第7話 ネタバラシと毒霧
「あの人は…………がおー氏は、私の実の兄なの」
「…………えええッ!?」
「ふにゃあ!!」
思わず大声で驚く鷹也。
それを受け、電流ビリビリ椅子の罰ゲームでも喰らったかのように跳ね上がる陽代乃。
鷹也は慌てて口を手で抑えるが、今の情報をどう捉えていいのかわからず、頭を空回りさせる。
「幼い頃に……親が離婚しててね。別れて育ったけど、私達兄妹は仲良くて。頻繁に連絡取り合ってきたの」
「そ、そう……なんですか。兄妹……そう言われたら、似てる……ような」
正直、顔の方はあまり実感なかったが『主に身長が』と思う鷹也。
「で、ふたりとも芸能関係を目指すってことで……示し合わせて羽広に入って。付き合ってる風にしたのは……お互い、ヘンなスキャンダルを避けるためだね。どうせ、近いうちニュースになってバレるだろうけど……」
だんだんと頭が受け入れ始め、鷹也の中で焦りの気持ちが膨らんでくる。
(先輩……マズいですよ、そんなネタバラシ。『彼氏いる』っていうのが一番重要な立て札だったのに、それが無くなったら……身分違いな奴の中で『あるかも?』という数字が1%上がってしまう)
「だから……全面的に悪いのは私なの。こんな、こっそり誤解させるような会い方して……ごめんね」
「い、いや、あの……」
自分が何を言うつもりなのか、鷹也自身わからずに話し始めるので、案の定、言葉が出てこない。
その時、解錠キーのアラームが鳴り、開いたドアから新たな人物が部室内に入ってきた。
「あ、突然ごめんね。僕は電網部の佐崎って者だ」
身長175cmくらいの痩せ型男子。
佐崎は背負ったリュックを肩から下ろし、あまり目を合わせずに口の端で笑う。
「昔、乃村に誘われて部に入ったんだけど、あまり来れなくてね。ちょっと久しぶりに来てみたくなって……」
(幽霊部員の……3年生? 籍はあるみたいだけど、部長は何も言ってなかったな。もしかして……ひよの先輩が入ってきたことを知り、凸してきたファンか? それとも……)
鷹也はもしものことを考え、自分と陽代乃のカバンを手に取った。
「そうなんですね。それじゃ……サザキ先輩が懐かしむ邪魔にならないように、俺達は帰ります。ひよの先輩、行きましょうか」
「え? あ、う、うん」
できるだけ自然な仕草で、陽代乃と佐崎の対角線に入りながらドアへ向かう。
その瞬間、リュックを抱えた佐崎が回り込み、出口を塞いで立ちはだかった。
「コイツが……がおー氏の次のオトコ? マジでビッチだったんだねー、ぴよ子ちゃん」
「なっ……何ですか、それ!?」
突然本性を現した佐崎は下卑た笑みを浮かべながら、危険な目つきで陽代乃を見つめる。
「デカい図体のがおー氏と正反対の、チビ男も味わってみたいって? どんだけバラエティに富んだ男遍歴を目指してんだよ……」
「ひ、ひどい! 私にもだけど……小埜君に失礼でしょ!?」
小柄な鷹也の後ろに隠れるようにしながら、だいぶハミ出してしまってる陽代乃。
『カッコついてないだろうな』と思いつつ、陽代乃を守るように立っていることが少し嬉しい鷹也だった。
(そう言ってくれるのは嬉しいけど……『チビ』は本当のことだしな。俺なんかより、ひよの先輩への言葉に問題あり過ぎるだろ……)
念のため、鷹也は隠し持ったスマホの動画撮影を開始。
とにかく、なんとか陽代乃を部室から逃がす方法を考える。
(俺には仲村先輩のような戦闘スキルは無い。身長の割に軽そうなこの男なら、なんとか抑えられるか? だいぶイッちゃってるし、何してくるか怖いけど……)
「サザキさん、俺にも文句あるんでしょう? あなたも【ぴよ子っこチャンネル】ファンなら、推しにそんな言い方するもんじゃ……」
「お前は声出すなよッ!!」
「きゃううッ!」
佐崎の突然の大声に、陽代乃は耳を押さえて縮こまる。
元々、音に敏感で、大きな音に弱い陽代乃。悪意あるイヤな音でのストレスは大きかった。
「何度もメッセージ送ったよね? 大勢の男に媚びるような発言するなら、Yo!tuberやめろって! そのうち男関係すっぱ抜かれて謝罪動画出すことになるよ? 親切で言ってるのにさぁ!」
「こ、媚びてないもん! 私のチャンネル、女性フォロワーの方が多いし!」
「自分では判らないんだよ! 気づかないうちに恥バラ撒いてるの。だから、辞めなきゃダメなんだよ!!」
まったく話が通じない佐崎の目尻がどんどん吊り上がっていく。
一刻も早く部室を出なければと鷹也が強硬手段に出ようか考えたその時、佐崎はリュックの中からスプレーボトルを取り出した。
「僕が作った薬品だ。これで喉が焼けたら、もう声出ないよ! ホラホラ!!」
そう言うが早いかスプレーを噴射する。
「ひゃわ……っ!」
「ひよの先輩ッ!!」
咄嗟に、陽代乃の顔を自分の胸へ押しつけるように抱きしめ、鷹也は代わりにスプレー噴射をモロに受けた。
殺虫剤カクテルのような毒霧を吸い込み、鷹也は一瞬意識が飛びそうになる。
「んむむぅッ!? ふむぅ~~~!!」
咳き込む声を聞き、陽代乃は焦ってジタバタするが、鷹也はその体をギュウッと抱きしめる。
そして、隙を見て急反転し、佐崎の持つスプレーボトルを弾き飛ばした。
「ゲホッ……ッぐ!!」
喉の痛みに堪えながら、全体重で体当たり。
バランスを崩した佐崎のボディに一発、ケンカ慣れなどしていない『加減無しパンチ』を突き刺した。
堪らずうずくまる佐崎の下がった鼻面を、今度は肘鉄でブッ飛ばす。
「ぐあッ!!」
佐崎が倒れるのを確認した鷹也は、まずスプレーボトルを拾う。
そして、次に陽代乃を抱き起こし、奥の方へフラフラと移動すると、窓を開け放った。
「小埜君! だ、だいじょぶ!?」
陽代乃の呼びかけにホッとしたような顔で応え、鷹也はその場に倒れ込んだ。