041 虎子、帰路につく
041 虎子、帰路につく
服屋を出て、私たちはアーサーさんの診療所へと向かいました。
リコリスさんも無事に見つかり、心底安堵しております。
アカリさんも新しい服にご機嫌で、リコリスさんも楽しげで、ナマズ様もリコリスさんの腕の中で満足げでございます。
しかし、ついつい、アカリさんとリコリスさんの服を買いすぎてしまったかもしれません。
でもこれは、仕方ありません。
どうやらアカリさんはおろか、リコリスさんも着替えすら持っていないようでした、タモン様からのお心遣いで当面はしのげる位の普段着は買うことが出来ました。
これでもセーブしたのです。
本当はまだまだリコリスさんにあの黒いレースの下着とか、アカリさんにピンクのフリル付の下着とか、買ってあげたかったのです。
先日のなまず様の大暴れで、帰ってきたら私の家財が跡形もなく消し飛んでおりました。
銀行口座の再開手続きはあと2~3日かかるとの事
稼がねば!私は強く決意しました。
アーサーさんは買い出しの品々を抱え、私も木材を担いでおります。
このまま歩いて帰るのは骨が折れますわ。
「アーサーさん、この荷物では少々難儀しますわ。馬車屋で荷運びの動物を借りてはいかがでしょうか?」
私が提案すると、アーサーさんは大量の荷物の下から、やれやれといった顔で頷きました。
「そうだな。その方が早い」
街の一角にある馬車屋へ向かいました。
そこには、見慣れない様々な動物たちが繋がれています。
二本の太い角を持つ牛のような動物、背中に水晶のようなコブを持つラクダに似た動物、そして、毛並みが虹色に輝く、大きな犬のような動物。
「いらっしゃい! 荷運びかい? それとも乗り合いかい?」
店の主人は、片腕が義手の屈強な男でございました。
「荷運びの動物を借りたいんだ。これ全部運べるやつを」
アーサーさんが荷物を指差します。
主人は荷物を見て、ニヤリと笑いました。
「それなら、こいつがお勧めだ。『グラウンド・ウォーカーのアブダビ君』だ」
主人が指差した先には、五メートルほどの体長を持つ、サソリに似た巨大な昆虫がいました。
硬質な外骨格は鈍く光り、六本の脚が地面をしっかりと捉えております。
その長い触角を賢そうに揺らしています。
「こいつは力持ちで、道も覚える。それに、おとなしいから扱いやすいぜ。隣の大陸から出稼ぎに来ててな、仕事熱心なんだ」
グラウンド・ウォーカー、ですか。
確かに頼りになりそうですね。
目が合うと、大きなハサミをカチンと鳴らし、挨拶をするように持ち上げてくれました。
人?虫?が良さそうなので、私たちはグラウンド・ウォーカーのアブダビ君を借りることにし、荷物を積み込みます。
アブダビ君は、その巨体に似合わず、静かに、しかし確実に荷物を背負い込んでいきます。
店主は「家まで荷物を運んだら、勝手に戻ってきますぜ」と説明して送り出してくれましたわ。
帰路につきます。
アブダビ君は、私たちの後ろをのっしのっしとついてきます。
リコリスさんはアブダビ君の横をなまず様を抱えて歩いています。
どうやら、なまず様がアブダビ君の話をリコリスさんに聞かせているようで、リコリスさんは時折コクコクとうなずいたりしています。
いったい何の話をしているのでしょうか。
私は、隣を歩くアカリさんとあちらのリコリスさんを交互に見ながら、内心で微笑みを禁じ得ませんでした。
(ふふ……美少女二人の着せ替え……至福のひとときでしたわ)
先ほどの服屋での光景が、脳裏で何度も再生されます。
仲良く下着を選ぶお二人の、初々しい、あるいは少し照れたような表情。
試着室から出てくるたびに拝見する、何を着ても似合うとしか言えない美少女たちのファッションショー。
【【偶然】】、目に入ってしまった着替えの光景を私は生涯忘れることはないでしょう。
リコリスさんは、あの可愛らしい顔からは想像出来ない、まさに『着やせするタイプ』。
対するアカリさんは、まだ花開く寸前の蕾のような、『秘めた可能性を感じさせるタイプ。』
どちらも、たまらなくたまらなく愛らしいですわ。
体裁を取り繕うために、上っ面だけは平静を装っておりますしたが、内面では欲望が爆ぜておりました。
そんな私の内心を知ってか知らずか、アカリさんが話しかけてきました。
「虎子さん、服、本当にありがとうございました! すごく気に入りました!」
アカリさんの笑顔は、太陽のように明るい。
「いいえ、どういたしまして。お似合いでしたわ」
私は平静を装い、そつなく返事を返します。
内心では、もっと褒めてほしい、もっとあの姿を見ていたい、という黒い感情が渦巻いておりますが。
「あの、現実世界に戻ったら、何かお礼をしたいんですけど……虎子さん、どこに住んでるんですか?」
お礼、ですか。それに、現実世界。
「お気持ちだけで十分でございますわ。それに……」
私は、少しだけ言葉を選びながら、アカリさんに転生者のルールを説明することにしました。
彼女はこの世界に来たばかりで、何も知らない。知っておくべきことでしょう。
「アカリさん。私たち転生者は、現実世界で眠りについた時、精神だけがこちらの世界に引き寄せられるのです」
「え? 精神だけ?」
アカリさんが目を丸くします。
「はい。そして、こちらの世界の時間の流れは、現実世界とは異なりますわ。私の場合、現実世界で一晩眠ると、こちらの世界では20日ほど過ごせます」
「一晩で20日!? すごい!」
アカリさんが驚きの声を上げます。
「ですが、残念なことに、こちらの世界での記憶は、現実世界に戻っても持ち越せませんわ」
「ええ!? 覚えてないの!?」
アカリさんの顔色が変わります。混乱しているようですわね。
「はい。ですが、逆は可能でございますわ。現実世界での記憶は、こちらの世界に来た時に共有されます」
「うわー、なんか複雑……」
アカリさんが頭を抱えます。
「そして、現実世界の本体が目覚めると、こちらの意識は自動的にあちらに戻ってしまいます」
「勝手に戻っちゃうんだ……」
「はい。ですが、ご安心ください。何度か行き来をすれば、そのうち慣れますわ」
私はクスリと笑いながら言いました。
初めて知った時は、私も随分戸惑いましたから。
「それに、こちらの世界に滞在できる時間には個人差やバラつきがありますわ」
「個人差?バラつき?」
「はい。私は一番長く、一ヶ月ほど滞在したこともあります。アーサーさんは一週間ほど。アレクさんは三日ほどで戻ってしまいますね」
「ええ!? そんなに違うの!?」
アカリさんが目をくるくるさせて、さらに混乱した様子を見せます。
「シモさんは……どういう仕組みなのか、わたくしにもよく分かりませんわ。ですが、一度現実世界に戻ると、こちらの世界である程度のクールタイムを経て、またこちらに来られるようになります」
「うわー、なんか大変そう……戻れるけど、覚えてないし、勝手に戻っちゃうし、滞在時間も違うし……」
アカリさんが完全に混乱しております。その様子が、なんだか可愛らしい。
「ふふ。ですわね。ですが、慣れますわ。きっと」
私は再びクスリと笑います。
ですが、ふと疑問が浮かんできました。
アカリさんのことです。
「アカリさん。アカリさんは、なまず様の口から出てきたと聞きましたわね?」
「え? あ、はい……」
アカリさんが少し顔を青くします。
その時のトラウマは、まだ残っているようですわね。
「では……現実世界に戻る時も、なまず様の口から……?」
私の言葉に、アカリさんはさらに顔色を失い、リコリスさんに抱かれたナマズ様を見ました。
ナマズ様は、私の言葉を聞いた瞬間、青い顔(に見える)をして、ブンブンと首を横に振って拒絶しました。
「嫌じゃ! 絶対嫌じゃ! もう二度とあんな思いはしたくないわい!」
ナマズ様が、リコリスちゃんに抱かれながらイヤイヤと首?をふる。
「ええー! でも、どうやって戻るの!? なまず様、なんとかしてよ!」
アカリさんが青くなりながら、リコリスさんに抱かれたナマズ様の口をびよーんと伸ばしながら、なんとかしてと訴えます。
「嫌じゃ嫌じゃ! ワシには分からん! アポロンあたりの口から戻るがよい!」
ナマズ様が、必死に抵抗していらっしゃいますね。
そんななまず様の抵抗に、リコリスさんがそっと優しく撫でてなだめていますね。私も撫でてほしいです。
その様子を見かねたアーサーさんが、なまず様とアカリちゃんを引きはがしました。
「おい、やめろ。そんなことしても無駄だ」
アーサーさんは、少し苦虫を噛み潰したような顔で言いました。
「こういうことは、悔しいがアポロンに聞くのが一番だ。たぶん、今忙しく何かしているのは、そのあたりの準備をしているからだろう」
相変わらず、アーサーさんはアポロン様を苦手にしてるくせして信頼していらっしゃいますわね。
そのギャップが、なんだか可愛らしいですわ。
私がアーサーさんを見ていると、その視線に気が付いたのか、アーサーさんはプイっとあっちを向いてしまいました。あら、可愛い。
リコリスさんは、そんなやり取りを、穏やかな表情で見ていらっしゃいました。
「ふふ」
私はにっこりとほほ笑みました。
アカリさんの帰還方法。それは、また新たな謎でございますわね。
ですが、アポロン様なら、きっと何か知っているはず。
夜のパーティーで、全てが明らかになるのでしょうか。
今日のまとめとか
虎子、持ち金のほとんどをアカリとリコリスの服に変える、後悔はしていない。
アカリ、異世界の服が思いの外クオリティが高くてびっくりした
リコリス、自分の服を買ってもらえて実はハイテンション
アーサー、パーティーの時の料理何作るか考え中
なまず、アブダビ君に隣の大陸について聞く
アブダビ君、昔は尖ってた、現在自分探し中
虎子の説明はまぁなんとなく覚えててくれたらよろしい奴です。




