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異世界で喫茶なまずはじめました。  作者: カニスキー
第一章 始まりの物語
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001 リコリス、黒爵様が迎えにくる

初投稿です、よろしくお願いします。

001 リコリス、黒爵様が迎えにくる


「お喜びなさい、リコリス。こちらがアルマン黒爵様よ。今日から貴方は黒爵様の所有物になるのです。」


 オデット継母様の声が、冷たく応接間に響きました。

 外では雨が降り続き、窓を叩く音が部屋の静寂を破ります。

 薄暗い部屋の中、オデット継母様だけが異様なほど背筋を伸ばして椅子に座り、私を見下ろしていました。

 紫色の華やかなドレスがオデット継母様の冷たい厳しさをより一層際立たせています。

 扇子で口元を隠していても、冷たい瞳が私の心を震え上がらせます。

 両脇には、クロティルデ姉様とブリュンヒルデ姉様が、オデット継母様を盾にするように立っています。

 いつも私をからかう時のあの笑みを浮かべて……。


 そして、私の目の前には、アルマン黒爵様が立っていました。

 年は中年くらいだと思います。

 古風ですが上質そうな服を着ていらっしゃいますが、突き出たお腹が気になりました。

 粘りつくような笑顔で私を見て、時折、ぺろりと唇を舐める仕草に、背中に悪寒が走りました。


(……引き取る……? 所有物……?)


 言葉の意味が、すぐには理解できませんでした。

 でも、オデット継母様の有無を言わせぬ態度と、目の前の黒爵様の笑顔で、私の未来が、私の知らないところで、もう決められてしまったのだと理解しました。


「まあ、リコリスったら、なんて情けない顔をしているの! このアルマン黒爵様が、親切にもあなたを引き取ってくださるというのに!」 クロティルデ姉様が甲高い声で言います。その声には、いつもの嘲りが満ちていました。


「どうせ言葉も話せないんですもの、あなたには身に余るほどの幸運ですわよ」 ブリュンヒルデ姉様が追い打ちをかけるように、意地悪そうに微笑みます。


オデット継母様は、扇子をかすかに揺らしながら、氷のような声で言い放ちました。


「リコリス、これは決定事項です。没落した我らフルーリエ家の現状を鑑みれば、あなたにとってこれ以上望むべくもない良縁でしょう。どうせお前は声も出せない役立たずなのですから、せめて、これからは黒爵様のお側で、誠心誠意お仕えするのですよ」


 アルマン黒爵様が、一歩、私に近づきました。そのお顔には、少し油のような汗が滲んでいるように見えました。


「いやはや、そう怯えずともよいのだよ、声が出せぬと伺ったが、耳は聞こえるのだろう? 実に可憐な仔猫ちゃんだ」 甘く、まとわりつくような声。


 黒爵様が、さらに一歩、距離を詰めてきます。

 舌なめずりをするのが見えました。


「このアルマン、こう見えてもな、小さくて可愛らしい『仔猫ちゃん』には目がなくてな。我が屋敷には、リコリス嬢のように愛らしい仔猫を、それはもう沢山飼っておるのだよ」


 その目が、私を品定めするように細められます。

 頭の先からつま先まで、粘つくような視線が這い回るのを感じ、思わず身震いしました。


「最初は皆、少しばかり怖がっておったがな。だが、わしのこの深い、深い愛で、今では皆、実に従順で良い娘達になっておる。先にいる仔猫達も、新しい姉妹が増えるのを今か今かと楽しみに待っておるぞ」


 黒爵様は喉を鳴らして笑っていますが、その言葉の響きが、私の心をざわつかせました。

 黒爵様は、私の着ている薄汚れたエプロンの胸元あたりに視線を落とし、僅かに眉をひそめました。


 「館に来れば、すぐに綺麗な服に着替えさせてやろう。リコリス嬢のその可愛いらしい顔には、可愛らしい赤いリボンなどがきっと似合うだろうな。そうだ、特別な首飾りでも贈ってやろうか…」


 黒爵様の口元が、緩んでいくのが分かりました。

 頭の中で、私を思い通りに着飾らせているのでしょうか。


「おっと、これは失敬。とにかく、儂の庇護下に入るからには、何一つ不自由はさせん。安心して儂に身を委ねるが良い」 黒爵様はそう言って、安心させようとでも思ったのか、不意に手を伸ばしてきました。

 脂肪でぱんぱんに腫れた指がまるで5匹の芋虫のように蠢いていました。


(いやっ……!)

 声にならない悲鳴が胸の中で上がり、私は反射的にその手を振り払い、数歩後ずさりました。


「おっとっと…!? どうしたのかな、仔猫ちゃん? 何も怖がることはないのだぞ?」 黒爵様は少し眉をひそめましたが、口調は妙に甘ったるいままです。それが余計に私を不安にさせます。


「リコリス! なんという無礼な真似を!」 オデット継母様の鋭い声が、鞭のように飛びます。

「まあ! 黒爵様のご親切を無にする気ですの!?」

「この恩知らず!」


 お姉様たちが口々に騒ぎ立てます。そのお顔には、私の不幸を喜んでいるかのような、歪んだ喜びの色が浮かんでいました。

 もう、一秒だってこの場にいたくありませんでした。

 でも、恐怖で足が床に縫い付けられたように動きません。

 手が氷のように冷たくなり、顔からは血の気が引いていくのが分かりました。

 奥歯を強く噛み締めます。

 叫びたくても、声の出し方を忘れた唇からは、か細い息すら漏れてきません。

 熱い雫が、目頭から静かに頬を伝いました。 絶望が心を締め付けて涙が溢れてきます。


「さあ、早く荷物をまとめなさい。今日だけは、特別に表門の使用を許可します。黒爵様の馬車に乗って出ていくのです」


 オデット継母様は扇子をピシャリと閉じて、有無を言わせぬ口調で話を打ち切りました。

 オデット継母様が扇子を閉じた時、それは話の終わりを意味します、泣いても、懇願しても話は覆りません、私はそう教育されてきました。


 その冷酷な響きに、私の体はびくりと震えます。

 恐怖で動かなかった足を、最後の力を振り絞るように動かします。

 私はよろめきながら継母様の前に進み出ると、その足元に崩れるようにすがりつきました。 (行きたくない...! お願いだから、やめて……!) 声にならない叫びが、涙と共に瞳から溢れ、必死に継母様を見上げます。


「……離しなさい、汚らわしい!」 継母様は忌々しげに眉を顰め、まるで邪魔なものでも払うかのように、私を足蹴にしました。


「見苦しいにも程がありますよ。これは決定事項です。さあ、クロティルデ、ブリュンヒルデ、この子を部屋へ連れて行って、さっさと荷造りをさせなさい!」


「はい、お母様!」


「本当に見苦しいったらありゃしないわね、この子は」 お姉様たちは、待っていましたとばかりに私の両腕を乱暴に掴むと、床から引き剥がすようにして応接間から引きずり出しました。


 アルマン黒爵様は、その一部始終をただ黙って見送っていました。。









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