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第32話 そちらは、したくないですか?



     *          *



 クレープ当たり屋事件のあと、ゲームセンターと雑貨屋を少しだけ見て回り、デート気分を補完した鷹也&陽代乃。

 すっかり暗くなった中、ふたりは大きな車道の脇、街灯の下で向かい合う。


 陽代乃はこれから業界関係の会食の予定があり、タクシーで向かうことになっていた。


「今日はほんとにありがとね。守ってくれて……嬉しかった」

「あの時は、先輩のこと『この子』なんて言っちゃってすみませんでした。身長は低いけど、少しでも自分を大きく見せようとしたんですね……」

「すっごい破壊力だったよ。私もやられてたけど、相手(むこう)もタジタジだったもん」


 思い出しフニャりそうになるのを堪え、陽代乃は照れ笑う。


「でも、もし暴力で来られていたら、守れなかったかもしれないです。あんなハッタリだけじゃ……」


 難しい顔で俯く鷹也。

 正面に立ち、陽代乃はその両手を掴んだ。


「君は……まだ自分のスゴさを理解してない。あの時、確かに、君自身の力が私を守ってくれたんだよ」

「そ、そうですか?」

「そうだよ。だから自信持って、私の彼氏でいてね?」


 繋いだ手から伝わってくる温度に、鷹也の胸はギュッと締め付けられ、泣きそうになる。

 『こういう喜びの連続なんだ』と再確認し、目の前の陽代乃がますます大切に感じられた。


「了解です。でも、もっともっと自信が持てるように、さらにバージョンアップしていきたいですね」


 鷹也の前を向いた言葉に、陽代乃はウンウンと頷いた。


「あと……鷹也くんは絶対いい声優さんになるよ。人気が出すぎるのも複雑だけど……」

「な、何ですか急に。お芝居の勉強もまだ何もしてないのに……」

「いいの、私にはわかるの! だから、そっちも楽しんで進んでいってね」

「は、はい。なんか……言い出したばかりの夢だし、そこまで言われると気恥ずかしいですね。あはは」


 『運よく相手が引いてくれた』と本人(たかや)は思っているが、陽代乃とあの【男A】だけは、鷹也の迫真の啖呵が特別なものだと知っていた。

 もちろん、声優の仕事はそんな単純なものではないだろうが、陽代乃には鷹也が芝居をするイメージがハッキリ感じられた。


「それじゃ、そろそろ……バイバイするね」

「はい! くれぐれも気をつけて……」


 お開きのニュアンスを醸しだしながらも、陽代乃は名残惜しそうにモジモジと体をよじる。

 暗くてわからないが耳まで真っ赤にし、なかなか出てこない次の言葉を絞り出した。


「あ、あの……ヤバい女って思われたくないから、こんなこと言ったらダメなんだけど……」

「はい?」


 何の予想もついていない鷹也の顔を見ていると、自分が異常な気がして、また言いよどんでしまう。

 が、それを押し切ってしまうくらい気持ちが抑えられずにいた。


「バイバイのキス……欲しい……です」

「えっ?」


 聞き返されてしまって、陽代乃はますます顔を火照らせ俯く。


「け、けっこう人も通ってますし……マズいんじゃないですか? 身バレだけは絶対避けないと……」

「そちらは……したくないですか?」


 大柄な身を精いっぱいかがめ、本来見ることのない上目遣いを鷹也に向ける。

 その攻撃に鷹也はガツンと脳を揺らされ、よろめきそうになるのを何とか踏ん張った。


「あ、やっ、したいですよ!? それはそうだけど、心配が先に立ってしまって……」


(しまった……バレることばかり考えすぎて、俺、今、女心わかんない感じに? 言ってることは正論だけど、少しは勇気も見せないと……)


「ひよの先輩、ちょっとこっちに!」

「えっ? は、はい!」


 陽代乃の手を取り、街路樹のそばへ移動すると、鷹也は車道側を背にして幹に壁ドン状態で立つ。

 走行中のクルマからは、おそらく判別できないだろう。


「すみません、余裕ないことばかり言って。俺も……同じ気持ちです」

「う、ううん! 私がワガママ言ってるから。ごめんね」

「先輩から言わせちゃわないように、また次の時は俺がワガママ言いますね」


 ふたり照れ笑いながら、目を細める。

 そして、不意を突くように陽代乃のマスクをずり下げ、鷹也は少しだけかかとを上げた。


「あっ……ん!」


 ファーストキスよりはしっかりと、隙間なく唇を合わせる。

 ふたりとも相手に鼻息を当てないよう息を止めるが、どんどん鼓動は速くなり、息が苦しくなってくる。


「ふは…………ッ」


 まだまだ勝手はわからないものの、5秒くらいに記録を伸ばしたふたり。

 静まらない胸を押さえつつ、お互いにお辞儀し合う。


「えへへ……ありがとね。それじゃ、今度こそ。バイバイです!」

「はい、またLIME(ライム)しますね」


 いつまでも離れられなくなるのを振り切るように、陽代乃はブンブンと手を振り、2歩3歩離れる。

 そして、タクシーを捕まえ、もう一度ブンブン手を振ってから乗り込んだ。




「…………はぁ~……」


 緊張が解け、鷹也は街路樹に背中を預けて大きく息を吐く。


(なんとかやり切ったぞ。今日はふたりきりじゃないと思ってたから、油断してたよなぁ……)


 心地よい疲れに、自然と笑みがこぼれる。


「やっと……先輩(あのひと)がカノジョだって現実味を感じられるようになってきたかな」


(いや、まだ自信は伴ってないけどさ。もっとしっかりしないと……)


 夜空に浮かぶ月を見上げ、気合を入れる。

 とともに、グッとかかとを上げ、背伸びしてみる。


(中身を頑張るのはもちろんとして、背の方は……頼みますよ、神様)


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