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異世界で喫茶なまずはじめました。  作者: カニスキー
第二章 新しいお友達
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040 アーサー、買い出しに奔走する

040 アーサー、買い出しに奔走する


 バー「黒猫の髭」の薄暗い店内には、血と埃、そしてアポロンの神力の残滓が混じり合った、妙な空気が漂っていた

 倒れたチンピラたちが呻き声を上げている。

 虎子が最後に相対した二人組は、煙のように消え失せた。


「やれやれ、思ったより時間がかかっちゃったね」

 アポロンが、何事もなかったかのように優雅な仕草で髪をかき上げた。

 その顔には疲労の色など微塵もない。


「本当は帰りも送ってあげたいんだけど、本当に忙しいんだ。あとは頼んだよ、アーサー君」

 そう言いながら、アポロンは俺の肩をポンと叩いた。

「夜のパーティーの準備しっかりね!」

 キラキラとした笑顔を残し、そそくさと店の外へと歩いて行った。


 いつもなら薔薇の花弁を残して光の粒子と一緒に消えたりするのに、それをしないと言うことは俺が思っているよりアポロンも疲労が溜まっているということかもしれない。

 しかし、相変わらず嵐のような神様だ。

 いつもこうして、面倒事だけ置いていく。


「……ったく」

 俺は深いため息をついた。


 そうだ、パーティーだ。

 アポロンがやけに楽しみにしていた、あのパーティー。

 そして、その準備の大部分は、俺の肩にかかっている。

 買い物リストはまだ半分も消化できていない。


 リコリス嬢は無事だった。

 アカリとナマズ殿も、多少の混乱はあったようだが、怪我はないらしい。

 虎子も脇腹を浅く切られただけだ。

 この状況で、俺がここを離れて良いのか?


 一抹の不安が胸をよぎる。

 リコリス嬢はまだ完全に安全ではないだろう。

 あの黒爵とやらの追手は、きっとまた来る。


 虎子が、凛とした声で言った。

「アーサーさん、わたくしたちはもう遅れは取りません。リコリスさんの安全は、この虎子が責任を持って守りますわ」

 ナマズ殿も、リコリス嬢の腕の中で、ヒゲをぴくぴくさせている。

「うむ! 任せておけ、アーサー! ワシがおる限り、この娘たちに指一本触れさせんぞ!」

 二人の言葉に、少しは安心できた。

 虎子の強さは、正直俺よりも高いところにある。

 あの二人組を、一人で追い払ったのだ。

 並の人間では敵わないだろう。


 しかし……。

(お前も、ある意味脅威の一つなんだがな、虎子)


 俺は内心で毒づいた。

 虎子の性癖を知っているからだ。

 以前、アレクのバーで飲んだ時、酔った勢いか、あるいは本心か、

「わたくし、男も女もいける口ですわ。むしろ、美少女の方が好みでして」

 と、真剣な目で言っていたのを覚えている。

 あの時の、どこかゾッとするような、それでいて純粋な瞳が忘れられない。


 アカリが気絶した時、俺が運ぶことになった際、虎子が表情を変えずに舌打ちしたのを、俺はちゃんと聞いていたぞ。


 だが、背に腹はかえられない。

 アポロンが今日のパーティーをすごく楽しみにしていたのも、俺は知っている。

 あの神様が本気で楽しみにしているものを台無しにするのは、後々何を要求されるか分からない。

 それに、ナマズもいる。

 基本的にむちゃくちゃやる神様だが、アカリやリコリス嬢を思う気持ちは本物だと思う。


「……分かった」

 俺はしぶしぶ頷いた。

「リコリス嬢とアカリ、ナマズは虎子に任せる。俺は残りの買い出しを済ませてくる」

「はい、承知いたしました」

 虎子が深々と頭を下げる。

 リコリス嬢とアカリは、まだ少し不安そうにしているが、虎子がそばにいれば大丈夫だろう。

 俺は二人にリコリス嬢を託し、バーを出た。


 外はまだ昼間の賑わいが残っている。

 しかし、俺の心は重かった。

 パーティーの準備という、現実的な雑務が山積みだからだ。


 残りの買い物リストを頭の中に浮かべる。

 肉、野菜、果物、酒、その他何に使うかわからない怪しい色々。


 まずは肉屋だ。

 この世界の肉屋は、基本、牛っぽい何かと、豚っぽい何か、鳥っぽい何かの肉がほとんどだが、見たこともない獣の肉も結構な種類並んでいる。

 店の前には、巨大な牙を持つ猪のような獣の剥製が飾られている。


「いらっしゃい! 何にするかい、兄さん!」

 店の主人は、全身に傷跡のあるドワーフの男だ。その腕の筋肉は、岩をも砕きそうだ。

「『ロックイーター』の腿肉を3キロと、『シャドウベア』のフィレを2キロ。あと、『ウィンドホーク』の胸肉を1キロくれ」

 ロックイーターは岩石を食べる獣で、肉は硬いが滋養がある。

 シャドウベアは影に潜む獣で、肉は柔らかく風味豊かだ。

 ウィンドホークは風に乗る鳥型の獣で、肉は淡白で扱いやすい。

 アポロンのリストは、いつも一筋縄ではいかない。

「あいよ! ロックイーターは硬いから、じっくり煮込むのがおすすめだぜ!」

 ドワーフの主人は、手際よく肉を切り分けていく。

 その包丁捌きは、まるで芸術だ。


 次に、薬草と野菜の店だ。

 ここはエルフの姉妹が営んでいる。


 店の周りには、色とりどりの珍しい植物が並び、甘い香りが漂っている。

 俺も職業柄、たまにお世話になっている店だ。


「あら、アーサーさん。いらっしゃい」

 姉のエルフは、穏やかな笑顔で迎えてくれる。

 妹は、少し恥ずかしがり屋なのか、店の奥からチラチラと顔を覗かせている。

「『ムーンブルーム』を3株と、『サンライトリーフ』を5枚。

 あと、『レインボートマト』と『スターフルーツ』を適量」

 ムーンブルームは夜に咲く薬草で、鎮静作用がある。

 サンライトリーフは光合成で魔力を蓄える葉で、料理に使うと風味が増す。

 レインボートマトは文字通り虹色をしたトマトで、甘みが強い。

 スターフルーツは星の形をした果物で、酸味が特徴だ。

「はい、承知いたしました。ムーンブルームは鮮度が命ですので、お早めにどうぞ」

 エルフの姉は、丁寧に薬草と野菜を選んでくれる。

 彼女たちの指先は繊細で、植物への深い愛情が感じられる。


「また、いらしてくださいね。妹もアーサーさんとお話ししたがっているので」

 去り際に後ろから姉が声をかけてくれた、後半は喧騒に紛れて聞き取れなかったが、慌てた様子で店から出てきた妹が姉をポカポカと叩いていた、何かあったのだろうか?


 そして、酒屋だ。ここは人間の老夫婦が営んでいる。

 店内には、樽や瓶が所狭しと並べられ、様々な酒の匂いが混じり合っている。


「おや、アーサー君。今日は珍しいね」

 主人の老人は、白髭を撫でながら迎えてくれる。


「『ドワーフエール』を3樽と、『エルフワイン』を5本。あと、『ドラゴンブレス』を1瓶」

 ドワーフエールはドワーフが作る強いビールで、喉越しが良い。

 エルフワインはエルフが作る果実酒で、フルーティーな香りが特徴だ。

 ドラゴンブレスは、この世界の危険な酒の一つだ。

 文字通り、飲んだ息が炎になるくらいのアルコール度数の酒だ。

 アポロンのリストには、いつもこういう危険なものが含まれている。

「ドラゴンブレスかい? 気をつけなよ、アーサー君。あれは普通の人間が飲むもんじゃない」

 主人の老人は、少し心配そうな顔をする。

「大丈夫です。パーティーで使うだけですから」

「そうかい。まあ、あんたなら大丈夫だろうがね」

 老人は笑い、奥からドラゴンブレスの瓶を取り出してくれた。

 瓶の中の液体は、まるで炎のように揺らめいている。

 酒を見てると、ふと、昨日の事を思い出して、老夫婦にヘベ様が満足する酒は無いかと聞いてみた。

 老夫婦は難しい顔をして、神獣様の宝物殿ならぁ、とか教えてくれた。

 ありがとう、険しい道のりだという事が分かった。


 最後に、アポロンがこだわっていた何かの材料だ。

 リストには「ユニコーンの涙」とだけ書かれている。ユニコーンの涙なんて、どうやって手に入れるんだ?

「……ユニコーンの涙、ありますか?」


 俺は、街で一番大きな魔法具材店に入り、店の主人に尋ねた。店の奥には、怪しげな瓶や水晶が並べられている。

「ユニコーンの涙? ああ、あるにはあるが……」

 店の主人は、ローブを着た怪しげな男だ。

 その目は、冗談抜きで金貨の色をしている。

「少々値が張るがね。それに、本物かどうかは保証できない」

「……本物じゃない可能性もあるのか?」

「ユニコーンの涙は希少でね。偽物も多いんだ。本物は、純粋な心を持つ者しか扱えないと言われている」

 純粋な心、か。

 俺には無縁だな。


「……とりあえず、見せてくれ」

 主人は奥から、小さなガラス瓶を取り出した。

 瓶の中には、キラキラと輝く、まるで星屑のような液体が入っている。

 これが、ユニコーンの涙?

「これが、ユニコーンの涙……」

 俺は瓶を受け取り、じっと見つめた。

 偽物かもしれない。

 というか、真偽不確かな物を店頭に並べるなよと思う。

 だが、アポロンのリストにある以上、手に入れるしかない。


「これを、一つくれ」

 俺は金貨を支払い、ユニコーンの涙の瓶を懐にしまった。

 これで、買い出しは全て終わった。


 時間は、予定より少し遅れているかもしれない。

 急いで、待ち合わせの服屋に戻らなければ。

 街の喧騒の中を駆け抜ける。


 様々な種族が行き交い、活気に満ちている。

 空には、箒に乗った魔法使いが飛んでいる。道の脇では、吟遊詩人がリュートを奏でている。

 異世界だ。

 改めてそう実感する。

 最初の服屋に戻ってくると、店の中が妙にざわついていた。

 何かあったのか?

 人混みをかき分けて中に入ると、そこにいたのは……


「……虎子?」

 虎子が、満足そうに目を細めていた。

 そして、その隣には、ウエイトレスが着るような、可愛らしいエプロンドレス姿のリコリス嬢。

 異世界ならではの怪獣素材で作られたらしい、動きやすそうなパンツスタイルのアカリ。

 そして、なぜか頭にブチっとした、妙な帽子的な何かを得意げにかぶっているナマズがいた。

 三者三様、新しい服に身を包んでいる。

 リコリス嬢は、まるで喫茶店の看板娘のようだ。

 アカリは、冒険者か何かのようだ。

 ナマズは……相変わらず奇妙だ。


「アーサーさん! お帰りなさい!」

 アカリが、新しい服が嬉しいのか、明るい声で俺に駆け寄ってきた。

 その顔には、先ほどの不安の色はもうない。

 リコリス嬢も、はにかんだように微笑んでいる。

 虎子は、俺の顔を見ると、にこやかに言った。

 虎子の後ろには両手で抱えきれないほどの荷物が見えた。

 まさか、これ全部この娘たちの服か?まぁ、俺が払うんじゃないから良いけど、虎子が満足ならもはやなにも言うまい。


「アーサーさん、お待たせいたしました。皆さんの新しい装いが決まりましたわ」

(……そうか)

 俺は、三人の新しい姿を見て、安堵のような、あるいは別の感情のような、複雑な気持ちになった。

 これで、リコリス嬢も少しは元気になっただろう。

 アカリも、異世界に馴染んできたようだ。

 ナマズは……まあ、いつも通りだ。


「……似合ってるぞ、お前たち」

 俺は、ぶっきらぼうにそう言った。

 これで、パーティーの準備も、リコリス嬢の安全確保も、少しは進んだ。

 夜のパーティー。アポロンが楽しみにしている、あのパーティー。

 どんな夜になるのか。

 俺は、買い出しの荷物を抱え直し、三人に背を向けた。


「……行くぞ。パーティーの準備だ」

 俺の異世界での日常は、まだ始まったばかりだ。


今日のまとめとか


アポロン、神力カツカツ

なまず、本気警戒モード

虎子、百合よりの両刀使い

リコリス、無事

アカリ、無事

アーサー、ご都合難聴

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