢出来ます!あの、世界を救ったアレクシ大統領と知り合いだって!サインもらっても良いですか?!」
私が冗談めかして言うと、アレクさんは少しだけ残念そうな顔をした。
「……悪いな、アカリ。こっちの世界の記憶は、アッチには持ち帰れないんだぞ。惜しかったなー」
「あっ、そういえば虎子さんがそんな事を言ってた気がする……。えー、じゃあ、この美味しいカクテルの味も忘れちゃうんですか!?もったいない!」
しょんぼりする私を見て、アレクさんはニヤリと笑った。
「いやー残念、残念。もし向こうでも覚えていたら、好きな物なんでも買ってやるのになぁー。それこそ、ビルの一つや二つくらい」
「あっ!言質取りましたからね!絶対ですよ!ビルはちょっとアレですけど、美味しいケーキとか、いっぱいおごってもらいますからね!!」
私が冗談で返すと、アレクさんは「はは、覚えてたらな」と楽しそうに笑った。
そんな他愛ない会話をしていたら、不意に背後から声がかかった。
「何をしているお前たち。パーティーはとっくに終わりだぞ。早く帰って寝ろ」
振り返ると、そこには腕を組んで、心底呆れたような顔をしたアーサーさんが立っていた。
どうやら、洗い物を終えて様子を見に来たらしい。
その手には、まだ少し濡れた布巾が握られている。
「アーサーさん!聞いてくださいよ!アレクさんが、元の世界でこのこと覚えてたら、なんでもおごってくれるって言うんです!アーサーさんも何かおごってもらいましょうよ!ね、アレクさん!」
私が興奮気味にまくし立てると、アーサーさんは、さらにうんざりしたような顔で深いため息をついた。
「……あー、そうか。アカリは知らないのか。俺はお前たちと、少し違う時代から来ている」
「え?」
アーサーさんの言葉の意味が、すぐには理解できなかった。違う時代?
「俺からしたら、お前らは未来人だ」
「ええええええええ!?」
思わず素っ頓狂な声が出た。
未来人!?
アーサーさんが!?
じゃあ、アーサーさんって、いつの時代の人なの!?
アレクさんが、そんな私を見てニヤニヤしながら口を挟む。
「アカリ、俺が大統領だって驚いているみたいだが、アーサーだって、結構な有名人なんだぞ。なにせ、アーサーは―――」
アレクさんが何かを言いかけた瞬間、アーサーさんが電光石火の速さでアレクさんの口を力強く塞いだ!
「むぐっ!?」
「えー!なんで邪魔するんですか!?教えてくださいよ、アーサーさん!!気になるじゃないですか!」
私が抗議の声を上げると、アーサーさんはアレクさんの口を押さえたまま、顔を真っ赤にして叫んだ。
「ぜっっっっったいにダメだ!!!」
その必死な形相に、アレクさんが「ぷっ」と噴き出し、私もつられて笑ってしまった。
(アーサーさんも、もしかして、アレクさんみたいにすごい秘密があるのかな……?)
ますます深まる異世界の謎と、個性的な仲間たち。
私の異世界生活は、まだまだ始まったばかりみたいだ。
「それはそうと、アカリは向こうへ帰れる算段は付いたのか?」
アレクさんが、ふと真顔になって私に尋ねた。
アーサーさんも、心配そうにこちらを見ている。
「え?帰る算段って……。勝手に元の世界に戻るんじゃないんですか?」
私の言葉に、アレクさんとアーサーさんが顔を見合わせ、そして同時に固まった。
え、何その反応?
「だって、虎子さんは『現実世界の本体が目覚めると、こちらの意識は自動的にあちらに戻ってしまう』みたいなこと、言ってましたけど……」
私の言葉に、アレクさんが頭を抱え、アーサーさんが深いため息をついた。
な、なんか、すごく嫌な予感がするんですけど……!
「アカリ、俺たちはこっちの世界に、いわば夢の中の自分として、世界と世界を繋ぐ『穴』を通ってやってきている」
アーサーさんが、ゆっくりと、諭すように説明を始めた。
「そういえば、私もナマズ様に夢の中で呼びかけられて、なんか変な空間を掃除機みたいに吸い込まれてこっちに来ました!」
私の言葉に、アレクさんが「掃除機……」と遠い目をする。
「俺たちは、向こうの体が目覚めると、その『穴』を通じて向こうの自分に引っ張られるような感じで、この世界から居なくなるんだ」
「なるほど、なるほど。それで勝手に帰れるってことですよね?」
私が期待を込めて言うと、アーサーさんは困ったように眉を寄せた。
「通常はな。だが、俺たちはアポロンやヘベ様のような神様に頼んで、その『穴』が消えないように、そしてまたこっちへ来れるように、その『穴』を固定してもらっているんだ」
「え?」
……固定?固定してもらってる?じゃあ、私は……? 背筋に、冷たーい汗がツーっと流れるのを感じる。
「おまえ、確か……ナマズの口から出てきたんだったよな?」
アレクさんが、同情するような、でもちょっと面白がっているような目で私を見る。
「……帰る時も、やっぱり、ナマズの口の中に突っ込んでいくのか?」
「いやああああああああああ!!そうだったあああああああっっ!!!!」
そういえば、そうだった!!
なんかパーティーでうやむやになってたけど!
私って帰る時どうするんだろう?
想像してしまった!あのヌルヌル地獄に再びダイブする自分の姿を!無理!絶対無理!
私の顔が、みるみるうちに青ざめていくのが自分でも分かった。
「ち、ちなみに……もし、元の世界に帰れないと……どうなるんですか……?」
震える声で尋ねる私に、アーサーさんが重々しく口を開いた。
「……あー、確か、向こうの体が目覚めない。つまり、植物状態に近い感じになるんじゃなかったか?そして、長時間こっちの世界に魂が囚われたままだと、どんどん衰弱して……最悪、死に至る、だったよな?」
アーサーさんがアレクさんに確認するように言うと、アレクさんは「ああ、確かそんな感じだったな。まあ、俺たちは神様がバックにいるから大丈夫だけど」と、他人事のように答えた。
死……!?私が!?嘘でしょ!?
「わわわ私、ナマズ様に確認してきますっっ!!!!」
私は悲鳴に近い叫び声を上げると、アレクさんが淹れてくれた美味しいカクテルもそのままに、一目散に喫茶なまずへと駆け出した!
「お、おう!がんばれよ、アカリ!」
背後から聞こえるアレクさんの呑気な声と、アーサーさんの深いため息が、やけに遠くに感じられた。
お願い!
ナマズ様!
私、まだ死にたくないよー!




