第35話 おっぱいホイホイなの?
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「あひゃ~~~! ヤバヤバのヤバ! 申し訳なさすぎる!」
鷹也のメッセージに、陽代乃はベッドの上でゴロゴロと転げ回っていた。
(こっちが『好きだよ』って送ろうとモタモタしてたら、先言ってもらっちゃった! こういうの、男子の方から言ってくれるのもモテ属性なんじゃないの~っ?)
長い脚が柵に当たり、ゲシッと大きな音&フギャッと間抜けな悲鳴が上がる。
「いったぁ……! やっぱ私、ポンコツなんだなぁ……」
痛みで我に返り、スネをさすりながらスマホ画面をタッチする。
『嬉しい! 私も大好きだよ! ゆっくりデート、近いうちに計画しようね!』
「……っと。あ~う~……もっとお話ししたいけど、ただでさえ感情重めの気絶しまくりヤバ女だし。節度あるところを見せなきゃ……」
お開きへの言葉を打とうとする指が、ふと止まる。
「あの服屋の子、若王子ツグミ……だっけ。本気で鷹也くん狙ってたよね……」
(そりゃそうだよ……なぜか身長のお陰で気づかれないだけで、めちゃカッコいいんだもん。まぁ、こんな嫉妬深くわーわー言っちゃうような女だし、他の女に今まで見つからなかったのはよかったのかもしれないけど…………ハッ?)
グルグルと思考を巡らせていたが、慌てて頭を振る。
(身長低いのが『よかったのかも』なんて……差別する人と同じになっちゃう。うう……自己嫌悪だぁ)
バチンと頬を一度平手打ち。その後、すごい勢いで文字を入力し始める。
『私、どんな鷹也くんでも好きになるからね! もし言いづらい秘密があったとしても、ちゃんと話聞くから!』
『嬉しいですけど、急にどうしたんですか?』
『どうもしないけど! もっと鷹也くんのこと知りたいと思ったから』
『わかりました。秘密って秘密もないんですが、思い付いたら相談しますね』
(う~ん……やっぱ不自然だったかなぁ?)
悩める恋愛初心者は、堂々巡りの問答へ。
『なんか、ごめんね。一気に言いたいこと言って。じゃ、私もお風呂入ってきまーす』
『はーい、ごゆっくり』
スタンプで締め、陽代乃はスマホをベッドに放ると、しばし放心状態に。
「ほんと、ずっとおたおたしてるなぁ。恋人同士の自然な会話……わかんないよ~!」
* *
「先輩……やっぱ気を遣ってくれてる感じかな」
湯船の中、さすがに少しのぼせてきた鷹也。
(『一ファンでもある』なんて念押して、ちょっと説教くさかったな。それに……逆の立場では、俺も同じなんだから)
湯の中から立ち上がり、立ちくらみでよろける。
「俺も……もっとしっかりした男にならなきゃ。Yo!tubeの方も再開しないと……」
まだ少しクラクラしながら、浴室の引き戸を開ける。
その時、ちょうど脱衣所入口のドアも開いた。
「え…………きゃあッ!!」
千鶴は一瞬フリーズし、すぐに悲鳴を上げドアを閉めた。
「もーッ! 見せてんじゃないよ!!」
「み、見せてないわ! 被害者は俺だろ!? 男性差別反対!」
理不尽な抗議に言い返しながらも、千鶴が『きゃあッ!!』という声を上げたことに違和感を覚える。
(こんな状況が久しく無かったけど、少し前ならもっと子供っぽい反応だったよなぁ。うーん、ヘンな感じ……)
「千鶴、今帰ってきた? 遅かったじゃんか」
そのまま台所へ向かおうとした千鶴は足を止め、声を荒らげる。
「不良なんだから、これくらいフツーだっての!」
「最近は物騒なんだから、マジで気をつけてくれよ。誰かに追いかけられたりしなかったか?」
「うっさいなー……デカい細マッチョ男が送ってきたから誰も寄ってこないってば」
「あ……雅桜さんと一緒だったのか? じゃ、今まで……」
話している途中で、ドスドスと足音が遠ざかっていく。
誰得な兄のラッキースケベを受け、千鶴は唇を尖らせながら洗面所代わりの台所へ。
「くそ……見られたのは俺の方なんだぞー」
* *
「はぁー、最悪。なんであんなジャストタイミングなんだか……」
台所で手洗い&うがいをし、千鶴はなんとか鼓動を落ち着かせる。
(3年ぶりくらいに見たかも。あの時も、まったく同じ感じで同時にドア開けたっけ)
大きく溜息をつき、グラスに注いだ牛乳を一気飲み。
兄妹そろってミルク教を信仰しているようだった。
(こっちの裸見られたのは……1年前くらいだっけか。どこの兄妹でもあるあるだろうけど……やっぱ腹立つな)
ぐわし、と、自分の胸を掴んでみる。遠い目をする。
(服屋の店員……ヤバかったな。陽代乃ちゃんもデッカいしなー。どーなってんの、ウチの兄。おっぱいホイホイなの?)
ちなみに『牛乳で胸が育つ』という医学的な根拠も、残念ながら無いのであった。




