043 アカリ、新しい場所
043 アカリ、新しい場所
アーサーさんに喫茶店の前に送ってもらい、リコリスちゃんたちと建物の中に入った。
外から見ると古びているけど、中は思っていたより広くて、木の温もりが感じられる空間だった。
「アカリちゃん、お部屋、ここでよいの?」
リコリスちゃんが、二階にある部屋のドアを指さしている。
言葉は出ないけど、その表情で言いたいことは伝わってくる。
「 ありがとう、リコリスちゃん!」
私は笑顔で頷いた。異世界での私の生活拠点。どんな部屋なんだろう。
扉を開けて中に入ると……
「……え」
思わず声が漏れた。
部屋の中には、本当に何もなかった。
備え付けの家具どころか、埃一つない、文字通りの「何もない空間」。
壁も床も、ただ木が剥き出しになっているだけだ。
(うーん、まあ、異世界だし、こんなもんかな……)
ちょっと想像とは違ったけど、それでも私だけの空間だと思うと、なんだか心が弾む。
ここから、私色に染めていくんだ!
リコリスちゃんが、隣の部屋の扉を開けてくれた。
リコリスちゃんの部屋かな? 覗いてみると、こちらも私の部屋と全く同じだった。
何もない空間。
「リコリスちゃんも、引っ越してきたばっかりなのかな?」
思わず日本語で話しかけてしまったけど、リコリスちゃんはただ首を傾げるだけだった。
そっか、言葉通じないんだった。
なまず様の部屋も見てみた。
部屋の真ん中に、大きな青いたらいがドン!と置いてあるだけだ。
なまず様はリコリスちゃんの腕から離れると、そのたらいの中にちゃぷんと入った。
「ふぅ……やはり、ワシにはここが一番落ち着くわい」
たらいの中で気持ちよさそうにヒゲを揺らしている。
なまず様の部屋は、たらい一つあれば十分らしい。
シンプル・イズ・ベストってやつ?
さて、私の部屋に戻って、これからどうしようか考える。
まずは荷解き……といっても、持ってるものなんて、服屋で買ってもらった服と、アーサーさんがくれた消耗品だけだ。
服を床に並べてみる。
リコリスちゃんとお揃いのエプロンドレス、活動的なパンツスタイル、そして下着。
下着は……うぅ、やっぱりちょっと恥ずかしい。でも、これで安心だ。
アーサーさんがくれた紙袋を開ける。石鹸、タオル、歯ブラシ……。
(あ、そうだ、お風呂とトイレ!)
異世界に来てから、まだ一度も使ってない。
喫茶店の建物にあるのかな?
一階に降りて、それらしき場所を探してみる。
倉庫の隣に、小さな扉を見つけた。ここかな?
扉を開けて中を覗くと……うーん、これはどう見てもトイレだ。でも、水が流れる気配がない。
便器も古くて、ちょっと使うのはためらわれる感じ。
(うわー、これは使えないかも……)
次にお風呂を探す。
裏庭に、古びた井戸があった。
もしかして、ここが水源? 井戸水を汲んで、温めて使うのかな? でも、お風呂自体が見当たらない。
それに、井戸水、めっちゃ冷たそう……。
(うーん、お風呂も、今のままじゃ使えないな……)
私の異世界生活、いきなりハードモードだ。
トイレも風呂も使えないなんて、どうすればいいんだ。
頭を抱えて、どうしようかと考えていると、下からなまず様の声が聞こえてきた。
「アカリよー! どこじゃー!」
声をたどってみると、喫茶店部分のテーブルに、真剣な面持ちのリコリスちゃんと、たらいに入ったなまず様が私を待っていた。
テーブルの上には、何やら紙が広げられている。
「あ、なまず様、リコリスちゃん」
私が席に座ると、ナマズが右ヒレを挙げ、咳払いをした。
「うむ! では、第三回喫茶なまず家族会議をはじめるぞ!」
家族会議!? 私も家族なの!?
リコリスちゃんが、パチパチと真剣な顔で拍手をしている。
え? 私も? リコリスちゃんは言葉をしゃべれないけど、じーっとこっちを見て、私も拍手しろと促してくる。
超特級金髪美少女の顔面圧に、私みたいな豆腐大好き醤油顔、しがない一般JKが耐えられるはずもなく、私も慌てて拍手をはじめる。
「うむ!」
ナマズは満足そうに頷き、右ヒレを挙げて拍手を打ち切った。
「では、今日の議題は、喫茶なまずの新メニューについて……ではなく!」
新メニューについてかと思っ……て、あれ? 今、ナマズ、自分で「新メニューについて」って言った後、「ではなく!」って否定した?
お、なんだ、違うのか。
「今日の議題は、ワシの粘液の新たな活用法、具体的には販売戦略についてじゃ!」
「ちょっと待てや!」
私は思わずツッコミを入れていた。
粘液の活用法!? しかも販売って売るつもりなの!? 喫茶店経営と全く関係ないじゃん!
「な、なんじゃ、アカリ! 議題に異論があるのか!?」
ナマズが目を丸くしている。
「異論ありまくりだよ! なんで喫茶店の会議でナマズの粘液の話になるの!? 全然関係ないでしょ!」
「関係なくはないわい! 先刻アポロンの奴に金がどうのこうのと言われたじゃろが?ワシは考えた、もはや形振り構っている暇はない!喫茶店は一時保留して、粘液屋なまずとして経営の多角化を!」
「いやいやいや、ナマズの粘液を商品にするって、誰が買うの!? 絶対ヤバい薬とかだと思われちゃうって!」
「むぅ……そうかのぅ……」
ナマズが、うーんと唸りながらヒゲを撫でる。
リコリスちゃんは、私たちのやり取りを真剣な顔で聞いている。
時々、ナマズの言葉に合わせて頷いたりしている。
リコリスちゃんも、ナマズの粘液を商品にすることに賛成なの!?
「だいたい、喫茶店経営で話し合うことなんて、もっと他にあるでしょ! 例えば、お店の掃除とか、仕入れとか、お客さんへのサービスとか!」
「むむむ……確かに、それも大事かもしれんのぅ……」
なまず様が、渋々といった様子で頷く。
「よし! では、今日の議題は、喫茶なまずの清掃と、ワシの粘液の新たな活用法の二本立てじゃ!」
「二本立てになってるし!」
私のツッコミは止まらない。
このなまず様、本当にマイペースすぎる。
リコリスちゃんは、そんな私たちを見て、ふふ、と小さく微笑んだ。
言葉は話せないけど、なんだか楽しそうに見える。
(はぁ、この異世界での生活、どうなることやら……)
私は、目の前のナマズとリコリスちゃんを見て、少しだけ、不安と期待が入り混じった複雑な気持ちになった。
でも、一人じゃない。
この二人となら、きっと大丈夫、かな?
今日のまとめとか
アカリ、トイレとお風呂を真剣になやむ
リコリス、喫茶なまず家族会議が大好き
なまず、アブダビ君の商売センスに触発される




