013 なまず、目覚める
013 なまず、目覚める
差し込む朝日が、ワシの瞼を優しく照らす。
ん……?
光……?
なんと心地よい温もりじゃ……。
ゆっくりと目を開けると、どこまでも広がる一点の曇りもない青い空が目に飛び込んできた。
なんと清々しい……。
何年ぶり、いや、何千年ぶりの青空じゃろうか?
体の奥底から力がみなぎるような、それでいて羽のように軽い、不思議な感覚。
昨夜の激闘の疲労など、どこにも感じられぬ、ん?
激戦?
ワシ何と戦ったんじゃったけ?
………まっ、良いか。
うーーーん、と一つ、思い切り背伸びをする。
仮初のはずの体のあちこちから、ポキポキポキポキと小気味よい関節の音が鳴り響いた。
ふむ、存外に調子が良い。
この器も、なかなかどうして悪くない。
新しい朝が来た。これはきっと、希望の朝に違いない!
そんなことを独りごちて、何か良いことが起こりそうじゃと、ふと周囲を見渡したワシは……言葉を失った。
そこには、ワシの輝かしい未来予想図とは程遠い、見渡す限りの瓦礫の山が広がっていた。
建物は見る影もなく半壊し、地面は巨大な爪で抉られたように裂け、まるで天変地異でも起こったかのような惨状じゃ。
ワシが寝ている間に、一体何が……?
しばらく呆然とその光景を眺めていると、瓦礫の一部がもぞもぞと盛り上がり、中からボロボロになった金髪の男が這い出してきた。
汚れ埃でボロボロなのに、同時に器用にも、やけにキラキラした気配を纏っておるが……
こやつ、ただの人間ではないな?
少しだけ警戒してその男を見ていると、そいつはふらふらとワシの前までやって来て、ワシのつぶらで愛らしい瞳をじっと覗き込んだ。
そして次の瞬間、何か訳の分からぬ言葉で腹の底から絞り出すような大声で笑い始めたではないか!
「Ha ha ha ha! What is this curious little creature? Was this the mighty dragon? Oh my gods, I can't believe it! Ah ha ha ha!」
(ハハハハ! なんじゃこの珍妙な生き物は? これがあの強大な龍だったのか? なんてこった、信じられん! アハハハ!)
男は文字通り涙を流し、腹を抱えて痛めながら笑い転げている。
地面を転がり、足をばたつかせている!
なんと下品な! 失礼な奴じゃ!
ワシのどこがそんなにおかしいというのじゃ! この威厳ある姿が分からぬか!
しかも言葉が通じん!
ひとしきり発作のように笑った後、男は瓦礫の山を掘り起こし、そこからムキムキの筋肉質な男を引っ張り出した。
そして、その筋肉男に向かって、またしても訳の分からぬ言葉で息継ぎもせずに早口でまくし立て始めた。
何かを必死に説明しておるようじゃが、笑いが止まらず何を言っておるのかさっぱり分からん。
すると、そのセリフ自体がツボに入ったのか、今度は呼吸困難を起こさんばかりにヒーヒー言いながら笑い転げ始めた。
「なんじゃ、こいつ???」
やはり、こやつらが話している言葉は、ワシの言葉とは違うらしい。
困ったものじゃ。
ワシが笑う金髪男にドン引きしておると、筋肉男の方がのそのそとやって来て、ワシに話しかけてきた。
今度は、ワシにも理解できる言葉じゃった。
「もしかして、日本語を話されますか?」
さっきの金髪男とは違い、ずいぶんと丁寧な口調じゃ。
どこか武人めいた気品すら感じる。
ふむ、礼には礼を以て返すのが神たる者の礼儀というものじゃな。
「にほんご? かは分からぬが、ワシはこの言葉を話すぞ。それより、ここは一体どうなっておる? ワシが眠っておる間に地震でもあったのか?」
ワシも少しだけ威厳を込めて丁寧な口調で返してみる。
「地震、ですか……まあ、ある意味そうかもしれません。昨夜は少々、荒れまして」
筋肉男は苦笑いを浮かべ言葉を濁す。
「貴方様は、もしやどこかの神格でいらっしゃいますか? そのお姿…なにかご事情が?」
筋肉男は恭しく頭を下げた。
「ふむ、見ての通りじゃ。ワシは偉大なる大鯰の神じゃ!」
えっへん! と、胸(らしき部分)を張って答えてやった。
どうじゃ、参ったか! この神々しいオーラが分からぬはずはなかろう!
すると、筋肉男がその言葉を隣でまだ肩を震わせ笑いをこらえている金髪男に伝えた(もちろんワシには理解できぬ言葉で)。
それを聞いた金髪男は、ビクンッ! と雷に打たれたかのように大きく跳ねて、白目を剥いてそのままピクリとも動かなくなった。
……また気絶したのか? 全く騒がしい奴じゃ。
そんなにワシの神威に驚いたか。
目の前の筋肉男が、それをやれやれといった呆れた目で見つめながら、再び口を開いた。
「失礼、私は毘沙門天の分霊であります、タモンと申します。あちらで気絶しておりますのは、アポロン神の分霊でありますアポロン。驚かせてしまい、申し訳ありません。彼は少々、感情表現が豊かなもので… もし、よろしければ場所を変えて、ゆっくりお話でも致しませんか?」
タモンと名乗る筋肉男が、丁寧に誘ってきた。
まあ、この瓦礫の中で立ち話もなんじゃし、断る理由もない。
それに、昨夜のことも聞かねばならんしな。
「うむ、よかろう」
ワシが頷くと、ふと気にることがあり、チラチラと周囲を確認する。
昨夜助けたはずの人間の少女が見当たらない。
そういえば、あの黒い鎧の小癪な奴と戦って、それで……あれ?
その後の記憶がどうもはっきりせん。
ワシほどの神が、記憶を失うなどありえんはずじゃが…。
地震で頭でも打ったかのう?
とにかく、あの少女のことは妙に気にかかっておった。無事じゃろうか?
ワシの様子に気づいたのか、タモンが比較的瓦礫の少ない方を指差した。
「もしかして、お探しものはあちらにいらっしゃいますでしょうか?」
彼が指差す先には、人間が何人か固まって倒れておった。
そこには、昨夜の少女と、見覚えのある黒い鎧の男、鉄甲の男、そしてもう一人、見覚えのない男が仰向けに寝かされていた。
少女は気を失っているようじゃが、穏やかな寝息を立てており、命に別状はなさそうじゃな。
ふむ、ワシが守ってやった甲斐があったというものじゃ。
だが、黒い鎧の姿を見た途端、昨夜の戦闘の記憶が断片的に鮮明に蘇ってきた!
あの忌々しい蹴り!
ワシの神聖な体に泥を塗った、あの無礼な一撃!
むん!
思い出すと腹が立ってきたわ!
よくもワシを蹴り飛ばしてくれたな!
ワシは咄嗟に神力を練り上げ、鋭い水の槍を黒い鎧に向けて作り出した!
今度こそ、あの無礼者に目にもの見せてくれるわ!
が、その瞬間、いつの間にかむくりと復活していた金髪男――アポロンが、ワシと黒い鎧の間にひらりと割り込み、何かキラキラした効果音と共に、訳の分からぬ言葉を放った!
「Whoa there, easy now, little catfish! He's on our side! Friend! Friend! Not food!」
(おっと、落ち着け、小さなナマズ君! 彼は我々の味方だ! 友達! 友達! 食べ物じゃないぞ!)
おそらく「待て!」とか言っておるのじゃろうが、さっぱり分からん!
無礼千万!
ワシとアポロンは、じっと見つめ合う形になった。
……と、思った次の瞬間、アポロンは突然、ぷはーっと盛大に鼻から鼻水を吹き出しながら、再び笑い始めたではないか!
今度は何がおかしいんじゃ!
神が真剣になっておるというのに!
神としての威厳はどうした!
あまりのことに毒気を抜かれたワシは、作り出した水の槍をしぶしぶ霧散させ、ペタペタとヒレを動かしてアポロンの元へ歩み寄った。
そして、奴に見せつけるように、視界の端っこで、ちょっと体をくねらせて、優雅にシナを作ってみせた。
どうじゃ、ワシの気品あふれる動きは! 少しは反省したか!
「Pffft! Ahahahahaha! Oh, stop it! You're killing me! How can something look so goofy and yet so endearing!? It's too much! Ahahahaha!」
(ぷっ! アハハハハ! ああ、やめてくれ! 死ぬほど面白い! なんでそんなに不格好なのに、妙に愛嬌があるんだ!? たまらん! アハハハハ!)
それがまたしても奴の奇妙な笑いのツボに入ったのか、アポロンは腹筋が崩壊し、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら大地に沈み、今度こそ完全に動かなくなったのであった。
……全く、世話の焼ける神じゃわい。
言葉も通じぬとは、難儀なものじゃ。
タモンとやら、早くこやつをどうにかせんか!
きょうのまとめとか
英語について。
異世界と言う異文明に来た感じを出したかった苦肉の策です。
別に最初から日本語でも構いませんでした。
母国語以外で話しかけられた時感じる、疎外感や緊張感や焦燥感を少しでも味わってほしいです。
設定的には昔やってきた転生者とかがんばったとかそんな感じ。
英語についての文句は、翻訳アプリにお願いします。




