第33話 マジで子供っすよね
* *
「飲み物買ってやるぞ。何がいい」
「……コーヒー。無糖」
路地裏の雅桜&千鶴は、鷹也が駅の方へ歩いて行くのを見送り、やっと会話を再開する。
「何カッコつけてる。中学生らしく甘いのにしておけ」
「中学生だって甘くないの飲むんだよ! もーいい! 要らない!」
「わかったわかった。悪かった」
雅桜は無駄のない動きで自動販売機にタッチし、転がり出た缶コーヒーを千鶴に差し出す。
お礼の言葉を呟き受け取るのを確認し、雅桜はゼロカロリーの炭酸飲料を注文した。
「そっちは……妹が彼氏とイチャついてるの見て、どう思ったんすか」
コーヒーをひと舐めした千鶴は、しかめっ面しながらそう問うた。
「親が離婚してから……陽代乃は何かと我慢してきた。動画配信を始めたり、やっと少しずつ自分を出せるようになったが、今はまたその活動による不自由がある。たとえリスクがあっても、恋愛くらいすればいい」
「そんなんじゃなく……自分がどう思ったか訊いてんすよ」
唇を尖らせる千鶴に、雅桜はめんどくさそうに続ける。
「だからつまり『いいんじゃないか』と言ってるんだが。鷹也は自分が一度認めた男、どんな結果になっても後悔はない」
「…………ふーん。ま、どーでもいーけど」
「自分で訊いておいて、どうでもいいとは何だ」
雅桜の当然の抗議をスルーし、千鶴は睨むように月を見上げていた。
「アタシは……[以前'まえ]にも言った通り、兄に依存してる。陽代乃ちゃんだからとか関係なく、見てると不安でイライラしたり、イヤな気持ちになる」
千鶴はそう言うと、さらに目を見開き、月の光を押し返す。
涙をこぼさないようにほぼ真上を向く彼女に雅桜は動揺していたが、無表情を守ってハンカチを差し出した。
「あ、ありがと……。あーもー恥ずかし。アタシ、マジで子供っすよね」
「子供でいいだろう。他人に迷惑かけなければ、まだまだ好きなようにやればいい歳だ」
「そうかもだけど……兄離れするタイミングなんだろーな。あのふたりには、うまく行って欲しいもん」
メイクが崩れないようハンカチの端っこに涙を吸わせ、千鶴は自嘲気味に微笑んだ。
「はー……なんでこんなこと話してんだろ。誰かに聞いて欲しかったんすね」
「そうか。気の利いた言葉はやれんが、聞く分には聞いてやる。口が堅いのはわかってもらえるだろうしな」
どこまでも仏頂面を保つ雅桜に、千鶴は我慢できず笑ってしまう。
「雅桜さんって、なんでそんなぶっきらぼーなんすか? 陽代乃ちゃんと全然違うよね」
「兄妹の性格など、別に似るものでもないと思うが」
「ウチはどっちかといえば内向的で、そのくせ他人の目を気にして……方向性は似てるもん。まぁ、だからVtuberやってるなんて意外だったんだけど……」
「それを言うなら、こちらはふたりとも顔出しの演者を選んでいるぞ。似ていないように見えても共通点はあるのだろうな」
正論を言われるたび冷静になり、千鶴は腕組みでひとつ頷く。
「そっか……そうかもね」
「千鶴も出役としてやってみたい願望がどこかにあるかもな」
「アタシは前に出るようなタイプじゃないっすよ。兄だって、顔出ししてないのはそういうことだろうし」
「まぁ、可能性の話だ。やりたいことがハッキリしていないなら、何でも否定せずストックしておくといい」
「……よくわかんないっす」
『やっぱ、こっちの兄とは感覚が合わない』
心の中でそう思いつつ、千鶴は無糖コーヒーのふた口目を口に含んだ。
* *
「ただいま~……っと」
玄関で靴を脱ぎながら、鷹也は一応帰宅の挨拶を家の中へ投げた。
(千鶴、まだ帰ってきてないのか。まさか、あのまま雅桜さんと遊びに行ってたり? 考えにくいが……もし、そうなら心配の必要はないんだけど)
洗面台の前へ行き、手を洗おうとして一瞬ストップする。
陽代乃に触れた手をすぐに洗い流すことをためらうが、しばらく悩んだあと、なんとかクリア。
「キス……ちゃんとしたやつ、しちゃったな」
1時間ほど前の感触を思い出し、ひとりニヤついてしまう。
そして今度は、うがいするのを躊躇していた。
(何なんだ、この気持ち……キスした感触をすすぎたくないから、うがいできないって? 他人の話で聞いてたら『なにキモいこと言ってんだ? 付き合ったんなら、これからいくらでもできるだろ』とか思ってたはず)
ニヤつく顔を、必死で引き締める。
が、それを追い越すように、初カノジョの喜びが渦を巻いて湧き上がってくる。
「いかんいかん……こんなキモいやつだと知られたら、幻滅されるぞ。舞い上がるな、小埜鷹也!」
(現実的に、風邪とかで寝込みたくないしな。もったいない気持ちは湧いてくるが、うがいしよ……)
手洗いうがいだけで何ともめんどくさい男になってしまっているが、何でも初めてを経験すると自分で制御できない感情が出てくることもあるだろう。
それくらい大きな変化が、この短期間で、鷹也の中に目まぐるしく起こり続けていた。




