004 なまず、目覚める。
004 なまず、目覚める。
……… ……… ……ここは、どこだ?
熱い。
途方もなく熱く、そして重い。
あらゆる方向から圧し潰されそうな、途方もない圧迫感。
だが、潰れるべき「肉体」というものが、どうやら今のワシには無いらしい。
意識だけが、この灼熱の奔流と重圧の中に、ただただ漂っている。
ワシは、……誰だったか?
思い出せない。
永い、永い眠りについていたような気もするし、あるいは、つい先ほどこの奔流の中で生まれたばかりのような気もする。
ただ、測り知れないほどの時間が己の中に蓄積されているような、奇妙で重たい感覚だけがあった。
ふと、朧げな映像が意識の断片に引っかかる。
巨大な影。
ぬらりとした、地を覆うほどの、巨大な……魚? いや、もっと、こう、長くしなやかな髭を持つ……そうだ、鯰だ。
途轍もなく巨大な鯰。
それが、ワシ……だった、のか?何か違うような、もっとイケてる感じがしてたような?
そうだ。
思い出した。
遥かな、遥かな昔、地上にはワシを祀る者たちがいた。
彼らはワシを「大鯰」と呼び、時に豊穣を祈り、時にその強大な力を畏れていた。
ワシがほんの少し身動ぎするだけで、大地は震え、家々は積み木のように崩れ、小さき者たちは恐慌に陥ったものだ。
あれ?じゃあ、ワシってやっぱり大鯰じゃん。
……ああ、そうだ。身じろぎ。
なんだか無性に、体を伸ばしたいような、この息苦しい圧迫感から逃れたいような、強い衝動に駆られる。この灼熱の流れの中で、ぐううーーーっとひとつ、思い切り伸びをしてみたい。
凝り固まった体を捻った時のボキボキーって言う快感、なんかあんまり体には良くないらしいが、あの快楽から逃れられる者がおるだろうか?
いや、いない。
よーしっ!ワシ久々にボキボキやっちゃうぞー
…………あー
だが、駄目だ。
それをすれば、また大地が揺れてしまう。
かつて、地上の小さき者たちが、涙ながらにワシに祈りを捧げていたではないか。
「どうか、お鎮まりください、大鯰様」と。
かと思えば、穏やかな時には供物を持ってきて、「なまず様、なまず様、ありがとうございます」と祭り上げていた。
彼らの脆く儚い営みを、ワシが気まぐれに壊してしまうのは、もう、飽いた。
いや、飽いたというよりは……
しかし、こうして永劫とも思える時間、ただじっとしているのは、どうにもこうにも落ち着かない。
皮膚などないはずなのに、全身がむず痒いような、奇妙な感覚が絶えず付きまとう。
この果てしない退屈を、どうしたものか。
そうだ、久しぶりに円周率の計算でもしようかのー
この前は確か199兆桁まで計算したからそこからかー
……
…………
………………ふぅ
今日はここまでにしておくかの、
それにしても400兆桁あたりの数字の並びにワシ感動の涙が出ちゃった、まさかあそこで856が来るとは思わなかった、2121と来たら次は普通は奇数だと思うじゃん?
856はまさに虐げられて来た偶数の反撃の狼煙!
持たざる者の牙!今後の展開に大いに期待じゃな!
……
…………
………………
今度は何しよう?
……
…………
………………
あっ、そうだ、量子のもつれで知恵の輪しよう!
……
…………
………………
やった!完成した!
量子のもつれを利用したドミノの大作!
この先っぽの量子のスイッチをポチッとすると
限りなくゼロから限りなく無限大まで美しく彩る量子の芸術。
ここまで組み上げるのワシすごく頑張ったから、もったいない気がするのー
どうしよーかなー
押すのやめちゃおうかなー
ふぁっくしょん!あっ
……
…………
………………
暇だ、もうする事思いつかない
……
…………
………………
……そうだ。意識だけならば、どこへでも行けるのではないか?
この窮屈で退屈な場所から、ほんの少し、ほんの気まぐれに、外界を覗いてみるくらいは許されよう。
そう考えた途端、すぐ近くに奇妙な「揺らぎ」を感じた。
空間の裂け目のような、あるいは、別のどこかへ通じる「穴」のようなもの。
ここではないどこかの気配が、そこから微かに、しかし確実に漏れ出ている。
よし、決めた。
退屈しのぎだ。この「穴」の先を、ほんの少しだけ、覗いてみることにしよう。
ワシは意識を集中させ、その揺らぎの中心へ、ゆっくりと、自らの感覚を伸ばし始めた。まるで針の穴に繊細な糸を通すように、意識を極限まで細く、鋭くして、穴の向こう側へと慎重に送り込む。
――ほう、繋がったか。どれどれ……。
今日のまとめ
なまず、ポキポキを我慢する
なまず、異世界を覗いてみる