第五章「静寂を破る音」
春雨はまだ続いていた。だが、その音はどこかやわらかく、前夜の冷たさは和らいでいるように感じられた。
囲炉裏の火は静かに燃え続けている。
信長の残した熱と、天皇の言葉の余韻が、まだ空気の奥に沈んでいた。
利休は茶を点てていた。ゆっくりと、そして無駄のない動きで、茶筅を泡立てる。その傍らには空海が坐し、まどろむように目を閉じていた。
「……火というものは、消えぬように燃やすが難しゅうございますな」
利休がつぶやいた。
「消えないように、だが、燃えすぎぬように。まこと、茶と政は似ております」
空海は目を開け、穏やかに頷いた。
「いかに湯が良くても、器が耐えねば意味をなさぬ。人もまた、その器を問われるのでしょう」
その言葉に利休は、茶碗をゆっくりと回しながら応じた。
「ならば、器を見極める目を、我らが育てねばなりませぬな」
外の雨音が、ふと、変わった。
風が混じってきたのだ。木の葉が揺れ、軒先の雫が斜めに落ちる。
その風に乗って、遠くから――
「だから貴殿の策は回りくどいのだ!時機を逸すぞ!」
「いや、殿、貴殿こそ常に一手早すぎる!盤面を見よ、石は打たれてから動くものだ!」
……怒鳴り声とも、芝居ともつかぬ応酬が、山道を踏み鳴らしながら近づいてくる。
利休が釜の蓋をそっと閉じ、空海がふふ、と笑みを漏らした。
「……どうやら、火に風が吹き込んできたようです」
「賑やかな方が、お見えのようでございますな」
戸の向こうで、泥の跳ねる音、草を分ける音、そして止まぬ口論。
「それにしても、あの時の伏兵は余計だったと申しておるのだ!」
「いや、それは貴殿が敵将を見誤ったのが原因ではないか!」
利休と空海は、顔を見合わせて目を細め。
春雨が戸板を打ち、風が焚き火の匂いを運ぶなか、
理を帯びた言葉が、激しさの中に冴え冴えと響いた。
その声は怒りではない。策を闘わせる者の、本気の音だ。
やがて戸は、その気迫に押されるように、大きく軋んだ。