第34話 ごめん、痴女だった……
「んぐ……んぐ…………ぷはぁっ! 頼みます……身長をッ!」
帰宅、うがい手洗い、その次は牛乳を飲む。
[以前'まえ]からよく飲んではいたが、近頃はより気合が入っていた。
実際、現代の研究では効果があると言えないが、藁にもすがりたい鷹也はその力を信じていた。
(ひよの先輩は……何でもいいように捉えてくれる。けど、それに甘えたりなんかしたら、こんな夢みたいな現実すぐに覚めてしまうぞ)
グラスを洗おうと水を出したその時、ハッとする。
(そうだ……それこそ、あの伊住隼介が狙ってるって? イケメン俳優が恋敵になるとか、想像もしたくないぞ。ズミシュンも身長こそ高くないけど……)
「ズミシュン……何cmだろう」
スマホを取り出し、Wikiの【伊住隼介】ページを表示。
Wikiに名前がある男が好きな人を奪いに来るのかと思い、あらためてゾッとする。
「165cm……か。18歳ってことは、もう急に伸びることないよな」
(先輩が身長なんて気にしないことはわかってるし、自分もそうありたいと思う。けど……まだ諦める歳じゃない。せめてズミシュンと同じくらいには……)
ついつい勝手にライバル意識を持ち、Wikiを読み進めていく。
「職業:俳優・タレント。ジャンル:テレビドラマ・舞台。特技:ボクシング・パルクール。何だそれ……実際強くもあるのか?」
伊住隼介は、格闘含むアクション技術を幼い頃から身につけていた。
オーディションでは身長が低めながらもその機動性を買われ、テンセイグリーン役を勝ち取った。
(テンセイジャー、結構見てたからな……やっぱり現実味ないわ。ひよの先輩にその気が無くても、どこかの現場で一緒になる可能性はある。俺は彼氏だと名乗れないし……何ができるんだろう?)
楽しい初デートの余韻を味わうはずが、鷹也の中でグルグルと悩みの渦が発生し、ぶつかり稽古を始めていた。
* *
「ただいま~……っと!」
鷹也より2時間ほど遅く、陽代乃も帰宅。
こちらも帰ってくる返事は無い。
が、ゴキゲンに鼻歌を歌いながら洗面所へ向かう。
「んふ~~~…………ハッ?」
鏡の中の自分を見つめていた陽代乃は、自分がほんのりキス顔を再現していることに気づき、頭を振った。
(私……今、超絶キモいな!? こんなの知られたら、さすがに引かれるよ)
すでに食事していることもあり、一気に手洗いとうがいを終える。
そしてスマホを取り出し、今日撮った鷹也の画像を表示させた。
「でも、しょうがないじゃん……キモくもなるって!」
(鷹也くんの性格なら『キスはダメ』って言うと思ってたもんね。嬉しかったな……)
ゆるんだ顔が、今度はガックリと落ち込む顔になる。
(肝心なところで結局フニャって……鼻血噴いて、気絶して。ああ……お歌は絶対しっかり聴きたかったのにぃ~!)
かと思えば、すぐに切なそうな乙女顔でスマホを胸に抱きしめる。
観客がいるわけでもないのに、まるで舞台で芝居するかのごとく表情がコロコロと変わる。
(鷹也君、どう思ってるかなぁ。全部いいように言ってくれるけど、ちょっとは『めんどくさい女かも』って思ってるよね。もっとフニャるの減らさないと、カノジョなんて務まらないぞ……)
* *
「先輩、もう仕事は終わったかな……」
鷹也は風呂に入りながらも、ずっとスマホを気にしていた。
次のLIMEをいつ送っていいかわからず、書いては消しを繰り返す。
「時間的にはそろそろ……あっ?」
ちょうどその時、陽代乃から画像がポコポコと届いた。
「あわわ、ノータイム既読……」
今日撮った写真が数枚。
4人揃ったもの、ふたりだけのもの、今撮ったらしい陽代乃ひとりのもの。
「ヤバ、かわい……! 今日、自分で撮った分もあるけど、先輩ひとりの画像はやっぱ嬉しいな」
思わず独り言を呟きながら、ハッとする。
(これ、俺も送るべきなのか? 待って、今は無理なんですけど……!)
フリーズしていると、続けてチャットが着弾。
『今、家に帰りました。今日はほんとありがとでした!』
とにかく焦って返信開始する。
『おかえりなさい。こちらこそ、ほんとありがとうございました!』
(本当に……ありがとうございました。先輩は知らないけど、生の胸を見ちゃったり、この手で掴ん……ヤ、ヤバ!)
考えないようにしていた事件を思い出し、鷹也は慌てて憎きライバル伊住隼介の顔を思い浮かべる。
なんとかひと呼吸置き、自分サイドの画像をいくつか送信した。
『ありがと! あのー、言いにくいんだけど……今の鷹也くんは無いの?』
『今、入浴中でして……』
『ごめん、痴女だった……』
そのあとはスタンプで笑い合う。
いかにも初々しい、テキストでのイチャ会話。
『やっと、ふたりの写真ゲットできて嬉しいよ! これから、もっともっと増やしていけたらいいなぁ』
『それはもちろん。俺も希望します』
送るのをためらっているのか、陽代乃のターンで少し間がある。
少し後、ほんのりネガティブなメッセージが表示された。
『私、年上なのにほんとダメダメで。不満があったら遠慮なく言ってね?』
『不満は本当に無いんですが、強いてお願いを言うなら……ぴよ子っこチャンネルやめないでくださいね』
『あ、うん、やめないよ! まぁ『一般人になって普通に思いっきりデートしたい!』と思ったのもほんとだけど』
そんな返事を受け、有名人のメリットも理解しながら、あらためてその不自由さを噛みしめる。
『先輩はあまり嬉しくないかもですが、俺、カノジョとしての陽代乃さんも配信者のぴよ子ちゃんも好きなんです』
『ううん、それは嬉しいよ!』
『カノジョにたくさんファンがいること、複雑な想いはあります。けど、自分も一ファンだってこと思えば、自分なら、いつも通り【ぴよ子っこチャンネル】を見ていたいから』
そう送信し、ハッと我に返る鷹也。
「う……クサ過ぎること言ってしまった! でも言っておきたいことだし……クッ、気持ちのコントロールムズい!」
鷹也が湯船の中で悶えていると、また少し間があってから陽代乃の返事が返ってくる。
『わかったよ。私、あらためてファンのこと大事に考えるようにする! 初心に帰れたかも。ありがとね』
「先輩……ちゃんと受け止めて返してくれてるけど、実際どう思ってるかなぁ? 『こちらこそ、ありがとうございます』っと……」
ひとこと送ったあと、一瞬迷いつつ、すぐに追いメッセージを打ち、推敲する間もなく送信した。
『ひよの先輩、大好きです。もっとゆっくりできるデート、また行きましょうね』




