031 なまず、本屋(跡地)に行く
031 なまず、本屋(跡地)に行く
やれやれ、アポロンの奴め、うまいことワシらを追い出しおったわい。
まあ、歓迎パーティーとやらは少し楽しみではあるが……
それにしても、タモンの本屋に服があるとは、どういうことじゃろうか?
本屋じゃぞ?
服屋ではなくて?
アポロンの言葉に従い、ワシはリコリスに抱えられて、まだガウン姿のアカリと共に、アーサーの診療所の隣へと向かった。
が、 そこにあるはずの「タモンの本屋」は……跡形もなかった。
いや、正確には、見事なまでの瓦礫の山じゃ。
木材は砕け散り、本だったものは紙吹雪のように舞い散っておる。
これはひどい…。
うーむ、そういえば先日、ワシがちょっと神力を暴走させてしもうた時に、この辺り一帯をうっかり更地にしてしもうたんじゃったか。覚えておらんけど
いかんな、記憶に無いが、どうやらワシが原因のようじゃ。
悪い事をしてしまったのう。
まあ、神の力の前には、人間の建物など塵芥に等しいということじゃな!
はっはっは!
……いや、笑い事ではないか。
反省、反省じゃ。
瓦礫の中では、岩をも砕きそうな いかつい体躯の男――毘沙門天のタモンが、なぜか ねじり鉢巻姿で、滝のような 汗を流しながら黙々とノコギリを引いておった。
その筋肉!
まるで生きている彫刻のようじゃ!
その姿は真剣そのもの、店の再建作業中のようじゃな。
ワシらが近づくと、タモンはすぐに気づき、ノコギリを引く手を止め、穏やかな眼差しを向けた。
「おお、ナマズ殿にリコリス嬢。息災であったか。そちらのお嬢さんは……初めて見る顔だな。して、如何なされた?」
その声は、低く落ち着いており、力強さの中に優しさが滲んでおった。
「うむ、タモンよ。実はのぅ……かくかくしかじか、この小娘を召喚したら、なぜか裸で出てきてしもうてな。」
ワシは、この小娘アカリを召喚した経緯と、服がない事情を簡単に説明した。
ついでに、さりげなーく、ワシのせいで店が瓦礫の山になったことにも触れておくか。
「……というわけでな。この店も、まあ、その、なんだ、不可抗力というか、神々の戯れというか、とにかくワシの不始末が原因じゃ。すまん! なんなら、ワシの力で元通り……いや、前よりも立派に、金ピカのナマズ像とかてっぺんに乗せて建て直してやろうか? どうじゃ?」
するとタモンは、ふはは、と豪快に朗らかに笑った。
「なに、気になさるな、ナマズ殿。諸行無常、是生滅法。形あるものはいつか壊れるもの。ちょうど間取りを変えたいと思っていたところだ。良い機会を頂いたわ」
細かいことを気にせんのは相変わらずじゃが、その言葉には泰然自若とした風格があるわい。(ワシの提案、却下されたが…まあ、良い奴じゃ)
「で、なんだ? そのお嬢さんの服がないと?」
タモンは改めてアカリを見た。
(アカリ、ガウンの前を必死で押さえておる。涙目じゃな)
「ほう、それは難儀なことよな。年頃の娘が裸とは……それにしてもなまず殿は口から召喚できるのか、相変わらずすごい神格だのう」
タモンは穏やかに笑っておる。
他者の苦難を笑うというよりは、まあ、仕方ないな、というような温かみのある笑いじゃな。
(ワシの召喚の腕前を褒めておるのか? そうかそうか)
「うむ、少し待っておれ。虎子! 虎子はおるか! すまぬが、ちとこちらへ!」
タモンは、作りかけの建物の奥に向かって、穏やかだが岩をも動かすようなよく通る声で呼びかけた。
「はーい、ただいま参ります」
涼やかな声と共に、奥から現れたのは、実にしとやかな雰囲気の女性じゃった。
艶やかな黒髪は綺麗に結い上げられ、白い肌は磨かれた陶器のようじゃ。
目元涼やか、柳腰。
まさに大和撫子というやつか? 身にまとっているのは、質素ながらも上品な、着物を思わせる異世界の衣服じゃ。
「おや、ナマズ様とリコリスさん。あと、初めての方ですわね。こんにちは」
女性――虎子は、ワシらに深々と、まるで舞うように優雅に頭を下げた。
所作の一つ一つが美しい。
リコリスとはまた違う魅力があるのう。
「あ! 日本人!? マジで!? ここにも!?」
隣でアカリが素っ頓狂な声を上げた。
どうやら、この虎子という女も、アカリと同じ日本の出身らしい。
奇遇なこともあるものじゃ。
「虎子、このお嬢さんだが、かくかくしかじかで身にまとう物がないそうだ。そなたのところで、何か都合できるものはないだろうか?」
タモンが虎子に事情を説明する。
じゃが、虎子は申し訳なさそうに、細い眉をわずかに下げた。
「それが……先日のナマズ様の大暴れ、いえ、神力の解放で、家財道具もほとんど吹き飛んでしまいまして……。タンスも本棚も粉々でございます。今、お譲りできるような服は、残念ながら……」
うむ、やはりワシのせいか。
すまんことよ。
「ですが」
虎子は、ふわりと慈愛に満ちた微笑んだ。
その笑顔は、まるで荒んだ心を浄化する春の陽だまりのようじゃ。
「もしよろしければ、これから街に出て、この方とリコリスさんの服を新調するのはいかがでしょう? ちょうど私も街に用事がございますし。お二人とも、きっとどんな服でもよくお似合いになると思いますわ」
(おお! 虎子よ、お主、気が利くだけでなく、優しいのう! リコリスの分まで!)
「うむ、それは良い考えだ!」
タモンがポンと力強く手を打った。
「そうだ、虎子。ちょうど追加の木材を頼もうと思っていたところだ。これで買ってきてくれんか?」
タモンは分厚い胸板のあたりから懐から財布を取り出すと、キラリと光る金貨を数枚抜き出して、虎子に差し出した。
「釣り銭は、手間賃として取っておくと良い。服も、良いものを選んで差し上げなさい」
「いえ、タモン様、そんな! おつかいは当然のことですから!」
虎子は慌てて手を振るが、タモンは穏やかに首を横に振った。
「良いから、良いから。わしからの気持ちだ。さあ、行ってきなさい」
タモンは、慈父のような笑顔で、ワシたちを見送った。
やれやれ、これで小娘の服の問題は解決しそうじゃな。
それにしても、虎子という女、実に出来た人間じゃ。
リコリスの分まで考えてくれるとは。
それに比べて、あの金髪チャラ男神は…!
見習えと言いたいわい!
ワシらは、タモンに(心の中で)礼を言い、虎子の案内で街へと向かうことにした。
今日のまとめとか
虎子、初登場
タモン、神力を使わず自分で本屋を立て直す




